第二十三話

「えと……あははは……」


 とりあえず、笑みを浮かべてみる。

 うん……落ち着け俺。

 

『じゃあ次に、郁人に質問したいことはあるかな?』 


 留衣が話しかけやすい雰囲気を作ってくれたんだ。

 その後、なんで席を外したのかはわからないけど。心寂しいけど!


 けど、俺1人で頑張らないとな。今1人なんだし。

 女子とは前世でも話したことはあるし、そのイメージで。まず、初めの会話を……。

 ん? 初めの会話ってなんだ? 

 初めの会話なんて気にする必要あるのか? 

 なんか急に何も分からなくなった。


 え、俺もしかして女子とそんな話せなかった?


 頭の中が不安で埋め尽くされる。


「……」

「「……」」


 鹿屋さんと女子2人は相変わらず静かだ。


 ああ……なんだ。いつもと同じか……。

 チクショウ! なんで俺だけ女子から話しかけられないんだ!


 また心の中で叫びそうになった時だった。


「ねぇねぇ! 市瀬くんに聞きたいことがあるんだけどっ!」

「家ではどんな感じなのっ」

「好きな食べ物は!」

「好みの髪型は!」


「うおっ⁉︎ ええっ⁉︎」


 なんと……女子が一気に押し寄せたのだ。

 ……ほぇ? えええ⁉︎

 いきなりのことすぎて、さすがの俺も状況を理解するのに時間が……。

 

 でもあれ……? 班の女子以外にも女子が混ざっている気がするのだが……?


「皆さん、落ち着いてください」

「「はぁ〜い」」


 鹿屋さんがそう言えば、みんな落ち着いた。

  

「おお……鹿屋さんすごい」


 思わず小さく拍手。


「では、市瀬くんどうぞ」

「あ、うん」


 あっ、俺女子と話していいのか! 

 

「えと、じゃあ最初の質問から……。家ではどんな感じっていう質問だけど……そうだなぁ。家では普通に宿題やったり、ご飯作ったり……」

「市瀬くん料理するの⁉︎」


 おっと。何やら食いついたようだ。


「あ、うん。うちの家は男だからって特別扱いしないからさ。交代制で朝昼晩作ってるよ。あとは家事も」

「へぇ〜」

「家庭的で素敵〜」


 俺の返答に女子たちがきゃっきゃっ、盛り上がっている。


 お、おお……おおおお!!! 俺今っ、女子と話してるよ!   

 留衣は女の子だし、女子とは毎日話しているもんだけどさ。

 他の女子とこうして話すのは初めてだ。

 今日はちゃんと目を見て話してくれているよ!


「ねぇ、次は私の質問いいかなっ」

「えー、アタシだよ〜」


 田中や高橋ほど女子が殺到しているわけじゃないけど……いや。人数とか関係ない!

 女子に話しかけた。

 女子と会話している。

 その現状がめちゃくちゃ嬉しい! 

 

 そしてこの流れを作ってくれたのは、留衣のあの言葉だ。


 留衣! 留衣ありがとう!

 今度は飲み物じゃなくて、もっと豪華で美味しいもの奢ります!





◆◆


「―――どういう風の吹き回しですか? あれほど市瀬くんに他の女子生徒を近づけないようにしていたのに」

「やっぱり気になっちゃうよね」


 休み時間。

 留衣と千夜は2人っきりで自動販売機の前にいた。 


「気まぐれで牽制を緩めた……というわけではありませんよね?」

「まあね」 


 留衣は買った炭酸をぐいっと飲み……一息つき。


「……やっぱり友達がいた方が郁人も楽しいだろうと思ってさ」

「友達、ですか?」


 留衣はふらっと一歩、二歩進み……千夜の方を振り向く。


「うん、友達。郁人はさ、女子であろうと誰彼構わず優しくする。それはわたしたち女子と仲良くなりたいって思ってくれているから。他の男子ならあり得ないのにね」

 

 留衣は続ける。


「郁人は他の男子とは違う。彼は特別……。郁人が女子と仲良くなりたいって思っているのに、それをわたしが牽制しすぎるのも可哀想だなと思って。第一、郁人自身は何も知らないわけだし」

「なるほど。市瀬くんのことを思っての行動でしたか」

「……今更って思う?」

「いえ、いいと思いますよ」

「鹿屋さんにそう言われて少し安心したよ。ありがとう」


 留衣はふっ、と笑みを見せる。


「なるほど。……遠坂さんが牽制しているのにも関わらず、女子生徒から人気がある理由がなんとなく分かりました」

「うん? 何か言った?」

「いえ。なんでもありません」

「そっか。じゃあ聞かないよ。あっ、さっきは郁人の護衛ありがとうね。大変だったでしょ?」

「まあ……大丈夫ですよ」


 千夜は1人で複数の女子たちの様子を見ていたのだ。

 対応に慣れている男性護衛官と違って、少し顔に疲れが見える。


「あはは……お疲れ様。わたしもあのまま一緒にいようか考えたけど……やっぱりあの場わたしがいると、他の子が話しかけにくいと思ってさ。……それで、様子はどうだった?」

「皆さん楽しく話してましたよ。もちろん、市瀬くんも」

「そっかぁ」


 留衣はホッとした様子もありつつも、どこか……。


「嫉妬……しますか?」


 千夜はすぐさま気付く。


「……嫉妬してないって言ったら嘘になるね。郁人が他の女の子にデレデレしていると、わたしの気持ちはモヤモヤしてしまうよ。でも、せっかくの林間学校。郁人には楽しんでもらいたいから、わたしはもう口を挟まない」


 留衣はそう言い切る。

 そしてまた、口を開き。


「それに、わたしはわたしのでこれから頑張ってみようと思うからね」

「そうですか」


 どこか吹っ切れたような笑みになる留衣を見て、千夜はそれ以上話を掘り下げることはなかった。

 

 留衣が飲み終わった炭酸の缶をゴミ箱に捨て、2人は教室に戻ると思いきや。


「あっ、鹿屋さん。実は君に1つ忠告がある」


 留衣が足を止めた。


「なんでしょう?」

  

 忠告という言葉に、少し顔が強張る千夜。  

 そんな彼女の緊張を解すように留衣は笑みを浮かべ……。


「郁人はね、すごく無防備で鈍感だから……我慢してね?」

「……分かりました」


(我慢する。つまりは、男子を襲ってはいけない。……それは当たり前のことでは?)


 千夜はそう思いながらも、頷いた。



 ――――この時の言葉を甘く見ていたことに気づくのは……もう少し先。

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