第二十一話

「いやー。林間学校、どうなるんだろうなぁ〜」


 帰り道。

 男性護衛官の留衣と一緒に帰っていた。

 話題はやはり林間学校のことになる。

 と言っても、さっきから俺ばっかりが話しているんだけどな。


「留衣が選抜したっていう、鹿屋さんも一見クールそうだけど、意外と話してくれそうな雰囲気なぁ。あっ、そういえばさっき、田中と高橋の男性護衛官の灯崎あかりざきくんと上嬢かみじょうくんとも話したんだぁ。2人とも、めっちゃ話しやすかったよ!」

「あの2人とも……。ふーん。そっか。良かったね」

「ああ! この調子でいけば、楽しい林間学校になりそうだ!」


 せっかくの林間学校なんだ。

 女子と会話して……言い寄られるとこまでいかなくても、仲が良い人を増やせるように頑張らないとなぁ!

 男子は……田中と高橋にはまだ煙たがられていそうだし、距離を置きつつ様子見だな。

 男子とももちろん仲良くなりたい!


「……そっかぁ。郁人は本当に林間学校が楽しみなんだね」

「もちろん!」

「何が一番楽しみなの?」

「まだ林間学校のスケジュールを見てないから、なんのイベントがあるかは分からないが……とにかく、クラスのみんなと一緒に楽しみたいよな」


 まあ……。


『『………』』

『……』


 班の女の子にすら無言の反応をされる今の俺じゃ無理そうだが……。

 だが、俺は諦めないぞ!

 なんかいける気がするから!


「郁人は他の女の子と仲良くなりたいの?」

「そりゃもちろん! ……あっ」


 言い終わって気づく。


 みんな、となればそれは女子のことを指すことに……。

 いくら貞操逆転世界といえど、留衣が告白してくれて、その返事を俺が保留しているという事実は変わらない。

 そんな時に、他の女の子にうつつを抜かしているのは……。


「えーと……留衣……?」

「郁人は他の女の子と仲良くなりたいの?」

 

 俺が言う前に再度質問される。


「……」

 

 留衣が俺の次の言葉を待つように、じーっと見つめる。

 誤魔化しとかそういうのは求めてないって瞳だ。

 ここは……正直に言うか。


「そうだな……。やっぱり仲が良い人を増やしたいかなぁ。だって、仲が良い人……友達がいっぱいいた方が学校生活がもっと楽しいだろうし……」

「っ……」


 「女の子にモテたい! ハーレム作りたい!」はさすがに言えないが、友達を増やしたいのは本音。


 言い終わり、留衣の顔を伺う。


「そっか。……そうだよね」

「……留衣?」


 留衣の歩く足が止まった。


「郁人」

「うん?」

「わたしの頬、ビンタしてくれない?」

「なんで⁉︎」


 真顔で言うもんだから余計に……なんで⁉︎


「いやいやいやいや⁉︎ 俺、別にDVとかしなくないよ⁉︎」

 

 そもそも女の子の頬を叩くとか絶対したくないし!


「じゃあわたしが自分で……」

「ちょっと待って!」


 動いた留衣の右手を掴む。


「自分ででも暴力はダメだぞ! ……いきなりどうした?」

「……それは」


 留衣は口をもごもごさせている。


『あ………。ま、待って……!』

『ん?』

『その……』


 あの時とは違って、遠慮というよりかは言いにくいっぽい感じだな。

 なら、留衣が自分の口で言ってくれるまで聞かない。

 誰だって言いにくいことはあるだろうし。


「留衣も一緒に林間学校楽しもうぜ」


 俺が言えることって言ったらそれくらいだ。

 そう言って、笑って見せれば。


「……うん、そうだね」


 留衣は小さく頷いたものの……表情はどこか暗かった。




◆◆


「はぁぁぁぁ……」


 一人暮らしの高層マンション。

 自分の部屋に入るなり、制服を脱ぐのを後回しにして……。

 わたしはベッドにある枕に顔を埋めた。


「はぁ………」


 再度、ため息。


『なんだよ。林間学校嫌か?』

『まあ、うん……。ちょっとめんどくさいことになりそうだなぁ……と』

 

 数分後には大雨で郁人の家に行ったあの日だって。ずっと頭の片隅で考えていた。


 林間学校というビッグイベント。

 正直どうしようか……ずっと迷っていた。


 林間学校はクラスの仲を深めるためのイベントだが、主な目的は男子が女子に慣れるため。

 つまり、男子がいつもより女子と関わろうとする。  

 だから女子にとってビッグイベントと言われている。


 大概の男性護衛官は、林間学校では担当の男子の様子を見つつ……より警戒するだろう。

 だって、男子が襲われるかもしれないのだから。


 わたしだってより警戒を強めるつもりだった。

 わたしが一番警戒しないといけない。

 郁人が学校の男子の中で一番狙われているのだから。


 でも……。


『そうだな……。やっぱり仲が良い人を増やしたいかなぁ。だって、仲が良い人……友達がいっぱいいた方が学校生活はもっと楽しいだろうし……』


 他の人が聞けば何気ないことだろう。

 だがあの言葉は、わたしにも刺さった。


 友達がいっぱいいた方が学校生活はもっと楽しい。

 誰かと笑い合って過ごす時間があるのは幸せだ。

 それを知ってしまったら、あの頃にはもう戻りたくない。


 それに……友達がいない。ましてや避けられる辛さは、わたしがよく知っている。

 なのにわたしは……。


「郁人のことになると周りが見えなくなってしまう……。そして、彼自身のことも……」


 郁人の危機と貞操を守るのは男性護衛官のわたしの使命。

 玖乃くのちゃんから郁人のを聞いて、よりそう思った。

 外堀を埋めようと思った。


 そして今は、使命以外に個人的な感情も……。


 でも、郁人の楽しみを奪っていいはずがない。 

 郁人の自由を奪っていいはずがない。

 守りたいのはそもそも彼の笑顔。


「……林間学校では牽制を緩めるとしよう……」

 

 牽制を緩める。

 そうすれば、郁人はモテモテになるに違いない。

 みんな郁人に言い寄って……。

 郁人に笑顔を向けられて……。

 郁人は他の女の子に夢中で……。

 郁人はわたしのことなんて……。


『郁人は……わたしのこの大きな胸……好き?』

『好きだけど……』


 ―――いや、違う。


『その……留衣が女の子なのは驚いたし、今まで気づかなかった罪悪感もあるけど……。大好きって言われてすごく嬉しかった』

 

 照れながらもハッキリと言ってくれた。

 ありのままのわたしを受け入れてくれた。

 わたしは、大好きな人を信じる。

 そして。


「誘惑……してみようかなぁ……」


 わたしだって、女の子。

 郁人が他の女子に目移りするのなら……。


「……」


 ベットから起き上がり、鏡の前でブレザーのボタンを外し……さらにシャツのボタンも第二ボタンまで開けた。

 そこまですれば、見える。

 解けかかったサラシと……その内側には、豊かに実った乳房が窮屈に押し込められている。

 全部脱げばもっとすごい。

 この世界の男性は比較的女性の体に興味を示さないが……郁人には、効果があるだろう。

 今までコンプレックスだったものが全て武器になる。


 郁人が他のメスに目移りするのなら。


「負けないくらい、わたしのことでいっぱいにするんだから」


 鏡に映ったわたしの顔が、一番淫らだ。




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