第二十話

 ——一方、教室にて。


「留衣くんっ」

「今ちょっといいかなっ」


 郁人が戻るのを待っている留衣の元に……クラスの女子が2人がきた。

 彼女たちは、林間学校の班が郁人と同じになった2人である。


「もちろんいいよ」


 留衣がそう言って微笑めば、2人はきゃっきゃっと喜ぶ。


 頬を少し赤らめていることから、留衣のファンでもありそうな2人だが、今回は――――


「林間学校の時って、市瀬くんにどのくらい話しかけてもいいのかなっ」


 1人が聞いてきた。ソワソワした様子だ。


「うーん、そうだね……。節度は守ってもらうけど、基本的に自由に話してもらって大丈夫だよ」

「やった〜!」

「さっきは緊張しちゃって、何も話せなったから取り返さないとね〜」


 留衣の返答に2人は先ほどよりも嬉しそうに笑い合う。

 心なしか、教室に残っていた女子たちも羨望の視線を向けていた。

 

 ――――この様子から、郁人が女子にモテていないとは思えない。


 むしろ、モテモテである。

 

「でも」


 留衣が続きがあるとばかりに、強めに区切った。

 

「郁人のことが気になるのは構わないよ。でもそれ以上を求めるのなら……わたしから寝取るぐらいの気持ちできてね?」


 瞳を細め、微かに笑っているだけの留衣の表情。

 

「う、うん……」

「そうだね……」


 その圧に少しばかり押される、女子2人。

 小さく頷き……聞きたいことは終わったらしく、自分の席へと戻っていった。


「……郁人はやっぱりモテるね。そうだよね。やっぱり……」 

「――また、ですか」


 次に留衣の元へきたのは……千夜ちよ

 彼女も郁人と同じ班だ。

 そして、留衣が今回選抜した補佐官である。


「忠告って……そんな怖いことをしているつもりはないんだけどなぁ」

「顔は少し怖かったですよ」

「本当? 次からは気をつけないとね」

 

 ふふ、と笑みを浮かべる留衣。

 

「……市瀬くんは知っているのですか?」

「知らないだろうね。郁人がモテない原因の1人が、わたしだなんて」

「……」

「……郁人には申し訳ないと思っているよ。わたしだって最初の頃は、他の男性護衛官たちと同じで、男なら誰彼構わず近づく女子から郁人を守り、安全で安心な学校生活を送ってもらうことが目的だった。……でも郁人は、他の男子とは違う」


 一拍開けて、留衣は続ける。


「郁人は特別。女子であろうと誰彼構わず優しくする。そんな郁人が……気にならない女子なんていないよね?」

「……そうですね」 

「鹿屋さんだって郁人のこと、もんね」

「……」

「ふふ」


 千夜は何も言わずに、ただただ留衣を見つめ返すのだった。



◇◇


「えーと……その……ね?」

「お、おう……」


 ……随分と貯めるな。それほど大きな原因なのか……ごくり……。


「えとー……」


 おっ、ついに言いそう——――


「……ねぇ、これって言って良いの?」

「うーん、そうですね……」

「最大の原因って、きっと……」

「ですよね……」


「……」


 また2人で内緒話が始まった。


 俺は大人しく待つことに。

 百合と女の子の会話は邪魔してはならぬ、と心に決めているからな!


 数秒後。内緒話は終わったようで……2人は俺の方を向いて、


「その……ごめん、市瀬くんっ!」

「へ?」


 何故、謝罪……?


「最大の原因は……また今度でいいかな?」

「今はまだ、申し上げることができないと言いますか……」


 灯崎くんと上嬢くんが眉を下げて申し訳そうにしている。

 場所も場所だしと思ったが……。ちょっと申し訳なさそうにしている雰囲気から、どうやら言いにくいって感じに近いかな?


 それなら……。


「分かった。でもこれだけは教えてもらってもいいかな? 最大の原因って……俺自身が嫌われているからとか……そういうのじゃない?」

「「それは絶対ない(です)」」

「お、おう……」


 力強く即答された。


 2人がここまで言うなら安心していいなっ。 

 だって、女子にモテないよりも嫌われている方が辛いからな!


「了解。いきなり聞いてごめんなっ。答えてくれてありがとう!」

「え……?」

「もういいのですか……?」

 

 どうやら2人とも。俺が問い詰めると思っていたらしい。

 自分で言うのもなんだが、あれだけ興味津々だったしな。


「ああ、大丈夫だ。ありがとう。無理して聞くほど、急ぎってわけじゃないしな。それに、女子から全く話しかけられないって状況じゃないし。ほら、灯崎くんや上嬢くんもこうして話しかけてくれてるわけじゃん?」

「わたしたちは……まあそうだねぇ」

「以前から市瀬さんとお話してみたいというのはありましたので」

「だろう? それだけで嬉しいしな!」


 そう言って笑えば、2人はまた顔を寄せて内緒話。 

 仲良いなぁ〜。


「……なるほど。るーちゃんの愛が重くなるもの、分かる……」

「留衣さんの愛が重くなるのも分かりますね……」

 

 遠くから2人を見守りながら、他の話題でも考えていた時だった。


 ガラガラ、っと職員室の扉が開いた。


「こらっ。お前らうるさいぞ! まあ職員会議は終わったけどな」

「聖美先生!」


 出てきたのは、担任の聖美先生。

 相変わらずの赤ジャージ姿にどこか気だるそうな感じだ。


 と、何やら俺や灯崎くんと上嬢くんをジロジロと見てきて……。


「ほーん。男性護衛官の灯崎と上嬢。それと市瀬の3人……。中々珍しい組み合わせだな」

「たまたま一緒に待っていたんで」

「いやー、市瀬くんほんとにいい子だよ〜。ここままいい子のままでいて欲しいねぇ〜」

「澪さん、なんだかおばあさんみたいな言い方ですね。ですが、確かに市瀬さんはいい方ですね」


 2人にそう言われて、なんか照れる。


「その様子だと男性護衛官の2人とも仲良くできそうだな。全く……お前のコミュ力を他の男子にも分けて欲しいくらいだ。あっ、危機管理だけは他の男子からぜひ学んでくれ。全くお前は……」

「それ、褒めてるのか、呆れているのかどっちなんですか……。あっ、先生。日誌届けに来ました!」

「ん、ご苦労」

「そういえば、先生。俺には林間学校での課題みたいなのってありますか?」


『今回の林間学校では、男子のお前らが少しでも話せる女子を見つけられたら、アタシは嬉しいよ』


 あれは田中と高橋に向けてだろう。

 俺は女子と話せるしな。

 まあ女子からあまり話しかけられないから発揮できてないけど!


「あー……そうだなぁ。今考える」

「今⁉︎」


 俺のこと、ほんとに心配してないんだな。まあ、先生の負担が減るならいいけど。


「今回の林間学校、市瀬は……」

「ごくり……」


 おっ、俺にも何か課題が―――


「できるだけ女子を暴走させるな。以上!」

「え、ちょっ……」


 それだけ言うと、聖美先生は職員室に戻って行った。

 あと扉も閉めていった。


「ええ……なにあの課題……」

 

 できるだけ女子を暴走させるな?


 俺、笑みを浮かべるだけで女子を暴走させるようなイケメンでもないし、そもそも女子にモテてないし……。


「一体どういうことなんだろう? ねぇ、灯崎くんと上嬢くん分かる?」


 せっかくなので2人に聞いてみる。

 すると2人は顔を見合わせて今度はすぐに、


「市瀬くん頑張ってね」

「市瀬さん応援しています」

「お、おう? ありがとう?」

 

 応援されてしまったら、頑張るしかないな。

 よく分かんないけど。


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