第十九話
放課後になり、俺は席を立つ。
「留衣ー。ちょっと日誌出してくるー」
「うん、気をつけてね。もし心配ならわたしもついていくよ」
たかが日直日誌を出しに行くだけなのにこの返し。
これぞ、貞操逆転世界ならではの反応だよな。
「いや、大丈夫だ。行ってくる」
「そっか。郁人がそう言うならわたしは教室で待っているよ。すぐ帰ってきてね」
「ああ」
最後まで心配していた留衣を尻目に、俺は1人で教室を出た。
男性護衛官の留衣はついてこないのか? って疑問が出ただろ。
日誌を出す時だけは、女子であろうと男子であろうと1人で職員室まで届けに行くというルールがあるのだ。
男子に関しては、慣れないうちは距離を空けて担当の男性護衛官がついていくこともあるけどな。
うちの高校にはちょっと特殊なルールが存在する。
そもそも、女子がたくさんいる学校という場所にわざわざ通っている男子がいるのか?
一番の理由は、女性への耐性や接し方を身につけたいと思っているからだ。
この世界、女性に苦手意識があったり、何かと草食系な男が多いが……。
全員全員、女性に嫌悪感を抱いているわけじゃないし、女性と一生関わりたくないと言うわけじゃない。
ただ、関わり方や距離感がイマイチ分からないだけ。
そこで、中学校や高校という教育の場所では、男子が女子に少しでも慣れるよう、様々な取り組みを考えている。
日誌を1人で職員室まで出しに行くというのも、女子からの視線に慣れるためだ。
もちろん、他にも色々とある。
まあ俺にとっては難なくこなせることばかりだけどな。
「今日は市瀬くんが日誌当番なんだ……」
「ねー。市瀬くん……」
「市瀬くんかぁ……」
男が1人でいるとあって、さすがに女子からの視線が凄い。
多くの男子は早く終わらせようと早歩き気味になるみたいだが……。
俺は別に。むしろ話しかけてもらってもいいので、ゆっくりと行くのだった。
◇◇
靴箱を通り過ぎれば、職員室が見えてきた。
日誌を出すために職員室にノックして入ればいいものの……。
俺はすぐにはそうせず、職員室の前で話す2人に視線を向けた。
「って、ことがあったのよ〜」
「それは珍しい体験をされましたね」
楽しそうに会話している生徒が2人。
俺には見覚えがあった。
2人は、田中と高橋の男性護衛官だ。
『皆さん! 下がってください!』
『これ以上近づくなら男性護衛官のわたしたちが容赦しないけど?』
普段のキリッとした感じと違って、今は随分とラフな感じ。普通の女子生徒って感じだ。
これが本来の姿ってことなのかな?
名前は確か……。
「あっ! 市瀬くんだ!」
「え?」
今、俺の名前……呼ばれた……?
今日はなんか話しかけられる日なの⁉︎
次の言葉をちょっとドキドキしながら待っていれば……。
「
「大丈夫だって〜。だって、あの市瀬くんだし」
「市瀬さんが良くても、順序というものがですね――」
「あー、はいはい。分かった分かった〜。れんちゃんは相変わらず真面目で可愛いね〜」
「可愛いで誤魔化そうとしてませんか?」
「ん〜? わたしの本音だよ〜? れんちゃんは可愛いよ〜」
微笑ましいやり取りが目の前で繰り広げられる。
これが俗に言う百合というものなのかもしれない。
「全く……可愛いというのは嬉しいですから素直に受け取っておきますが」
「いひひー、れんちゃん可愛い〜」
このやり取り、ずっと見ていられるな。
だが、そろそろ……。
「えーと……
名前を呼んでくれたのは、金髪ゆるふわショートの灯崎くんの方だけど。
灯崎くんは、いかにも明るくて元気っ子って感じだ。時々語尾がちょっと間延びしている。
ちなみ男性護衛官は、その男性っぽい見た目と護衛する上での凛々しい立ち振る舞いから、『君付け』で呼ばれることが多いので俺もそう呼んでいる。
ぶっちゃけ俺たち男子よりも遙かにかっこいい人が多い。
「えっ! わたしの名前覚えてくれているの!」
「わたしの名前も……」
「うん。そりゃ、クラスメイトだからね」
2人して顔を見合わせて驚いているが……クラスメイトの名前くらい普通覚えると思うが?
あと俺の場合は、モテたかったって意味でも早く覚えたけどな。
「めちゃくちゃ嬉しいよ〜」
「名前を覚えて頂けるのは嬉しいことですね」
「大袈裟じゃない?」
2人が笑みを浮かべて嬉しそうにしているので、思わず聞いた。
「いやいや! 大袈裟じゃないよー。いくら男子と一番距離が近い、わたしたち男性護衛官といえど、呼ばれる時は『おい』とか『お前』が多いからさぁ〜。名前を覚えもらって呼ばれるとかほんと、稀だよ〜」
「この学校でも3年生になっても女子や男性護衛官の名前さえ覚えていない方がいると聞きますし……」
「ええ……そうなの……」
名前覚えない男とかいるのか⁉︎
美少女が揃った学校なのに……。
名前を呼んだくらいで喜んでもらえるなら俺だったら連呼しちゃうよ!
まあそこまでいくとちょっとキモいのでやらないけど……。
というか、なんだかんだでこの2人と話すのは初めてだな。
留衣以外の男性護衛官と話すことがないというか、そもそも護衛の仕事で忙しそうだから話しかけられないというか……。
「って、なんか話逸れたね。ごめんごめんっ。わたしが市瀬くんのこと呼んだって話だよね? うん、呼んだよ。その様子だと日誌を職員室にいる聖美ちゃん先生に出したいんだよね?」
「ああ、うん」
「今、急に職員会議になってさぁ。だから職員室には入れないよー、って教えてあげよと思って声を掛けたの」
「なるほどな。ありがとう!」
教えてもらわなかったら、入るところだった。
職員会議中に間違って入ると結構恥ずかしいんだよなぁ。
だから2人とも、職員室前で話して待っていたということか。
「急に話しかけて申し訳ありません、市瀬さん。驚かれましたよね」
そう言うのは、紺色ウルフカットの上嬢くん。
落ち着いた雰囲気でしっかり者そうだ。
俺が男ということもあり、心配してくれているようだ。
「いやいや。話しかけてもらってむしろ嬉しいよ」
「おー、市瀬くんは優しいねー」
「わたしたちにも優しいのですね」
「そうかな?」
灯崎くんも上嬢くんも感心したように俺を見るが……2人と話すの普通に楽しいけどなぁ。
「てか俺は、何故か女子に話しかけられないし……。なんか悪いところあるのかなぁ? あはは……」
頬をかいて言う。
若干、独り言ぽかったが……。
「あー……」
「それは……」
2人は顔を見合わせて、苦笑。
なにか思い当たることがあるのか⁉︎
「まあ市瀬くんがそういう状況なのは……色々原因があるんだよね〜」
「……そうですね。色々とありますね」
「原因? 良かったら教えてくれないか!」
原因を知って改善すれば、俺も女子に話しかけてもらえるってことだよな!
「お、おう……近いねぇ……」
「男性の方からここまで近づてこられるのは初めてです……」
「うん?」
ふと、2人の頬が薄ら赤くなっていることに気づく。
「あっ、ごめん……!」
俺は後ろに下がる。
ちょっと近づきすぎたみたいだ。
いくら男性護衛官と言っても、2人も女子なのだ。
不意の行動には照れてしまうらしい。
「それで、良かったら教えてくれないかな!」
再び聞けば、2人は顔を見合わせ……何やら小声で話し始めた。
「どうする? 言ってもいいのかな?」
「少しなら良いのではないでしょうか? それこそ原因はたくさんありますから」
「?」
ちょっとだけ待っていれば意見が纏まったのか、灯崎くんと上嬢くんは俺の方を向き。
「まず一つ目は……」
一つ目⁉︎
その言い方だと結構原因がありそうな感じなんだが⁉︎
「市瀬くんって、すっごく優しいからさ。他の女子たちが調子に乗っちゃうの」
「ほ、ほう?」
それの何がいけないんだ? と思ったが続きを聞こう。
次に口を開いたのは、
「市瀬さんに優しくされた女子生徒が、そのままのノリで他の男性に話しかけてしまうと……嫌われてしまうことがありますから」
「そうそう。わたしら、男子がどのくらい話せるとか、どのくらいの距離感だったらいいのか、常に探っているからさ。そういうのって人よって違うし、それぞれに合わせていかないとね。……その点、市瀬くんはそういうの全部吹っ飛ばしてくるからねぇ……」
「関われば関わるほど、感覚が分からなくなってしまいますね」
「ねー。だからあえて話しかけないとか、色々慣れてから話しかけるようにするとか、みんな考えているからだと思う」
「そうなのか……?」
褒められているのか、なんだか分からないけど……これからは気をつけないとというのは分かった。
「市瀬くん。わたしが言うのもなんだけど……優しくするのは、本命の女の子とか気になっている女の子だけにしたらいいんじゃないかな?」
「男性に優しくされるだけでも、勘違してしまう方もいるなで……」
2人がやけに真面目な顔で言ってくる。
この世界では、男子が優しくしたり、気遣ったりするのが珍しい故のことだろう。
だけど、なぁ……。
「別に俺は、勘違いしてもらっても構わないのだが?」
「「っ⁉︎」」
「他の女子が調子に乗る、がどのくらいかは分からないけど……話しかけてもらう分には俺は嬉しからな。今もこうして、灯崎くんや上嬢くんと話せて嬉しいし!」
思わず、笑みが溢れる。
「あ、あー……なるほど」
「なるほどですね……」
「うん?」
2人は何やら互いに顔を寄せていた。
「るーちゃんがあそこまで過保護というか、重くなるのも分からなくもないというか……だねぇ」
「そうですね……。これは、しっかり外堀を埋めときたい気持ちも分からなくもない気がします」
内緒話をしているようだ。
男性護衛官同士、やっぱり仲がいいなぁ。
内緒話が終わったところで俺はまた質問する。
「他にも原因はある? それこそ、最大の原因とか!」
なんか原因がたくさんありそうだし、一番の原因を改善できれば明日からでも女子に話しかけられるかもしれない!
「えーと、最大の原因は……」
「最大の原因は……? ごくり……」
俺は次の言葉を待った。
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