第十四話
「………」
「………」
留衣の頭を撫で終わり、お互い無言になる。
気まずいというわけじゃない。
少し照れ臭くも、むしろ心地よい沈黙だった。
「郁人って、ほんと優しいよね」
「お、おう。ありがとう……」
「優しいのって、わたしが"女の子"だから?」
「っ……」
改めて意識させられるその言葉に、分かりやすく反応してしまう。
『郁人は相変わらず優しいよね』
『ん? そりゃ俺は、この世の男の中で一番優しくてカッコいい男を目指しているからな。全てはいつか女子にモテモテになるために!』
『………。なのに、わたしにも優しくしてくれるの?』
『当たり前だろ。留衣は俺の男性護衛官であり、大切な友達なんだから』
つい数分前と似たような会話なのに、妙にドキドキして留衣の顔がちゃんと見れない。
「揶揄うようなこと言ってごめんね。……やっぱりまだ、わたしが女の子だって慣れない?」
「ま、まあ……」
そりゃまだ驚きの方が大きい。
普段通りに接するようにしているものの……。
今まで男性護衛官として、男友達として隣にいてくれた留衣が、実は女の子だった。
「はい、そうなんですね」と、すんなり受け入れられるほど、俺は切り替えが早い男じゃない。
それに……。
『そうだよ。わたしは君のことが大好きな女の子だ』
女の子に好きって言われたのは、初めてだし……。
だから余計に、意識してしまう。
「困惑するんだったら……男だと思ってもいいよ?」
留衣が言う。
俺は少し悲しげに目を逸らしたのを見逃さない。
「それは、嫌だな」
「え……」
「今まで気づかなかった俺が言うのもなんだが……。事情があるとはいえ、留衣は女の子だ。なら、これからは女の子として接する」
「郁人……」
「ただまあ、留衣が男でも女でも、俺にとっての遠坂留衣の印象や性格は変わらないままだから……対応は今までとあまり変わらないと思うけどな」
今はめちゃくちゃ挙動不審な態度とっているけどな!
でも慣れれば……お互いにツッコミあったり、くだらない話題でも笑い合ったり……いつも通りの感じになると思う。
第一、異性だからということで俺と留衣の関係が壊れるなんてことは嫌だから。
「うん……ありがとう、郁人。ふふっ」
留衣が小さく笑う。
ちょっとホッとした様子だ。
留衣の方だって、女の子と打ち明けるタイミングは迷ったと思うし、過去の話も、辛かったことをもう一度思い出して話すのはキツかっただろう。
留衣が女の子であることや過去の話を聞かせてもらって驚いたが……逆に留衣のことを知れるということは、それだけ信用されているんだと感じる。
「今日は色々と話せてスッキリすることが多いよ」
「そりゃ良かった」
俺は驚き続きだが……それ以外で少し気になることがあった。
留衣は一旦話し終えたみたいだし、今度は俺からでもいいよな?
「なぁ、留衣。俺の自意識過剰だったらめちゃくちゃ恥ずかしいんだが……」
「うん?」
「……さっき、俺のこと。襲おうとしていた?」
『郁人―――わたしの本当の姿、見てよ』
『……どう? 念願の女の子だよ? 郁人、ずっとモテてたいって言っていたよね?』
『とにかく、このままだとダメだから。早く身体を温めてきて。あと髪もちゃんと乾かしてくるんだよ? さぁ、早く入った入った』
俺は脱衣所でのことを思い出し……聞いた。
「あー……」
「……?」
留衣が一旦、目を瞑って……。
目を開いて。
また瞑って。
開いて……。
「……そんな事は、ないよ?」
「おい、めちゃくちゃ目を逸らすじゃねーか!」
俺の顔を見ないよう、視線を逸らす留衣。あからさまな反応だな。
「留衣? 留衣さーん?」
「………」
ついには身体ごと逸らした。
全然こちらを向く気配がないな……。
こうなったら……というか、この質問はしてもいいのか?
「……なんで襲わなかったとかあるのか?」
「………」
俺的には襲われても……と一瞬だけ思った。が、実際に襲われらどう思っていたか分からない。
無理矢理襲われた経験がないから。
留衣ならそんなことはしない。
心のどこかそう思っていたから。
俺はまだ色々と、知らないことだらけだから。
留衣の背中をじー、っと見ていると……。
「……わたしがあの時襲ったら、その、他の女たちと同じだから」
「他の女たち?」
留衣がゆっくり身体の向きを戻し、話し始める。
「この世界の女性は、肉食な人が多い。暴走して男性を襲ったなんてニュース、今時珍しくはない。一部の女性たちの影響で女性自体が苦手な男性がほとんどだ。でも、郁人は違う」
「そうだな……。俺は別に女性が苦手とかないからなぁ……」
むしろモテたいって連呼しているからな。
「郁人は特別だと思う。誰にでも優しいし分け隔てなく接するし、大概なことだったら許してくれそうな気もする器の大きさも持っている。だからって……あの時、わたしが一方的に襲っていたら、やっている事はあの人たちと同じ。自分の欲求優先で男に襲いかかる女たちと同じ」
「留衣……」
「そして、郁人に嫌われる可能性だってあった。一方的に襲って、嬉しい人なんていない。だから……襲わなかった」
「……なるほどな」
理由を聞いて俺は小さく頷いて……。
「やっぱり留衣は優しいな」
そんな結論に至る。
「そんなっ。わたしは優しくなんてないよ……。襲ってないとはいえ、君のこと、襲おうとは思ってたんだよ?」
「でも俺のことを思ってくれて結局止めてくれたんだろ? なら優しいじゃん」
「………」
「留衣は優しいよ」
ぐっ、と親指を立て再度言えば、
「はぁ……。君には敵わないね。じゃあありがたくその言葉を受け入れるよ」
「おう。受け入れてくれ。むしろ具体例を挙げてもいいんだぞ!」
「それは恥ずかしいから、いい……」
あっ、視線を逸らされた。
「……具体例か」
留衣の口が小さく動いたと思えば、こちらを向いて……。
「襲わなかったことにもう一つ、理由があるとすれば……」
「ん?」
「わたしは、郁人に襲われたいからかな」
留衣がまっすぐな瞳で俺を見つめる。
「わたしはね……郁人の男性護衛官になったあの日からずっと、君のことが好きだよ。もちろん、男子なのに優しいってのもあるけど……。それ以上に郁人には魅力的なところがたくさんある」
一拍開いたと思えば、また続く。
「ちょっと……というか、かなり抜けてて目が離せないところとか。すぐ叫んだり、悲しんだり、喜んだり、コロコロと変わる表情とか。一緒にいると凄く楽しいところとか……」
俺は留衣から目が離せない……。
「貴方の全部が、わたしの好みです」
その言葉に俺は目を見開く。
「だからわたしは、そんな貴方に襲われたい」
俺の瞳にはふわりと微笑み、頬を真っ赤に染めた留衣がいた。
「っ……」
きゅっ、と胸が熱くなる。
留衣はこんなにも俺のことを……。
「郁人はさ、女の子なのにこんな高い身長、アリだと思う?」
「ああ……俺はアリだと思うぞ」
「郁人は……わたしのこの大きな胸……好き?」
「好きだけど……」
「じゃあ今はそれだけで十分。わたしの好意に対する返事は、後でいいから」
『そうだよ。わたしは君のことが大好きな女の子だ』
初めて言われたからこそ、嬉しいかった。同時に返事をどうすればいいか迷っていた。
情報を整理するので精一杯だったから。
だが、そんなことはすでに見透かしていたらしい。
「けど、わたしからお願いがあるとすれば……」
そう言って、留衣が拳一個分空いていた間隔を詰めてきた。
「わたしのこと、これから郁人のことが大好きな女の子として、ちゃーんと意識してね?」
「っ。も、もちろん……!」
肩が軽くぶつかることを気にすることよりも、俺は即答した。
真っ直ぐ見つめられて、その上でお願いされたら男は弱いのだ。
「ふふ。これからもよろしくね、郁人」
「おうよ。よろしくな、留衣」
「ふふ。まあこれで? 他の女の子に対しても色々と鈍感じゃいられなくなるんじゃないかな? 隣にいる女の子は君のことが大好きなんだし」
「ま、まあ……」
留衣のやつ、うまい具合に俺に自覚させようとしておる。
まさか留衣にモテてていたとは意外だったなぁ……。
とりあえず今夜は、今あった出来事を整理するために、すぐには寝れそうにないな……!
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