第十五話 

「雨……やっと止みましたか。はぁ、雨はやはり嫌いですね。……昔のを思い出す」


 曇り空を見上げ、そう呟くのは――玖乃くの

 傘を持ってきてなかったため、学校で雨宿りをしていた。

 

「学校で雨が止むのを待つのは、男性護衛官として適切な判断だったとはいえ……私としてはちょっと惜しかったですね」


 まるで、を分かっているような口ぶり。

 それは先ほどから既読が付かないメッセージ画面と関係してそうだ。


「……それくらいの抜け駆けなら目を瞑りましょう。兄さんがまた、無自覚に惚れさせるようなことをしたのでしょうから」


 玖乃はゆっくりと目を瞑り……それから開く。


「……まあ、何があったか。どこまで進んだか。詳しいことは……留衣さんのお口から直接お聞きしないとですけどね。ふふふ……ふふふふふ」


 黒い笑みを浮かべていた玖乃だったが……。

 背後からからタッタッタッと足音がして、すぐにいつものクールな表情に戻す。


「市瀬さんお待たせ……! トイレ、ちょっと清掃中だったんだっ。あれ、電話中だった?」

「いえ。なんでもありませんよ」


 玖乃はずっと握りしめていたスマホをスクールバッグへ入れる。


「雨もちょうど止みましたし、早く行きましょうか」

「う、うん!」


 歩幅を合わせながら玖乃は、今日最後のの仕事をこなす。


 笑みを浮かべずクールな表情。

 一見、他人を寄せ付けないその表情さえ、顔の整った玖乃なら絵になる。


「………」


 そんな玖乃を、ほんの少し頬を染めて隠れるようにチラチラ見るのは……。

 

 この世界で貴重な―――




◇◇


「雨止んだみたいだね」

「ほんとだな」


 窓を開けて見れば、雨は止んでいた。曇り空だが今なら傘なしで自宅に帰ることができるだろう。

 それは留衣も分かっているようで、


「長い時間お邪魔したね。制服はもう乾いているだろうし、着替えて帰るよ。今日は本当にありがとう」

「その台詞は俺の方だよ。その……留衣が女の子なのは驚いたし、今まで気づかなかった罪悪感もあるけど……。大好きって言われてすごく嬉しかった」

「………。ふふっ。君は本当に優しいね」


 俺の瞳には、爽やかなイケメンではなく、照れ臭く微笑むボーイッシュ美少女が映っている。

 それから制服に着替えた留衣と玄関へ。


「また機会があれば、夕食にでも誘ってくれないかな?」

「おお! 来い来い! 母さんや玖乃くのも大歓迎だからな!」


 留衣が母さんと会ったのは男性護衛官として、自宅に挨拶にきた時ぐらいだよな。

 玖乃とは仲良いよな。

 なにせ、週に一度は必ず、通話しているんだから。


「そうだね。ぜひお母様や……玖乃くんに会ってお話ししたいからね」

「おう。都合のいい日があったらまた教えてくれ」


 会話もほどほどに。

 俺は小さく手を振る。


「あっ、そうだ」


 玄関のドアを開けようとした留衣だったが……何かを思い出したようにこちらへ来た。


「何か忘れ物か?」

「うん、忘れ物というか……」


 留衣が俺の耳に近寄ってきた思えば……。


「林間学校、楽しみだね」

「っ」

「ふふ、じゃあまた明日ね」


 悪戯な笑みを浮かべた留衣が家を出た。


『俺は林間学校楽しみだけどなぁ。だってクラスメイトと一緒に活動したり、ご飯を食べたり、お泊まりしたり……。最終日にはキャンプファイヤーがあって楽しいことだらけじゃん!』


『でも、留衣は一緒にいてくれるだろ?』


 つい数時間前の呑気な発言なんて、もう口に出ない。


「留衣め……。はぁ、どうするかなぁ……」 


 知ってしまった真実と好意に。残された俺はただただ胸がざわめいた。




◆◆


「ふふっ。わたしを意識した郁人もすごくいい。ああ……やっぱり好きだなぁ……」

 





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