第十六話

「兄さん。お風呂を溜め始めましたが……私が一番風呂をいただいていいですか?」

「おう、いいぞ」


 夕食後。

 洗い物を終えたところで、ちょうどリビングに戻ってきた玖乃くのが言う。


「ありがとうございます。それと今日は少し長めの通話をしますが……いつも通り、私の部屋には立ち入らないでくださいね? もし用事がある時にはノックをお願いします」

「了解」

「じゃあお風呂、先にいただきますね」

 

 そんな短い会話が終われば、玖乃はすぐ出ていった。


「うーん、なんだが今日の玖乃は冷たい気がする……」


『兄さんは……おっぱいは小さいのと大きいの、どっちが好みですか?』


 今朝のあの話題からだろうか?

 話しかければちゃんと返してはくれるし、表情はいつも通りクールな感じだけど……。

 なんか、いつもより玖乃が冷たい。

 冷たいというよりテンションがやや低い? 

 ちょっと怒ってる?


『兄さんの……ばか……』


 最後はバカって言われたしなぁ……。  

 

「はっ! もしやこれが反抗期ってやつなのか……! 前触れ的なやつなのか!」


 そうだったらお兄ちゃん悲しいぞ!


「相変わらず郁人は鈍感ねぇ。見てるこっちは面白いけど」


 そんなツッコミをするのは母さん。

 今日もテーブルでノートパソコンを開いて作業をしていた。 

 最近はほんと忙しいみたいだなぁ。


「母さん、何か知っているの?」

「自分で気づかないと意味ないでしょ」

「そうかぁ……」


 そうだよなぁ……。


『まあこれで? に対しても色々と鈍感じゃいられなくなるんじゃないかな? 隣にいる女の子は君のことが大好きなんだし』


 ふと、留衣の言葉を思い出す。 

 玖乃のこととは違うが……そうだよな。俺が頑張って自覚していかないとだよなぁ。


 

◆◆


「―――さて、早速本題に入りましょうか」


 ビデオ通話に切り替えて話す、玖乃。

 相手はもちろん……。


「留衣さん」

『玖乃ちゃん、いつもの熱弁タイムは良いのかな? わたしは全然待つよー』

「留衣さん」

『あー……今回の玖乃ちゃんの脳内は、わたしがほとんど占めているって感じかな? それは嬉しいね』

「留衣さん……?」

『うん、玖乃ちゃん……質問にはちゃんと答えるからちょっとずつ顔を近づけてくるのはやめてくれないかな? 怖いよ?』

「………。はい」


 留衣にそう言われて、玖乃は前屈みになっていた身体を元に戻す。

 こほんっ、と咳をして落ち着いたところで、


「では、単刀直入に聞きます。―――兄さんとはいきましたか?」


 玖乃が言い切れば……留衣がゆっくりと口を開いた。


『わたしが実は女だと気づいてもらって……それから、わたしの大好きって好意を知ってもらった。かな』

「っ……。そうですか」


 玖乃のクールな表情が一瞬崩れた。

 留衣はそれを見逃さない。


『……少し抜け駆けになってしまったね。それについては謝罪するよ』

「いえ。女だと明かす件については各々のタイミングで、とにも連絡しましたから。……まさか翌日にとは思いませんでしたが」

『うん……ごめんね? やっぱり玖乃ちゃん、嫉妬してるよね?』

「……別に。私は」


 そう言いつつ、視線を逸らして頬を少し膨らます玖乃。


「……それに、女だと気づいてもらった時点で、それ以降はどうしてもそうなりますよ。本当の私を意識してもらったら、より好きが溢れてしまいますから」

『そうだねぇ……』


 ——そうだよ。わたしは君のことが大好きな女の子だ


 留衣はあの時のことを思い出す。

 思い出すだけで……心地良い気分になる。


「兄さんの反応はどうでしたか? ……拒絶とか、されませんでした?」


 玖乃は少し心配そうな瞳で見つめた。


『拒絶も何も……。むしろ受け入れてくれたよ。わたしの本当の姿も。好意も。まあ、いきなりのことでさすがに戸惑ってはいたけどね』

「そうですか……。やっぱり兄さんは兄さんですね。優しくてかっこいい兄さんのまま」

『彼は特別な男の子だからね』

 

 玖乃と留衣、それぞれ笑みが溢れる。

 玖乃に関してはどこか、ホッとした様子もあった。


『兄さん、私のことも受け入れてくれるかな……』

「きっと受け入れてくれるよ。あっ、わたしの好意に対しての返事は、一旦保留って感じになったから。安心してね?』

「私は別に嫉妬なんてしてませんよ?」

『ふふっ』


 玖乃を微笑ましく見る、留衣。


『そういえば、あの時電話はしなかったんだね。てっきりわたしは電話が掛かってくると思っていたよ』


 留衣はスマホの画面を玖乃とのトーク画面に移す。そこには玖乃からいくつかメッセージが届いていた。


玖乃:【兄さんと家で2人っきりなんですか?】


 そんな見透かした様なメッセージまであった。


「電話なんてしたら……私の脳が破壊されたかもしれませんから」

『ん?』


 玖乃は小さく息を吐き……。


「今回は留衣さんが自分で上手くセーブをかけたようですが……。もし、その続きがあったとすれば……」

『んん?』

「留衣さんのことだから、自分から襲うより兄さんから襲ってもらおうとしますよね? 兄さんの理性を上手く刺激して、まんまと乗せられた兄さんが留衣さんを勢いよく押し倒す。でも兄さんは優しいから頭の下に自分の手を敷いている。そこからゆっくりとした口付けから始まり、徐々に互いの唇を貪り……そして舌を絡ませ、快楽を求めながらお互いに好き好き言って……」

『なんだろう………。あの時のわたしの脳内の一部を読み取らないでくれるかな?』

「留衣さん変態……」

『玖乃ちゃんにだけは負けると思うけどなぁ』

「まあそれはそれとして」

 

 玖乃がこほんっ、と咳をして。


「……分かっていると思いますが、一線を越えるのは……」

『うん、分かっているよ。わたしたちの共存ハーレムに。みんなの本当の姿に気づいてもらってからだよね』

「はい。留衣さんが先陣を切ったということで、皆さんも早めに行動に移るでしょう」

『あはは……。彼女たちが動くとなると……ますます凄いことになりそうだね』

「ですね。でも……」


 玖乃は自分の胸に手を当て、


「次は私の番ですからね。兄さんに小さい方の魅力も教え込まないといけませんから。ふふ、ふふふふ……」

『玖乃ちゃん、笑みが怖いよー』






 


「まさか留衣が女の子でしかも俺のことが好きなんてなぁ……。ん? てことは、俺って一応女の子にモテる要素はあるってことだよな? ……?」

 

 自室でゆっくりしている郁人。

 ―――まだまだ彼は、知らないことだらけ。

    

            


             第一章おわり


  







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