第十二話※新
「郁人―――わたしの本当の姿、見てよ」
今まで聞いたことのない声色……。
色気に溢れた声に囁かれる。
混乱している俺だが……なんとか一つずつ情報を整理する。
俺は今、留衣に後ろから抱きつかれている。
シャワーを浴びたばかりだから、ほんのりシャンプーの匂いがする。
そして……背中に当たる胸の感触。
柔らかい。
温かい。
シャンプーとは違う、香水も多々違う……甘い香りがする。
これって……。
「留衣……お前もしかして……」
この言葉を言ってもいいのだろうか……?
どくどく、と早くなる心臓の音を聞きながら、俺は以前のことを思い出す。
『ねぇ、郁人。わたしの今の姿、どう思ってるの?』
『え? ああ……可愛いけど?』
『本当?』
『本当、だけど……?』
あの時の留衣が妙に食い気味で色っぽかった理由……。
『郁人ってほんと抜けてるというか……鈍感バカだよね』
ああ、俺は鈍感バカだな……。
「もしかして……女の子、なのか……?」
俺は言い切った。
留衣はそれを聞いたはず。
「……ふふっ」
笑った?
どっちだ……?
微かな吐息が耳にかかり、ぞくぞくしつつも答えを……。
「そうだよ。わたしは君のことが大好きな女の子だ」
………ハッキリと聞こえた。
留衣は俺のことが大好きな女の子。
「え?」
予想外な情報まで耳に入り、戸惑う。
反射的に留衣の顔を見ようとしたが、留衣がさらに抱きしめてきて、
「……どう? 念願の女の子だよ? 郁人、ずっとモテてたいって言っていたよね?」
「………」
俺はどう反応したら良いか分からず、再び固まる。
確かに留衣が女の子であれば、俺の念願は叶ったようなもので……。
いや、叶ったのか?
留衣は俺の男性護衛官で友達で……。
でも、留衣は俺のこと大好きって……。
俺はさらに混乱していた。
とにかく……今はとんでもない状況じゃないか?
漠然とそう思った。
「郁人……」
「っ……」
熱っぽい息がかかり、身体がびくりと反応する。
いつもの留衣に、こんな反応しないのに。
女の子だと分かった瞬間、意識と身体がおかしくなる。
「ねぇ、郁人……」
また熱い息。囁き。もう頭がおかしくなる……。
「………っ」
俺は思わずギュッと目を瞑る。
「………」
「………?」
あ、あれ?
何も……ないなぁ……。
「……郁人。郁人?」
「は、はいっ」
「……とりあえずシャワー、浴びてこよっか? このままだと風邪ひいてしまうし」
「え……」
素っ頓狂な俺の返答を聞いて、留衣がくすっ、と笑うのが耳元をくすぐる。
「ふふっ。そんな残念そうな顔をしなくても大丈夫だよ」
背中に当たった柔らかさが遠のく。
留衣が抱きしめていた手を離したのだ。
「とにかく、このままだとダメだから。早く身体を温めてきて。あと髪もちゃんと乾かしてくるんだよ? さぁ、早く入った入った」
「あ、ああ……」
留衣は俺の肩を掴み、くるっと脱衣所へ押した。
「じゃあ、リビングで待っているから」
脱衣所のドアが閉められるとともに、俺は力尽きたように床にへたり込んだ。
「留衣が実は女の子だったって……まじかぁ……」
◇◇
「ん、おかえり。早かったね。ソファ使わせてもらっているよ」
「……お、おう」
髪も乾かし終えリビングに入れば、すぐさま留衣に視線を奪われる。
「………」
俺が貸した少し大きめのTシャツを着ている。サイズは大丈夫だったか、ということよりも……盛り上げる二つの果実がばっちりと目に映り、俺は固まった。
500mlのペットボトルを挟んでしまえそうな存在感がある巨乳……。
この姿を見るのは2回目のはずなのに……意識した後だと全然印象が違う。
てか、今までどうやって隠してたんだ?
「あ。ちなみに今はノーブラだよ」
「……っ」
そんなもん、言われなくても分かる。
それなのに動揺する。
そんな俺とは対照的に、留衣は目を細めて微笑む。
「まさかここまで気づかないと思ってなかったよ」
「えと……ご、ごめん……っ」
そうだ! まずは謝罪をせねば!
留衣のこと、ずっと男だと思っていたんだし……。
「留衣、その……」
「郁人ここきて」
俺の言葉を遮り、留衣がぽんぽん、と自分の隣を叩く。
「あ、ああ……」
そうだな。謝るならもっと近くで……。
俺は留衣の隣に腰を下ろす。
「わたしは郁人に謝ってほしいわけじゃないから」
と、先手を打たれた。
「わたしだって、郁人がわたしのことを男だと思っていることに気づいていながら明かさなかったわけだし……。お互い様ってことでいいかな?」
「あ、ああ……。留衣がそれでいいなら……」
「ありがとう」
俺はふう、と一息つく。
留衣は相変わらず優しいな。
そう言ってくれなかったら俺、迷わず土下座しようとしていたわ。
「………」
「………」
お互い無言になる。
リビングは微かな雨音しか聞こえない。
学校では2人でいることが多い。話題も大体尽きないはずなのに……今は話題も喋り出す最初の言葉も、スッと出てこない。
「ねぇ、郁人……」
「な、なんだ?」
沈黙を破ったのは留衣の方。
「ちょっと……わたしの過去の話をしてもいいかな?」
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