side留衣ー3
最近気づいたことがある。
――わたしは自分が思っている以上に愛が重い女かもしれない。
◆◆
「さて……どうしようかなぁ……」
わたしは悩んでいた。
人生の中で一二を争うと言っていいほどだ。
「郁人の家に来てしまった……」
そう。郁人の家。
好きな男性の家にいるのだ。
『留衣! もう少し早く走れるか? あともうちょっとで俺の家に着くから……!』
郁人の判断は間違っていない。
雨宿りしている女性たちのところに行くぐらいなら、自宅の方が安全だ。
郁人は安全だが……。
わたしは危険だ。
わたしの理性が試されている。
色々思うところはあるが……。
「……とりあえず、早くシャワーを浴びよう」
郁人を待たせないことと、少しでも冷静になるために。
一つ屋根の下で男女が2人っきり。
何か起こることを少しは期待していた。
それこそ、何かのきっかけでわたしが女だとバレてもいいと思った。
でも、変わらなかった。
雷に怖がるわたしに対して、郁人は深く理由は聞かず、
「……雷が怖いから?」
「うん……。雷怖いの……変?」
「変じゃないさ。誰にだって苦手なものはあるよ。ただまあ、このまま俺が脱衣所いるのは気が引けると思うし……。ドア越しにいるから」
「うん……ありがとう……」
いつも通り、優しくしてくれた。
それが嬉しくて……少し寂しい。
だって、わたしが女と知らずの対応。
知ったら一体、どういう対応をしてくれるんだろう……。
「郁人は相変わらず優しいよね」
そんな胸の内を今日も言わず、代わりにいつも思っていることを言う。
「ん? そりゃ俺は、この世の男の中で一番優しくてカッコいい男を目指しているからな。全てはいつか女子にモテモテになるために!」
堂々と言う郁人に、なんだか微笑ましくなる。
「………。なのに、わたしにも優しくしてくれるの?」
郁人は相変わらず、わたしのことを男だと思っているんだろうなぁ。
「当たり前だろ。留衣は俺の男性護衛官であり、大切な友達なんだから」
「……っ。うん……。ありがとう……」
「お、おう……」
やっぱり男だと思っている。
けれど、郁人の一つ一つの言葉がわたしの心に刺さる。
郁人の優しさが全身を包む。
簡単に頬が緩み、びくんっ、と身体も少し跳ねてしまう。
顔が熱い。
すぐ横にある鏡を見なくても真っ赤になっていることが分かる。
やっぱり好きだなぁ……。
わたしの胸の中は、その感情ですぐにいっぱいになってしまう。
そして今日のわたしは―――大好きな人の家にいることもあってか、もっと求める。
「ねぇ、郁人」
「うん?」
「郁人って……女の子にモテたいモテたいって、よく言っているよね」
「ああ、言っているな」
じゃあ次の質問にいこう。
「じゃあ……好みの女の子とか、いるの?」
「あー……」
そこで一旦会話が終わる。
郁人が考え込んでいるのだろう。
「そうだなぁ。可愛くて、優しくて、一緒にいると楽しい子がタイプだ!」
「ふ、ふーん……。あっ、巨乳な女の子は?」
「大好きだが?」
「ふふ、正直だね」
ねぇ郁人。わたし、結構巨乳なんだよ?
絶対君の好みだと思うんだけどなぁ。
「でも一番の贅沢を言えば、俺のことを好きな人と付き合いたいよな」
「っ……」
わたしは息を呑む。
いや、息を止めるに近い。
ダメ……我慢して……。
あと一つ、聞きたいことがあるから……。
「じゃあ、もし……そんな子が近くにいたら……嬉しい?」
「ああ、嬉しいさ! 俺のことが好きな女の子は俺が絶対幸せにする!」
「っ〜〜〜〜」
「ん?」
郁人は何も知らない。
わたしがもう、我慢していることが。
隠していることがなんだか馬鹿らしくなってきたことを。
「なぁ、留衣。着替えは―――」
「じゃあ、わたしでいいよね」
「え? っお⁉︎」
浴室のドアを開けて、その逞しい背中に抱きつく。
初めて郁人に触れた。
初めて自分の意志で触れることができた。
郁人の体温が、匂いが、感触が、直に感じることができる。
「る、留衣? どうし……」
郁人が言葉を止めた。
背後から抱きしめているから顔が見えない。
郁人は今、どんな顔をしているのだろう。
いつもの無邪気な笑顔を浮かべている?
またなんのことが分からず、首を傾げる時のような顔をしている?
それとも―――わたしの本当の姿に気づいて動揺している?
「郁人―――わたしの本当の姿、見てよ」
最後のダメ押し。
熱っぽい息で囁き、回している手に力を入れる。
そうすれば、サラシで抑えつけていないわたしの胸は、郁人の逞しい背中に形を変えてさらに押し付ける。
ねぇ、郁人。
わたしって……。
柔らかい?
温かい?
これって、男の子の感触じゃないよね?
「留衣……お前もしかして……」
ああ、くる。ついにこの瞬間―――
「もしかして……女の子、なのか……?」
郁人が言った。
わたしは聞いた。
「……ふふっ」
ああ……やっと聞けたよ、その言葉を。
じゃあわたしもやっと言える。
「そうだよ。わたしは君のことが大好きな女の子だ」
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