第十一話
「留衣、入るぞ〜」
「ああ、いいよ」
ノックしてから脱衣所に入る。
浴室の方にはシャワーを浴びている留衣のシルエットが薄らと見える。
「どうだ? いい湯か〜?」
「雨で冷えた身体に最高だね」
「それは良かった。ここに着替え置いておくから」
「あ、ありがとう……」
分かりやすいように洗濯機の上に置いて……と。
用意していたカゴの中には雨で濡れた留衣の制服が入っていた。
俺の制服と一緒に乾燥機にかけてもいいかな?
別々の洗濯ネットに入れるし、どっちの制服かは見分けがつくだろう。
男同士とはいえ一緒に洗うのが嫌なこともあるし、留衣にも一応聞かないとな。
「なぁ、留衣。制服さ、俺のと一緒に乾燥機にかけていいかー?」
「………。うん、いいよ。それに、わたしの制服は郁人よりワンサイズ大きいからね。見分けはつくと思うし」
「了解」
じゃあ一緒に乾燥機にかけるか。
先ほど脱いで持ってきた自分の制服と綺麗に折りたたんでいる留衣の制服。別々の洗濯ネットに入れて、乾燥機にかける。
「下着はいいのか?」
下着が見当たらなかったので声をかける。
「あ、うん。大丈夫……」
「了解。着替え用に持ってきた下着は一応俺のだけど、まだおろしてないやつだから安心して使ってくれ。もし良ければそのままあげるし」
「う、うん……。ありがとう……」
留衣の声がか細くなっていく。
シャワー中に話しかけすぎたかもしれないな。
「聞きたかったことは以上だ。じゃ、ゆっくりな」
「あっ、郁人……。もうすぐ上がるから」
「もういいのか?」
「うん。もう十分温まったよ。それに早く郁人にも温まってほしいし……」
そう言ってくれるのはありがたい。
俺も一旦は着替えたとはいえ、身体はまだ寒いまま―――
「……へ、へくしゅん‼︎」
「っ⁉︎ 郁人、風邪ひいたのっ」
「いやいやっ! ただのくしゃみだ。大丈夫大丈夫!」
留衣が本気で心配してくれるから慌てて返す。
もうすぐシャワー浴びれるし、これくらいなんとも……。
その時だった。
ドォーーーン!!!!!
「きゃっ、つっ……」
「うわっおっ……⁉︎」
突然の落雷。
しかもかなり音が大きい。近くに落ちたみたいだな……。
「おいおい……なんか激しくなってきてないか?」
雨はすぐに止むと思っていたのに、今度は雷まで……。
耳をすませば、室内だというのに激しい雨風の音が聞こえる。
「停電にならきゃいいけど……」
温かい飲み物飲みたいし、今のうちにお湯を沸かしておくか。
あと念のため、懐中電灯とか探さないと……。
「留衣も気をつけてな。俺は先にリビングで温かい飲み物作ってくるから」
「あっ。ま、待って……!」
「ん?」
「その……」
浴室越しの留衣。
シャワーの音は止まっており、もう浴び終えたのだろう。
さっきより声が聞き取りやすいから……。
何か言いたいが言えない。
今の留衣はそんな感じがした。
「なんだよ、留衣。お前が遠慮してるなんてらしくないぞ。ちゃんと言ってくれないと………俺が寂しい!」
「寂しいって……。ふふ……。うん、分かった。じゃあ遠慮なく甘えるとするよ」
そう言って一拍開けて。
「着替えるまで、近くにいてくれないかな……?」
ハッキリ言いながらもどこか不安げな留衣の声色。
「……雷が怖いから?」
「うん……。雷怖いの……変?」
「変じゃないさ。誰にだって苦手なものはあるよ。ただまあ、このまま俺が脱衣所いるのは気が引けると思うし……。ドア越しにいるから」
「うん……ありがとう……」
脱衣所を出てそのまま待っていれば少し遅れて……。がらがら、と浴室のドアが開く音が聞こえた。
「郁人……いる?」
「いるいる。安心して着替えていいぞ」
「……うん」
普段の落ち着いた口調の留衣からは想像もできない、しおらしい声。
相当雷が怖いらしいな。
俺はドアに寄りかかって待つことにする。
あと留衣の声が聞き取りやすいようにな。
「……ごめんね、郁人。先にシャワー浴びさせてもらっただけじゃなくて、こうして着替えを待ってもらって……」
「気にすんな。それにしても、留衣が雷が怖いのは意外だったな。ギャップ萌えってやつ? 普段はカッコいい留衣の、ちょっと可愛い部分が知れてなんか……お得感があるなっ」
何言ってんだろ、俺。
言い終わって、自分でツッコむ。
少しでも留衣を励ますために言ってみたが、最後らへんの言葉はほぼヤケクソである。
「……」
留衣の反応がないのが怖い!
雷よりも怖いよ!
「わ、悪いっ。雷が怖いのにギャップ萌えとか言ったら嫌だよなっ」
「……ううん。ありがとね、郁人。励ましてくれて」
「お、おう……」
見透かされていたか。ちょっと恥ずかしいな……。
でも留衣の声がちょっと明るくなった気がする。
「郁人は相変わらず優しいよね」
「ん? そりゃ俺は、この世の男の中で一番優しくてカッコいい男を目指しているからな。全てはいつか女子にモテモテになるために!」
「……。なのに、わたしにも優しくしてくれるの?」
「当たり前だろ。留衣は俺の男性護衛官であり、大切な友達なんだから」
「……っ。うん。ありがとう……」
「お、おう……」
なんか、こういうことを直接話すのもちょっと恥ずかしいな……。まあこれは本当のことだし、恥ずかしがることなんてないかもだけどさ。
「ねぇ、郁人」
「うん?」
雷から意識を逸らすためか、留衣が話しかけてきた。随分と会話が続く。もちろん会話には付き合うけど。
「郁人って……女の子にモテたいモテたいって、よく言っているよね」
「ああ、言っているな」
逆にモテたいと思ったことがない日がないな。
「じゃあ……好みの女の子とか、いるの?」
「あー……」
意外な質問がきて考え込む。
モテたいモテたいと連呼している俺だが、女の子なら誰でも良いというわけじゃない。ちゃんと好みのタイプはいる。
「そうだなぁ。可愛くて、優しくて、一緒にいると楽しい子がタイプだ!」
「ふ、ふーん……。あっ、巨乳な女の子は?」
「大好きだが?」
「ふふ、正直だね」
俺が即答で返したのが面白かったのか、留衣から微かな笑い声が聞こえる。
好みがあると言ったが、王道なやつだけどな。やっぱり王道が一番ってことよ!
「でも一番の贅沢を言えば、俺のことを好きな人と付き合いたいよな」
「っ……」
やっぱり両想いがいいよな。好き同士だと、何やっても絶対楽しいと思うし。
「じゃあ、もし……そんな子が近くにいたら……嬉しい?」
「ああ、嬉しいさ! 俺のことが好きな女の子は俺が絶対幸せにする!」
「っ〜〜〜〜」
「ん?」
なんか留衣が……。
てか、着替えはどのくらい進んでいるのだろうか? 雷は、今は鳴ってないな……。
「なぁ、留衣。着替えは―――」
「じゃあ、わたしでいいよね」
「え? っお!?」
ガラガラとドアが開く音がしたと思えば、背後から抱きつかれた。
背中越しから。留衣の火照った身体の熱が少しずつ、伝わってくる。
「る、留衣? どうし……」
言いかけて……止まった。正確には口を開けたまま固まった。
背中越し。身体の温かさとは違う……何か柔らかいものを感じたから。
俺はそれ理解するまで時間がかかる。
その代わり、背中から回された手は、離さないとはがりにぎゅっ、と力が入り……。
熱っぽい息。
次に声が……。
「郁人―――わたしの本当の姿、見てよ」
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