第十話

「はぁ、結構濡れたなぁ……」


 おでこや頬に張り付いた髪を払う。


 雨は最終的に前が見えなくなるほど降り出したが、なんとか自宅に帰りついた。

 母さんや玖乃くのはまだ帰ってきてないようだ。


 制服や靴。鞄、髪までずぶ濡れ……。制服のブレザーは水を含んで重くなっている。中のシャツは肌にべったりと張り付て気持ち悪い……。

 

「明日も学校あるってのに……。留衣も大丈夫か〜?」


 かなり早いペースで走ってもらったが、さすが身体を動かすことが得意な留衣。難なくついてきていた。


「……」

「留衣?」


 同じくずぶ濡れになっている留衣だが……何かを考えるように一点を見つめていた。


 その姿だけで絵になる。


 雨に濡れてもイケメンだなぁ……。余計こう、キラキラ感が増しているし。

 水も滴るいい男のリアル版だよなぁ。


 って、呑気にこんなこと考えている場合じゃないな!


「とりあえず、タオル持ってくるから待っていてくれ!」


 濡れた身体を早く拭きたいだろうしな。


◇◇


「シャワー先に浴びていいぞ。脱いだ服は乾燥機にかけるからそこに置いてもらえれば。多分、雨が止む頃には乾くと思う」


 お互い、衣類の上から軽くバスタオルで拭いてから脱衣所へきた。


「……」

「留衣?」


 先ほどから……というか、家に入った時からだろうか。

 留衣が妙に静かである。

 加えて視線は定まらないし、何やらソワソワしている様子も見て取れる。


「もしかして留衣……人の家だからって緊張してるのか?」

「っ」


 ビクッと分かりやすく肩を震わせた。

 

「はっはっ。なるほどな。緊張してるのか。てか、何気に俺の家に上がるの初めてだよな。前から結構誘ってるのに」


 留衣は1人暮らしだし、俺を自宅に送り届けるついでに一緒に夕食も、と誘っているのだが、毎回断られていた。

 多分、母さんや玖乃に気を遣っているのだろう。


「今は家には俺しかいないんだし、場所が変わっただけだと思ってリラックスしてくつろいでいいからな」

「……君が家に1人なのが一番問題なんだけどなぁ」

「ん? なんか言ったか?」


 ボソッと言うもんだから聞こえなかった。


「な、なんでもないよ。シャワーはありがたく貸してもらうけど、わたしは後からでいいよ。郁人が先に入らないと」

「別に俺に気を使わなくてもいいんだぞ?」

「気を使うさ。君は貴重な男子だからね。風邪でもひかれたらみんな心配するよ」


 留衣が強い瞳で俺を見てくる。 

 俺が風邪をひいてしまうことを相当心配してくれているのだろう。 

 そう思ってくれるのはありがたいが……。


「けど、ここは俺の家だからなぁ。今から着替えを用意したり色々するから、留衣が先に入ってくれた方が効率がいいんだよ」

「それはそうかもしれないけど……」


 それでも引き下がらない留衣。

 じゃあ最後のひと押しで……。


「それに、留衣がもし風邪ひいたら俺が学校でぼっちになるからさっ。俺、そんなの嫌だよ? な? だから早く身体を温めてこい」

「………。分かったよ」


 そこまで言うと渋々ながらも、留衣は小さく頷いた。


「一応お湯も張ることができるけど」

「シャワーだけでいいよ。郁人を待たせるわけにはいかないしね」

「俺のことは気にしなくてもいいが……まあ留衣がシャワーだけでいいならいいけど」

「じゃあシャワー借りるね」

「おう。ゆっくりでいいからな」


 ブレザーのボタンをゆっくり外し始めた留衣を尻目に、俺は脱衣所を後にした。







「さて……どうしようかなぁ……」


 1人になった途端、留衣が重いため息をつき、思い詰めているとは知らずに。





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