第九話

「田中く〜ん。この後、テニス部見にこない? そこにいてくれるだけでいいからっ」

「高橋くん。アタシたちとハーレムカラオケなんてどう?」


 放課後になり、クラスは賑やかになった。

 羨ましい誘いが飛び交う中、相変わらず俺だけは誰にも言い寄られない。


「さて、じゃあ帰るか」


 スクールバックを肩にかけながら留衣に声を掛ける。


「おや? 今日は発狂しないんだね」

「発狂って……。まあ今日は気分がいいからなっ」

「そうなの?」


 首を傾げる留衣に、俺は笑みを浮かべて頷く。 


 誰にも話しかけられなくても、俺には留衣がいるからいいのだ!


 校門をくぐり、留衣と並んで歩く。


「そういえば、もうすぐがあるよなー」

「あー……」


 俺がそう言えば、留衣は眉間にシワを寄せた。


「なんだよ。林間学校嫌か?」

「まあ、うん……。ちょっとめんどくさいことになりそうだなぁ……と」


 留衣は小さくため息をつく。


 林間学校といえば、入学して数週間後にあるイベントだが、貞操逆転世界では数ヶ月経ってから行われる。

 入学直後だと、男子がまだクラスメイトの女子にすら慣れてないからな。

 今も慣れてさそうだけど。


 林間学校は基本的に班で動くことになり、もちろん班には女子がいる。男子は男性護衛官以外とも関わることになる。


 男子にとっては試練だが、女子たちにとっては男子とお近づきになれるビッグイベントとか。


「俺は林間学校楽しみだけどなー。だってクラスメイトと一緒に活動したり、ご飯を食べたり、お泊まりしたり……。最終日にはキャンプファイヤーがあって楽しいことだらけじゃん!」

「そうだね。でも郁人は今の状態だと……」


 ゔっ、痛いところをついてくる……。


 今の状態だと班のメンバーと仲良く活動どころか、無言の単独作業とかになりそうだよなぁ。


「でも、留衣は一緒にいてくれるだろ?」

「っ。また君はそうやって……」


 留衣が頬を少し赤く染める。それを見ていれば……。

 あっ、顔を逸らされた!


「郁人はほんとに……。……はぁ」


 うんうん、照れてる照れてる。留衣は実は照れ屋なんだなぁー。


「林間学校が近づいてきたということは、近々班決めがあるってことだな! 聞くところによると自分たちで班を決めれるとか」

「去年は自由なクラスもあったみたいだね。それはもう、争奪戦が凄かったとか……」

「おお!」


 俺ももしや、女子の間で奪い合いになるかもしれないな! 

 だって貴重な男ですから!


「でも今年はどうなるか分からないよ? まあたとえ、自由に決めれることになってもわたしが決めるから」

「えーっ。俺にも———」

「わたしが決めるから」


 やけに強い口調。目まで怖い。

 

「それでいいよね?」

「え」

「いいよね?」

「——」

「いいよね?」

「は、はい……」


 言葉を発する前にさらなる圧をかけられる。

 俺は頷くしかなった。


 林間学校の話をすると留衣がなんか怖いので、別の話題に変えようとした時。


 ぽつ、ぽつぽつ……。


「ん?」


 頬に冷たいものが触れた気がした。

 触ってみると……水だ。


「……雨か。あれ? 今日雨降るって予報だっけ?」

「そんなことはなかったと思うけど……」

「じゃあゲリラ豪雨ってやつか?」


 なんて話している間にも、ぽつぽつと顔に水滴が当たる。

 ついには、ザァーと雨が強くなり……。


「降り出してきやがった!」


 俺と留衣はバシャバシャと水たまりを蹴って、大雨の中を駆けていく。

 横殴りの大雨なので、コンビニで傘を買って差していても意味がないだろう。


「どこかで雨宿りするかっ」

「それはダメ」

「だよなぁ……」


 周りを見れば、大勢の人々……主に女性が蜘蛛の子を散らすように建物の下などへ逃げ込んでいた。


 女性がいるところに、男の俺が行くのは危ないというのが留衣の意見だろう。

 俺は別に問題ない……と言うとまた怒られるので言わない。

 でもまあ、制服も結構濡れていて今更雨宿りするよりかは―――


「留衣! もう少し早く走れるか? あともうちょっとでに着くから……!」

「走れるよ———え?」





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