side留衣ー2

「市瀬郁人さん。こちらが貴方の男性護衛官になります、遠坂留衣さんです」


 隣に座っている先生がわたしのことを紹介する。


「遠坂留衣です。男性護衛官として精一杯頑張ります」


 わたしは正面に座っている男子に向かって淡々と言い、浅くお辞儀した。


 それからその男子は、男性護衛官の仕組みと諸々の手続きついて先生から説明を受けていた。

 わたしは少し空気のような存在になる。 

 

「……」


 横目に男子の容姿を見た。


 しっかりと手入れされている黒髪に、シュッとした目鼻立ち。

 華奢な身体が多い男子の中で、彼は程よく筋肉がついている。 

 外見にはかなり気を配っているように見える。

 

「なるほどなるほど。先生の教え方は分かりやすいですね」

「いえいえっ。ふへへ……」


 そして何より気になったのが、女性に対して怯えず、むしろ慣れているかのように笑みを振りまいていること。

 そんな対応をされている先生は、だらしない笑みを浮かべていた。


 今まで見てきた男子とは違う。

 だからといって、興味は湧かなかった。


『女なのにあの身長と体つきって、なぁ……』

『うわぁ、怖ぇ……』

『ぼ、僕にち、近づくなよ!!』

『アイツ、なんか男装してるみたいだけど、余計怖いよな〜』


 男性が女性のことを皆、肉食で危ない存在と思うのなら。

 わたしにとって男性とは、わたしの全てを否定する存在なのだから。






 顔合わせの時間も終盤になった。

 

 わたしは特に話すこともなく、笑うこともなく、基本そこに座っているだけ。


 〜〜〜♪♪


 すると突然、誰かのスマホの着信音が鳴る。


 自分のスマホを確認しようとしたが、それよりも先に先生が立ち上がった。

 

「……くっ、いいところで。私は電話対応で少し席を外します。遠坂さん、分かっていると思いますが、2人きりになったからと言って……」

「分かってますよ」

「なら良いのだけれど……」


 先生は名残惜しそうに教室を出た。


 男子と2人きりになったからといって、特に何もない。 


 じーーっ。


 背筋を伸ばし、窓の外を見るように待っているわたしだったが……。

 

 じーーーー……。


「………」


 視線をすごく感じる。

 チラッと見れば、男子がわたしのことをまだ凝視していた。


「えと、わたしの顔に何かついてますか……?」


 あまりにも見られるため、恐る恐る聞いた。


「あっ、ジロジロ見てごめんなっ。めちゃくちゃイケメンだなぁと思って」

「はぁ……?」


 男性護衛官ということで、髪はショート。男性用の制服を着用している。

 女の子にはイケメンと言われることは多々あったが、男子に言われたのは初めてだ。

 

「マジでイケメンだよなぁ。……はぁ、こんなマジもんのイケメンがこの世界にいるとは……。俺なんかモテないはずだよなぁ……」


 後半は独り言のようにぶつぶつ言っていたので聞き取れなかった。


「遠坂くん、めちゃくちゃモテてるんじゃない?」


 男子がそう言ってきた。


 わたしの緊張を解そうと微笑みかけたが、それがさらにわたしには逆効果だった。


 わたしがモテる……?


 わたしは自分をこうして偽って、やっと1人、2人と接することができるのに……。  


 そもそもわたしが自分を偽らないといけないのは、男子がわたしを外見だけで差別するから。 

   

「わたしは……モテたどころか友人もあまりいないですけど」

  

 つい強い口調になってしまった。 


 彼は何も関係ないのに。


 気づいたところでもう遅いだろう。

 正面にいる彼は目を丸くしていた。

 

『お前、女のクセに―――』


 きっと、あの男子たちのようにわたしのことを罵って―――


「ご、ごめん!」

「え……」


 身体が強張るわたしの耳に入ってきたのは……謝罪の言葉だった。


 男子が……謝った……?


「ほんと、俺が全面的に悪い! 事情も知らずにズカズカいってごめんなっ! 早く仲を深めようと焦ったわ……!」


 驚いて話すことすら忘れるわたしに、男子は再び謝罪の言葉を述べた。

    

「ほんとごめん‼︎」

「あ、あの……。そんなに謝らなくて、大丈夫なので……」


 わたしはやっと、声を発した。


「ありがとう。次からは気をつけるから……」


 それから気まずい雰囲気に。 


 でもそれは、数秒だけで。

 口を開いたのは男子……市瀬くんの方。


「えと、俺のことは郁人でいいから。同い年なんだしさっ」

「いや、でも……」


 男子のことを呼び捨てにするなんて……。


「ダメかな?」


 少し上目遣い気味の瞳を向けられ、妙に胸がざわついて断ることができない。


「わ、分かりました……」

「ありがとう! あと敬語もなしでいいかな?」

「えっ……。わ、分かったよ郁人」

「おう。よろしくな、留衣!」


 ニカッ、と歯を見せて笑った。


 わたしは初めて男子の笑顔を……。いや。わたしの前なんかで笑みを浮かべる男子は初めて見た。


「郁人は……わたしが怖くないの……?」

「怖いってなんだよ? まだ話したばっかりだろ?」

「そういうことじゃなくて……。わたしの容姿。男子よりも身長は高いし、体つきも少しいいし……」

「あー、確かに。身長は俺よりも高そうとは思ったけど」

「っ……」


 やっぱりそこに目がいく。


 高校生になってわたしの身長は170センチを超えた。豊満な胸はサラシでギリギリ盛り上がらないようにしている。


 郁人も心の中ではわたしのことなんて―――


「それの何がいけないんだ? 別に外見だけで留衣の全てが決まるわけじゃないだろ?」

「……」


 ……なんで。

 なんで君は……今までの男子とは違うの。


 わたしはそんなことを言ってくれる男子なんて知らない。

 わたしは男になんかに、そんなこと言われたことなんてない。


 ああ……わたしの方が、男子だからと決めつけて差別していたのか……。


 この人は、他の男子とは違う。

 特別なんだ。


「確かに人は、見た目が9割とか言われていたりするけどさ。結局、中身とか相性の問題だろ。まだちょっと話しただけだけど、俺は留衣とこれからも仲良くしていきたいって思ってるよ」


 そう言って、再び笑う郁人にわたしは正直、涙が漏れそうだった。

 が、ここで泣くとまた謝られそうだ。


 ぐっ、と拳に力を入れることで涙を堪える。


「だからまあ、改めてよろしくな留衣」

「うん。よろしく、郁人」


 わたしはこの時初めて、男子の前で笑みを浮かべた。




 それから入学当日。

 郁人がわたしことを男だと勘違いしていることがなんとなく伝わった。


 確かに先生からはわたしの性別は明かされてない。

 それは一番身近にいる存在が女子ではなく、男性護衛官ということを認識させるためだから。 


 でも郁人なら。わたしが本当は女子と分かっても、変わらず接してくれる。

 わたしが実は、高身長で巨乳な女の子だと。

 わたしの本当の姿に気がついても変わらず接してくれる。







「って、思っていたんだけどねえ……」


 まさかこれほど気づいてもらえないとは。

 今でも郁人はわたしのことを男だと思っている。

 

「思えば、君には随分と振り回されたね」

 

 わたしは回想を終えて、まだ眠る郁人に視線を向ける。


 女子にモテたいとか言い出して、自分から積極的に女子に話しかけに行くし。

 危機感がないのか、1人で外出しようとするし。 

 極め付けは、誰にでも笑みを浮かべて優しくするものだから、一部女子の間ではビッチ説が流れるし……。  


 多分、学校内の男性護衛官の中で一番色々と動いているのはわたし。

 でも……一番楽しく男性護衛官ができているのはわたし。

 

「君といると退屈しないよ」


 いい夢を見ているのか、郁人が頬を緩める。


 そんな郁人を見ているわたしの頬も、緩んでいるのだろう。


 コロコロ変わる表情と、優しい性格。一緒にいて落ち着く。

 そんな郁人の人柄に惹かれた。

 男子の人柄が好きになるとは思ってもいなかった。

 そして今は、郁人の全部が。何もかもが好き。……大好き。


 キーンコーンカーンコーン

 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。

 

「んぁ……?」


 同時に郁人の目も覚めたようだ。

 まだ眠そうな目で周囲をキョロキョロしている。可愛い……。


「ふふ。おはよう郁人。よく眠っていたみたいだね」

「おはよう……。ふぁぁ〜。いつの間に寝てたわ……」


 ぐー、っと腕を伸ばす郁人。


「……ノートとか何も書いてないわ。留衣、よかったら見せてくれないか?」

「あ、あー……」


 わたしはチラッと自分のノートを見る。

 郁人を見るのに夢中で、ノートはほぼ白紙に近い。


「留衣?」

「わたしも少し寝てしまってね。ちゃんとノートを取れてないんだ」

「そうなのか。やっぱりお昼ご飯食べた後は眠くなるよなぁ。わかるぜ〜」

 

 郁人はわたしを責めることなく、ふにゃっとした笑みを見せた。

 普通の男子ならあり得ないのに。

 でもわたしは郁人の優しさを存分に受けるよ。独り占めしてでも。


「よし、じゃあ眠気覚ましに飲み物でも買おうかな。コーヒー牛乳奢るからさ、留衣もついてきてよ」


 郁人が行動すれば、護衛官であるわたしもついて行かないといけない。それが義務であり、当然のこと。


「郁人が飲み物を奢ってくれるならついていかないとね」


 でも郁人は他の男子とは違う。

 彼は特別。 


 ―――ところで、郁人。


『郁人にはわたしがいるからいいじゃないか」

『……そうだな』


『ねぇ、郁人。わたしの今の姿、どう思ってるの?』

『え? ああ……可愛いけど?』

『本当?』

『本当、だけど……?』

 

 わたし、女の子だよ。

 君が求めてやまない女の子。

 でも他の女とわたしは違う。

 男なら誰でもいいわけじゃない。

 郁人だけが好き。

 君のためならなんだってできる女の子。

 それがわたし。


「はい、コーヒー牛乳」

「ありがとう、郁人」


 受け取ったコーヒー牛乳。早速ストローを刺して飲む。


「うん、美味しいよ」

「なんか美味そうだな。俺も飲んでいい?」

「いいよ」

「やったっ。じゃあ俺のサイダーと交換だな」


 交換。

 わたしの手元には郁人が先に口付けしたペットボトルがある。

 口をつけて飲めば、しゅわりとした炭酸が喉を通り、次に甘さが口に広がる。


「ちゅぱっ……。ん、美味しいね」


 わざとらしく音を立てて口を離すも、郁人は気づかない。

 別にわたしから実は女の子だと明かしてもいいけど、玖乃ちゃんが怒るからなぁ。


 だから……早く気づいて。

 めちゃくちゃに襲って。

 わたしの身体も早く、貴方色に染めて……♡


「ん? 留衣どうした?」

「ううん。なんでもないよ」


 今は……ね……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る