side留衣ー1

「すぅ……すー……」


 隣の席の郁人から小さく寝息が漏れ出す。

 

 地理の授業。  

 一方的に話す先生の声で、その寝息はかき消されて聞こえていないだろう。


 ―――隣の席のわたし以外は。


「全く……。郁人は相変わらず、危機感がないなぁ」


 お弁当を食べてお腹いっぱいになったから眠くなった。というところだろう。


 女子がたくさんいる教室という場所で眠ることができるなんて郁人ぐらいだ。


 他の男子は、隙なんか見せたら喰われるとばがりに、授業中はずっと気を張った状態なのに。

 もしくは、保健室で一休みしている。

 

「でもこうして郁人の寝顔を見れるのなら、少しだけいいのかな」

 

 こくこく、と船をかきながら小さく開いた口から寝息が漏れている。


 そんな可愛いらしい寝顔から目が離せず、先ほどからわたしのシャーペンは動いていない。


「ふふ」


 思わず、笑みが漏れ出す。


 郁人は本当に可愛くてかっこよくて、わたしだけの―――


 ちらっ……ちらちら。


「……」


 と、まあこのまま郁人を眺めているのもいいが……。


 わたしは一度視線を、先程から妙に視線を感じていた斜めらへんの席の子に移す。


「(にこっ)」

「……っ!」


 視線が合った子に微笑めば、彼女は慌てて前を向いた。


 寝息は聞こえなくとも、視線を動かせば寝ている姿が視界に入る。


 彼女も郁人が眠っていることに気づいてこっそり見ようとしていたみたいだけど……。


 うーん。ちょっとだけ見るなら許すかも。目の保養ってやつも大切だよね。


 でも、それ以上はダメかな。


 だって、学校での郁人は全部わたしのもの。 


 郁人が何故か女子に言い寄られない原因。そのうちの1人はわたしだ。


 女子にモテないと悲しむ郁人には申し訳ないが……。


 男なら誰でも良いという彼女たちに郁人を簡単に渡すわけにはいかない。


「昔は男子になんて微塵も興味がなかったんだけどね」


 郁人を眺めがらぼんやりと思い出す。



◆◆


 わたしは、自分のことが嫌いだった。


 大抵の男性よりも高い身長。豊満な胸。体つきも少し良い。 


 ―――男性が怯える、もしくは嫌いな要素しか入っていない容姿だ。


 遡れば、小学生の頃から。わたしはクラスの中で一番身長が高かった。それこそ、男子よりも高かった。 


 この世界の女性の多くは、数少ない男性を我先に手に入れようと、肉食的な行動をする人が多い。酷い時には犯罪まで犯す。

 

 男性からすれば女性はみんな、そんな感じという印象。女性に対して苦手意識がある人がほとんど。

 ただでさえ苦手なのに、高身長で少しだけ体つきの良いわたしは、男子からより怖がられるに決まっていた。


 だからわたしは、男子から嫌われた。


『うわぁ、でかっ。こわ……』

『アイツに近づいたらすぐに襲われるらしいぜ……』

『あの遠坂っていう女さぁ』

 

 視線を合わせるだけで話したこともない、関わったこともない男子から怯えられ、外見だけで判断される。


 そんな事をされるものだから、わたしはすぐに男子に苦手意識ができた。


 それだけなら良かったものの……男子から嫌われているわたしと、仲良くなろうとする女子なんていなかった。

 みんな、数少ない男子に好かれようと。いや、むしろ嫌われないためにもわたしを避けた。


 小学校時代のわたしは、孤独だった。



 中学に上がり、わたしはこのままではいけないと思った。

 まず、豊満に育ってしまった胸をサラシで押さえつけることにした。

 そして、どこかの雑誌で読んだ、女子ウケがいいらしい『イケメン女子』というものになるため、肩まであった髪をバッサリ切った。


 話し方だって、余裕のある大人のような口調に変えた。

 伸び続けてしまう身長はどうにもならないが、せめて女子とはコミュニケーションを取れるよう、できる事は全てやった。 

 そのおかげでもあってか、中学時代はイケメン女子というポジションから、友人もでき、少しはマシな学校生活を送れた。


 だが、わたしは心の奥底で自分のことがもっと嫌いになった。 


 わたしという人間は、自分を偽っていかないと他人と接してもらえない。

 ありのままのわたしは嫌われている。

 偽ることでしか仲良くなれない、わたしが嫌になる。

 自分自身がもう、嫌いになる。 

  

 それでも、わたしは自分を偽らないと生きていけない。




 高校受験を控えた頃。わたしは特に志望校もなく、そこそこいい高校に行けば良いかと考えていた時。


『遠坂さん。この高校受けてみたらどう? 遠坂さんの成績と運動神経ならだって狙えると思うの!』


 担任からそう勧められた。


 男性護衛官。

 男性が安心した学校生活を送れるよう護衛するボディーガード的な存在。

 受験としては推薦枠のような扱いになる。

 毎年倍率が100を軽く超えると聞き、女子なら誰もがなりたい存在らしい。


 中学の頃からそんな存在がいるとは知っていたが、わたしは興味がなかった。


 わたしの全てを否定する、男子の護衛などする気は起きなかったし、向こうもわたしなんかが護衛についたら怯えてすぐ解雇するに決まっている。


 だが、男性護衛官というものについて詳しく聞けば、学費の免除、一人暮らしの家賃及び光熱費全額負担など、補助がかなり充実していた。


 わたしが何より気になったのは、男性護衛官は基本、男性用の制服を着用し、ことが条件というところ。


 女子生徒の中で最も男子と距離が近くなるため、なるべく男子を怖がらせないためにも、外見にも気をつける必要があるとか。


 わたしが今しているイケメン女子の格好に近い。

 どうせ高校でも男性寄りの格好でいくのだ。それならいっそ、メリットの多い男性護衛官になれば良いのではないか。


 そんな気持ちで男性護衛官枠を受験し、合格した。


  

 そして入学式前日。

 男性護衛官枠で合格した女子生徒が学校に呼び出された。

 理由は、護衛を担当する男子との顔合わせ。


 入学式から男性護衛官としての任務は始まるのだ。


「まあわたしなんか、怖がるだろうな。別に嫌われてもわたしも深くは関わるつもりはないし……」


 指定された教室のドアを開けるまで、わたしは気が重かったが……。


 ―――ドアを開けた先で、運命的な出会いが待っていた。

 


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