第八話
「午前の授業終わった〜」
椅子にもたれかかり、ホッと一息。
昼休みになり、教室は賑やかになっていた。
賑やか……。
そう。俺以外の周りは賑やか。
「田中くん、私の手作りお弁当食べて!」
「高橋く〜ん。これぇ、5分で完売するっていうあそこの限定サンドイッチ〜。ついでにわたしも食べていいよぉ〜」
「皆さまどきましてよ! お2人とも! わたくし専属のシェフがフレンチのコースをご用意いたしましたので、ぜひっ!!」
今日もクラスの貴重な男、田中と高橋の周りには女子が殺到していた。
みんな、売店や食堂に行く様子もなければ、机を合わせて食べ始める様子もない。
自分が持ってきた渾身の昼ご飯を田中と高橋にどうにかして受け取って貰おうと必死にアピールしている。
「ひっ、怖っ……」
「ち、ちちち近づかないでくれ!!」
一方、田中と高橋はというと、迫る女子たちに相変わらず怯えていた。
「はいはい、みんな下がって! 田中くんと高橋くんへの昼食はこちらで用意していますから」
「男性護衛官のブラックリストに載りたくなかったら、早く戻ってー」
田中と高橋の前に守るように立つ、彼らの護衛官。
今日も今日とて険しい顔と圧で周りを牽制している。
この一連の流れももう見慣れた光景だなぁ。
さて、俺の周りはどうなっているか見てみようか。
「………」
シーン
俺の周りには誰もいない机と椅子があるだけ。
今日のお昼も何故か俺だけ女子に言い寄られないのであった。
「くっ! なんでお昼も俺は女子に言い寄られないんだっ」
毎度のことながらも毎度、悔しい。
俺も美少女が持ってきてくれた手作り弁当やわざわざ買ってきてくれたサンドイッチ。たまには高級なフレンチとか食べてみたいよ!
「郁人、お待たせ」
ギリッ、と歯を噛み締める俺の元に、授業が終わってすぐに先生に呼ばれていた留衣が帰ってきた。
と、留衣が周りを見渡し……最後に俺を見た。
「今日も郁人のところには誰も来ていないね」
「くっっっ」
「まあまあ。そんなに歯を噛み締めないで。わたしがいるからいいだろう?」
「っ。ま、まあ……そうだな」
男性護衛官の任務の一部とはいえ、昼休みに一緒にご飯を食べてくれるのなんて、留衣くらいしかいないし。
「……ふふ。郁人はわたしがいないとダメだね。ふふふ……」
俺が机の横に掛けている保冷剤バックを取っている間に、留衣が何か呟いた気がしたが……まあいいか。
「はい、留衣。今日のお弁当だ」
「ありがとう。ふふ、今日も楽しみにしていたよ」
2つあった保冷剤バックのうち、緑色のデザインの方を留衣に渡す。
中身はもちろん、お弁当。
男の中でわざわざ手作り弁当を持ってくるなんて、この学校の中で俺くらいだろう。
ほとんどの男子は、男性護衛官にあらかじめ食べたいものを注文しているか、女子たちから貰うかのどっちかだから。
「週に3日もお弁当を貰って悪いね」
「今更だろ? それに俺としては毎日ちゃんと栄養のある昼飯を食べてもらいたいのだが?」
「毎日わたしの分まで作ってもらうのはさすがに大変だろうし、週に3日くらいがちょうどいいよ。それに、その日が来るのが待ちどうしいんだ」
留衣は保冷剤バックを大事そうに抱える。
週に3日は留衣の分まで一緒に作って持ってきている。
そうした理由は、留衣が俺の男性護衛官なって1ヶ月ぐらい経った頃。一緒に食べている留衣の昼飯のメニューが菓子パンやコンビニのお弁当ばかりだったので、「ついでに弁当を作ろうか?」と提案したのだ。
ちなみに我が家ではお弁当当番があり、俺、玖乃、母さんの3人で2日交代で作っている。
今日のお弁当は母さん特製だ。
美味いことがもう分かる。
「今日はどこで食べる?」
「そうだなぁ。天気がいいし、屋上とかどうだ?」
「いいね」
教室のドアの方へ向かう留衣の後を俺もついていっていたが……。
ふと、田中と高橋の方を見た。
賑わいは収まっており、男性護衛官の硬いガードを今日も破れなかった女子たちが落ち込んだ様子で各々の場所へ戻っていく。
でもみんな、男子と食べれなくても友達とわいわい楽しく食べるんだろうなぁ。
「郁人?」
留衣が振り向く。
「なぁ、留衣。留衣もたまには友達とかと昼ごはん食べてもいいんだぞ?」
ふと思ってしまった。
男性護衛官の任務とはいえ、毎日俺と食べるのは飽きるだろう。
それに留衣は俺と比べて、友達もファンもたくさんいる。
みんなだって、ハイスペックイケメンな留衣と食べたいだろうし。
俺がそう言えば、留衣が眉を寄せ。
「……また郁人はそんなことを言う。わたしに気を遣ってくれることはありがたいけど、わたしは君の男性護衛官なんだ。君を守るために離れるわけにはいかない。……それとも、郁人はわたしがいない間に他の女子に襲われたいと———」
「あーあー! そうじゃなくてっ!」
また怒られそうな雰囲気だったので留衣の言葉を強引に遮る。
「俺も一緒に食べればいいことだろ? 留衣たちの邪魔にならないようにしつつ、なるべく近くで食べるからさ。視界の中に入れば、留衣だって安心だろ?」
「それはそうだけど……」
留衣が顎に手を当て悩んでいる。
それにこれなら……自然と女の子たちと一緒にご飯を食べるというチャンスが巡ってくるかもしれないからな!
なんて、半分本音なことは口に出しては言わないけど。
「なぁ、ダメか?」
「………。ダメ」
「そんな!?」
まさかの却下。
今回はイケると思ったのに!
「なんでだ……?」
留衣にとってもいい案だと思ったのだが……。
「わたしが郁人と2人っきりで食べたいから」
「え?」
サラッとかっこいいことを言ったのが聞こえた。
いつもの留衣なら爽やかな笑みを浮かべているものの……。
「………。今は顔を見ないで」
留衣の頬は少し赤くなっていた。
「……ほら、屋上に行くよ」
思わずガン見していると、顔を逸らされた。そのまま、スタスタと早歩き。
……今、留衣の顔が少し赤かったよな?
照れた……? 照れた?
あのイケメンな留衣が?
俺と2人っきりでお昼を食べたいって言って照れた……?
「る、留衣〜〜! 留衣はほんといい奴だなぁ〜〜!」
それって、男性護衛官としてではなく、留衣個人が俺と一緒に弁当を食べたいって思ってくれているってことだよな!
照れている留衣の後ろを、俺は満面の笑みでついていく。
あとで留衣が好きなコーヒー牛乳奢ってあげよ!
◆◆
わたしが郁人に優しくする……いや。独占したい理由。
そんなの決まっている。
男性護衛官になったあの日から。
わたしは郁人のことが好きで好きで……堪らないのだから。
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