第三十二話

「……」


 えっと……今、留衣の口からという単語が聞こえた気がするのだが……?


 誘惑って……あの誘惑か? 男をこう、その気にさせるというか……。

 口説き文句に、スキンシップ多め。女の子からグイグイ来てくれるっていう、あの……。


 いや、でも貞操逆転世界なんだからまたちょっと違うのか……?


 前世も含め今まで女子からモテたこともないし、誘惑された経験もないから分からねぇ!


 とにかく、留衣の次の行動に注目する。


 俺の腕にはバスタオル越しでも柔からい感触。留衣の胸が押しつけられていたが……。


「郁人の手……大きいね。わたしの方が身長は少し高いのに、手は郁人の方が一回りくらい大きい……」

「ま、まあ。男だしな……」


 ゴツゴツした俺の手を。留衣の白く、スベスベな手が触る。


 ちょっとこそばゆいが……これが誘惑ってなら、まだまだ……。


「身体つきも……いいよね」

「ま、まあ鍛えているからな」


 留衣の視線に釣られ、俺も自分の腹筋を見る。

 一応、腹筋は割れている。

 ゴツイってわけではなく、程よく筋肉が付いている感じ。でも服の上からは割れているか分からないから、これが着痩せするってやつなのかな?


「鍛えてるのって、女の子にモテるため?」

「お、おう……」

「そっか」

「てか、女の子って筋肉とか好きなのか?」


 ちょっと気になっていた。

 以前、母さんや玖乃くのに聞いたことがあったが、どっちでもという言葉が返ってきたからなぁ。

 

「わたしは別に筋肉フェチってわけじゃないけど……」


 あれ? 俺別に身体鍛える必要なかった? 


 と思ったが、留衣が俺の全身を眺めるように視線を動かして……。


「うん、今の郁人の姿……凄くカッコいいからいいんじゃないかな。わたしは好き。というか、郁人の全部が好きだよ」

「っ」


 口説き文句とかではなく、多分留衣の本心なのだろう。

 目を細め、満足そうに笑っている。


「ふふ、照れてるの?」


 極め付けは、俺の腕にもっと胸を押し付けてきた。

 

 貞操逆転世界なのだのだから、肉食野獣のように最初からガツガツくるのかと思っていたが……。

 思ったよりは、大人しい。 

 大体、留衣の行動が大人しくても、それ以外がそもそもなのだ。


 お風呂という密閉空間に男女が2人きり。 


 垂れてきた髪を耳にかける仕草。

 キメ細やかな白くてスベスベの肌に、汗ばんだ首元……。

 密着しているため、女子特有のふわぁと甘ったるい匂いが鼻をくすぐる。


 そして、お湯に入ったことによりバスタオルの拘束が緩んだのか、豊満な胸がちょっとずつ見え始めている。


 留衣のことや自分の気持ちを知るためにも。引いたり、遠慮しないと決めてきたつもりだが……。


 気を抜けば、色々とヤバいな……。


「ふぅぅ……」

「?」

 

 一回。大きく息を吐く。

 落ち着けよ、俺……。今は林間学校の真っ最中だからなぁ……。


「郁人? もしかして、わたしの誘惑効いてない?」

「いや、もうかなりダメージ受けているけど? もうちょっとで瀕死だけど?」

「瀕死されたら困るんだけど……。どうやったら回復する?」

「わざと言ってます……?」

「ふふ。なんだがコツを掴めた気がするよ」


 コツなんか掴めまれたら、困るんですけど⁉︎


 でもまあ留衣も慣れてないみたいだし、誘惑とやらは今回は耐えれそ――――


「ねぇ郁人」

「な、なんだ?」

「わたしの身体って……どう?」


 少しだけ潤んだ瞳。お湯で浸かったからなのか、それ以外なのか……熱った息遣いに上気した頬。

 そして……色々と想像してしまいそうな、そんな甘い言葉……。


 どうやら俺は、女の子と一緒にお風呂に入るということを甘くみていたようだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る