第三十一話

「……身体とか、洗ってきたよ。じゃあちょっと隣に失礼するね……」

「お、おう」


 先に湯に浸かっている俺の隣。少し距離を取った隣に留衣が入ってくる。


 ざぶんと波が立ち、あと数人は楽に入れそうな広い浴槽の縁からお湯が溢れた。 


「はぁぁ……」


 お湯に浸かれば、自然とそんなため息のようなものが出てしまうもので……。


 留衣が気持ち良さそうに肩までお湯に浸かっているのをチラッと、横目に見る。  

 そして、ついつい視線がいってしまう胸の部分には……バスタオルが巻かれていた。


 本来、お湯に入る時にはバスタオルは外すべきなのだが……俺たち以外に誰もいないし、聞けば男湯はほぼ利用されないみたいだ。

 だからお互い着用したままで入っている。

 それに、目のやり場に困るからなぁ。


「……あはは。まさか郁人が一緒にお風呂に入るって言ってくるとは思っていなかったよ……」


 留衣が笑みを浮かべ言う。

 でもいつもよりも……ちょっと余裕がなさそうに見える。

 さすがの留衣も俺と2人っきりでお風呂は緊張しているらしい。


 まあ俺はというと、笑みなんて浮かべでいる余裕すらないけどな……。


「付き合ってくれてありがとうな」

「かなり驚いたけどね。……背中とか、わたし、流さなくても良かった?」

「いや、まあ……それは……うん、大丈夫だ……!」


 あくまで一緒にお風呂に入るってだけ。

 この林間学校では、それだけにしないと色々危ない気がするからな!

 それに、鹿屋さんを待たせるのも悪いし……。


 一緒にお風呂に入っていることをますます意識し出したら余計に緊張してきた。


「その、留衣。今日は一日護衛ありがとうな」


 まずは何気ない会話から始めてみる。

 後から鹿屋さんにもお礼を言わないとな。


「まだ一日は終わってないよ。自由時間が一番警戒しないといけないからね」

「お、おう……そうだな……」


 留衣は男性護衛官としてまだ気が抜けないよなぁ。

 俺もできるだけ迷惑かけないようにしないと。


「郁人は自由時間に何をするか決めたの?」

「そうだなぁ。班の女子たちとトランプゲームでもしたいなとは思ってる。あっ、班の子以外にも人を呼べるなら呼びたいよなぁ」


 大勢でやった方が盛り上がるしな。

 

「……郁人は順調に女子と仲良くなっているみたいだね。改めて他の男子とは違うよね」

「まあ俺は俺だからな。ちなみに他の男子はどうなんだ?」

「他の男性護衛官の情報だと……普段よりは会話は交わすみたいだよ。午後は班で協力しての作業もあったし、必然的に言葉は交わさないといけないしね。まあ、喜んで会話してるのは郁人だけだけど」


 女子と話すの、普通に楽しいけどなぁ。

 男子からしたら、女子は怖いって念頭にあるから、まだ気楽には会話はできないって感じなのかなぁ。


「郁人は楽しそうに話すから、班の女子以外にも郁人と話したいって子はたくさんいるみたいだよ」

「本当か!」

「うん」 


 他にも俺と話したいと思ってくれる女子が……。それはめちゃくちゃ嬉しいな!


「……。ところで、郁人」

「ん?」

「どうしてわたしと一緒にお風呂に入ろうって思ったの?」


 留衣がじっ、と俺の瞳を覗くように聞いてきた。


『……。ふふ、なになに? それって、遠回しにわたしとお風呂に入りたいって言っているのかな?』


「……そうだなぁ。留衣のあの言葉。からかったつもりかもしれないが、俺としては別に否定することもないなと思ってさ」

「……そっかぁ。そうだよね。郁人は女の子にモテたいもんねぇ。わたしはその女の子だしねぇ……」


 どうやら留衣は、俺が女子なら誰でもいいから一緒にお風呂に入りたかったと思っているようだ。


 普段からモテたいとか、ハーレム作りたいとか言っているから勘違いするよな。 


 しかし今回からの俺は、留衣の告白に返事すべく、自らの気持ちを確かめるためにもちゃんと向き合うと――――


「けどさ、結局誘ったのは郁人からだよね?」

「まあ、そうだな」


 俺が一緒にお風呂に入りたいと誘った。

 というか、女子からは誘えないよな。留衣は男性護衛官だからなおさら……。


「ならさ……。えいっ」

「? うおっ」


 留衣が距離を一気に詰めてきた。

 肩と肩が軽くぶつかる以外にも……。

 

「……留衣? その、胸が当たってるんだが……」

「当ててるって言ったら……どうする?」

「っ⁉︎」


 驚く俺に、留衣はさらに肩を寄せて……。


「郁人から誘ったんだから……わたしがしてもいいよね?」


 さらにとんでもない爆弾を落としてきた。

      




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