第六話
「―――では早速本題に入りますが……。……。兄さんは何故あそこまで鈍感なのですか? 兄さんがあんなに鈍感だと、私の気が持ちません。いえ。理性の方がもう切れかかってます。他のメスどもに襲われる前に私が襲っとくというのも一つの対策で……ブツブツブツ……」
『うんうん。本題すっ飛ばして本音がダダ漏れだね、
ビデオ通話に切り替えて話す、玖乃と留衣。
早速1人の世界に入る玖乃を、留衣は慣れたことのように爽やかな笑顔で眺めていた。
2人は自室にいるということもあり、ラフな格好をしている。
それこそ——女性であることを象徴する、膨らみがある胸と艶やかな手足を曝け出している。
玖乃に至っては、わざわざ露出が多いものに着替えたのである。
「だいたい兄さんが誰にでも優しくするからいけないんです。軟弱でひ弱で女性だからといって誰でも差別する印象の男性とは違い、常に笑みを浮かべて私たちと対等に接してくれる……なんですか、あの極上のイケメンは。私が一つ屋根の下で暮らして耐性がついてなかったら、すぐさま襲って、兄さんは今頃学校なんて辞めて私たちの子供を育てるために専業主夫になってもらっていました。もうこの流れを何百回妄想し、実現しようとしたか……」
『うんうん。玖乃ちゃんー。そろそろわたしともお話してほしいなぁ?』
「………。はい」
留衣の呼びかけにようやく気づいた玖乃。
こほんっ、と咳をして落ち着いたところで、
「最近は特に、兄さんに危機感がないように思えます」
ようやく本題に入った。
2人の通話。話題はほとんど郁人のことである。
『わたしもそれは感じているよ。今日なんてポテチごときを買いに、1人で外出するくらいだからね』
「留衣さんから連絡をもらった時、私は護衛官として担当する男子生徒の下校に付き添っていましたが……任務を投げ出して兄さんの元へ行こうか迷いました。ええ、本当に迷いました」
『わたしが買い物している郁人の写真を毎分送りつけてなかったら、間違いなくこっちに来ていたよね』
留衣はスマホの画面を玖乃とのトーク画面に移す。
そこには、郁人がお菓子コーナーを眺めているところから、1分ごとに写真が送られていた。
「連絡と写真ありがとうございました。引き続き、学校や放課後のことは留衣さんにお任せします」
『うん、任せてもらうよ』
留衣はニコッと笑った後。顎に手を当て……。
『それにしても、郁人が鈍感で自分の価値に気づいていないのは、わたしたちが外堀を埋めるのが早すぎたからじゃないかな?』
「早いに越したことはないと思います。いつかやるべきことですから」
『まあ、そうだね』
「はい。……そういえば兄さんが以前、留衣さんに女の子を紹介してもらえるかもしれないと、家で上機嫌に言っていましたが……? 留衣さん?」
疑問を投げかけた玖乃の表情が真顔になる。
『てか前に留衣のファンの子たちに俺のこと、いい感じで紹介してくれって頼んだじゃんっ。あれどうなった!』
放課後。郁人から言われたことが頭をよぎる、留衣。
『ああ、あれかぁ……』
そんなこともあったな、と留衣は懐かしむように笑みを浮かべて。
『もちろん、ファンの子たちには話したよ。「郁人のことが気になるのはいいけど……。話しかけるなら、わたしから寝取るぐらいの気持ちできてね?」ってね』
「それは忠告ですね」
『そうかな? 郁人のことが気になるなら、それぐらいないとって思うけどね。ふふふ……』
「学校での護衛はやはり留衣さんに任せて良かったです」
玖乃は気の張った表情を少し緩める。
そんな玖乃を見て、留衣はまた口を開く。
『しかし、わたしたちがこうして外堀を埋めている一方で、郁人はあまりにも女の子にモテないから、相当落ち込んでいるようだよね。実は身近に好意を寄せる人物がいるというのに。ましてや、わたしたちが実は女だとは思っていない事態だ』
「私なんて話し方も声も、そろそろ女だと気づいてもらえるように少しずつ変えているのに……」
玖乃の一人称が最初はボクだったことを、郁人はもう忘れているだろう。
「兄さんは鈍感ですからね。そんなところも好きですけど……」
そんな玖乃の呟き。いつもなら留衣も納得したように首を縦に振るのだが……。
『でももういいんじゃないかな? わたしたちが女だと明かしても』
「……。と、言うと?」
外堀を埋めることに協力するほど慎重な留衣が、なんの根拠もなくそんなことをいうはずがない。
と、玖乃は次の言葉を待つ。
『ふふ。今日郁人に言われたんだ。「巨乳な留衣も可愛い」って』
「なっ⁉︎」
目を大きく見開く玖乃。驚いているというより……。
「……か、可愛い!? 私は一言も言われたことないのに……」
『まあ普段は男性護衛官として、男の容姿に寄せているからね』
「……留衣さんだけ抜け駆けです」
『あはは、そう言われても仕方ないかもね』
嬉しそうに微笑む留衣に玖乃は目を細め。
「……そういえば留衣さん。今日は間違えて女性の格好で兄さんと会ってしまった、とメッセージに書いてありましたが……。実は、わざとだったり——」
『あれは本当にたまたまだよ。郁人の元に向かうのが最優先だったから、サラシを巻き忘れてしまってね』
相変わらず笑みを浮かべる留衣を、玖乃は少し見てから……一旦は納得するように小さく息を吐いた。
「……そうですか。それで、女性だと明かす件ですが……そうですね。外堀も順調に埋めていっていますし、いい頃合いかもしれません」
『おっ、乗る気だね。早く郁人に可愛いって言われたいからかな?』
「………」
『無言で見つめられちゃうと照れちゃうよ』
むすっとした表情の玖乃のことを慣れたようにサラッと流す、留衣。
『あの子たちにも、伝えた方がいいよね』
「そうですね。抜け駆けでもしたら怒られそうですから。彼女たちの協力もあって、たとえ兄さんが1人になろうと変なメスが寄ってこないまでになりましたからね」
『そうだね。ふふ。みんなの郁人への愛は凄いね』
ここで会話が一旦終わる。
通話が始まってすでに1時間以上が経っている。
「それにしても……」
玖乃は視線を……留衣の胸へと向けた。
ばるん、ばるん。
画面越しなのにそんな音が聞こえそうなほど存在感を放つのは―――留衣の巨乳。
衣服を簡単に盛り上げるほどの巨乳だ。
「……」
一方、玖乃というと着ているTシャツに盛り上がりは見られないどころか……ストンと、真っ直ぐである。
「兄さんは巨乳な女性が好みなのですか……。男の人は小さい方が好みと聞いていますけど……」
『ふふ、それは本人にちゃんと聞かないと分からないよね』
「ふぁぁ〜〜。眠ぅ……。今日はもう寝るか……」
今日も何も知らないまま、郁人は眠りにつくのであった。
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