第五話

「兄さん……どういうことですか?」

「いやぁ、そのぉ……」


 帰宅後。 

 俺は自ら進んで正座していた。


 留衣のやつ、なにも家族に知らせなくてもいいじゃないか! 

 男性護衛官としては適切な判断だけどさ!


「兄さん……どういうこと……?」


 俺の前で全く笑みを見せず、真顔で黒いオーラを出している人物。


 市瀬玖乃くの

 俺の従兄弟である。

 ボブカットの黒髪に、切れ長の目。薄い輪郭。ほっそりした体型。

 中性的な声にクールな表情。 


 留衣とはまた違ったイケメン。イケメンというか美少年に近い。

 

「にい、さん……?」

 

 あっ、そろそろ何か喋らないと俺の身が色々と危ない。


「えと、留衣からの……メールの通りでございます」

「……」

「はい、自分の口で言えってことですよね! 今日の放課後、俺は1人でスーパーにポテチを買いに行きました!」


 背筋をピンと伸ばし、この際ハッキリ告げる。


 しかし、玖乃の表情は和らぐどころか余計、眉間にシワが寄った。


「……何故、1人で外出するのですか? 毎回外の女は危ないって言ってますよね? 兄さんのように無自覚ですぐ優しさを振り撒く男性は、一目合っただけでパコパコ襲われてしまうんですよ?」


 玖乃はそう言うが、俺はそんなことは一度もなかった。

 って言うと、また機嫌が悪くなるので小さく頷いておくだけにする。


 玖乃くのは現在、中学3年生。

 その中学校では、男性護衛官を務めている。 


 男性護衛官とあって、女子に対する警戒心が人一倍あることもあり、俺に対してもこうして過保護なのだろう。


「……」


 にしても、雰囲気と瞳が怖い……!

 

「……兄さん。本当に分かってますか?」

「玖乃がめちゃくちゃ心配してくれているのは伝わったよ。でも……」

「で・も?」


 『何か不満でも?』というような口調と細めた瞳。


「これはまだ……いえ。全く伝わっていないようですね……」


 玖乃がジリジリ近づいてきた。

 正座をしている俺は、後ろに身体を傾けることしかできない。


 玖乃が俺の顔に……。


 え、ちょっ―――


「2人とも」


 俺たちの行動を止めるような、ソプラノの綺麗が声が入ってきた。


「仲良しなのはいいけど、そろそろご飯にするから手伝って」

「………。はぁい」


 キッチンからずっと見ていた母さんが声を掛ければ、玖乃はムスッとした表情ながらも手伝いに行った。


「今のどこ見て、仲良しだと」


 俺も母さんのところへ行き、出来上がった料理を受け取る。


「あら、仲悪いの?」

「いや、仲良いけど……」

「なら合ってるじゃない。家族なんだからこれからも仲良くしなさいよ」

「もちろん」


 今日はアレだが、いつもは仲が良い。


 玖乃は従兄弟だが、俺は本当の弟のように思っている。

 そして何より男同士だ。

 お互いに、いい人が見つかるまでは一番の仲良しぐらいの関係でいたいよなー。


「ハンバーグ持っていったら自分の好きな量のご飯をよそいなさい」

「はい」

「今日はハンバーグだし、俺はご飯大盛り〜」

 

 俺と玖乃は茶碗を持ち、いそいそと炊飯器の前に。

 母さんは先にテーブルに座り、後ろから微笑ましく見守っていた。


 貞操逆転世界の母親といえば、何かと甘やかし、それでいて超心配性なイメージがあるが……俺の母親は違う。

 俺が男だからということで優遇はせず、自分のことは自分でできるだけする。家事は手伝うなど、どちらかと言うと前世の母親に近い。 


 玖乃も同じ扱いである。

 だが、その方がいい。


 前世の記憶もあり、特別優遇されるのは慣れないし、何より好きではない。

 

 今のままがいい。

 母さんが、俺と玖乃を愛情持って育ててくれていることが伝わってくるから。


 ほんとに、この家族で良かったと思っている。 


 それから3人で手を合わせて食べ始める。

 今日も母さんの料理は絶品だ。


「兄さん。私、来年は兄さんと同じ高校を受験しますからね」

「おう、待ってるぜ!」

「はい。絶対同じ高校に行きますから。受かったら後輩となりますから、兄さんもしっかりしてくださいね」

「お、おう……」


 しっかりかぁ。

 授業は割と真面目に……。5限目とかはちょっと眠くなって記憶がないことが多いけど、ちゃんとサボらず受けている。


 女子には話しかけられないものの、優しい男と思ってもらえるよう、振る舞っている。


 だから、玖乃が入学してきても俺のせいで玖乃の評価が下がることは……。


 ……あれ? 玖乃が入学してきたら、俺、ますます女子にモテなくなるんじゃねぇ?

 

 チラッ。

 俺は無言で玖乃を見る。


 肌は白くて、美形な顔立ち。男性護衛官という、ハイスペック持ち……。


 俺なんか霞むどころか、逆に玖乃を紹介してください、と言われる存在にになりそう。


「兄さん?」

「いや、なんでもないぞ! ハハハ! 今日のご飯も美味しいなぁ〜〜」


 白米をかき込み、空になったので炊飯器の元へ。


 玖乃が。弟がモテモテなのは、兄として誇らしいことじゃないか……! 

 だから決して、嫉妬とかしないぞ!


 お兄ちゃん。毎晩枕や顔を埋めて泣いたりしないからな!



◇◇


玖乃くの。お風呂溜めてるぞー」


 今日の風呂掃除当番であった俺。終わったので、リビングのソファに腰掛けている玖乃くのに声を掛けた。


「ありがとうございます、兄さん。でも私、今から少し留衣さんと通話してくるので先にどうぞ」

「そうか? なら遠慮なく一番風呂をもらうよ」

「そうしてください」


 俺と入れ違いに、玖乃がリビングから出て行った。


「仲良いよな、あの2人」


 週に一度は必ず、留衣と通話をしている。

 男性護衛官同士、何か話し合うことでもあるのだろうか?


「郁人はそろそろ……少しくらいは気づきなさいよね」

「え? 何を?」


 テーブルでノートパソコンを開いて作業をしていた母さん。

 俺が分からず首を傾げたところ、何故か呆れられた。


「はぁ……。まあ気づかない方が幸せな所もあるけど。……郁人、とにかく頑張りなさい。お母さんは応援してるから」

「ありがとう?」


 なんか応援されたんだが?



◆◆


「留衣さんお久しぶりですね」

『こんばんは、玖乃くん。久しぶりと言っても2日前にも通話したけどね。今は2人っきりだから―――玖乃、って呼んだ方がいいかな?』

「どちらでもどうぞ」

『相変わらず、クールだね』


 一方その頃。

 留衣と玖乃の方では、通話とやらが始まっていた―――

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