第四話

「ありがとうございましたー」


 店員さんから精算を終えた商品を受け取り、持ってきたエコバッグに入れる。


「……」


 うん……わかるか諸君? 

 そう。俺はもう買い物を済ませたのだ。 

 女性に全っっっっっったく声を掛けられずに!!


 …………。


 だからなんで俺だけ女性に話しかけられないんだよおぉぉぉぉぉぉぉぉ!


 近くにあったのがコンビニではなくスーパーだったので、少しは話しかけられるかもしれないと……き、期待してたよっ?

 店に入った時は、男だからと視線は集められたものの……俺が近くを通れば、あからさまに離れて行く人ばかり。目が合ってニコッと笑った時にはもうみんなどこかに行っている。


 それからは早かった。


 お菓子コーナーに行ってお目当てのポテチを買い、ついでに飲み物を買ってそのままレジへ。


 で、今に至る。

 ただ普通に買い物をしただけである。


 いや、こうして普通に買い物できることが世の男ににとってはありがたいことだと思うけどさぁ。


 それにしてもおかしくない? 

 なんで俺だけ話しかけたり、騒ぎになったり、顔を赤く染められないの? 

 ここは本当に貞操逆転世界なの⁉︎


 なんて、心の中で嘆いても虚しいばかり。


「…………」


 エコバッグを持ち、無言で軽く店内を見渡してみる。


 店内は女性しかいない。


 貞操逆転世界の女性は、貴重な男性を手に入れようとするため、身だしなみや外見に気を遣っている人が多く、綺麗な人が多い。

 俺のクラスメイトもみんな美少女である。


 ていうか、全員美人すぎるだろ! 今のところ、俺が見た中で可愛くないとか、美人じゃないとか、そういう人じゃない人には会っていない。


 だから女性に話しかけられたり、ナンパされたりするのは、むしろ俺としてはウハウハなのだが……。


「ねぇ、あの子って……」

「ええ。よね……」


 女性たちは俺の存在には気づくも、話しかけるどころか、離れていく。

 逆に、俺だからそうしている気もしてきた。


「はぁ……ここまでくると普通に落ち込むよなぁ……」


 俺っていつからこんな状態だっけ?


 幼い頃……それこそ小学生くらいまでは、女子と普通に接していたよな。

 あれが俺の最初で最後のモテ期だったのかなぁ。



◇◇


「君は何をしているのかな、郁人?」

「え、留衣⁉︎」


 店を出ると待ち構えていたように私服姿の留衣がいた。

 腕を組み、何やら呆れた様子だ。


「なんで留衣がここに……あっ。もしかして……?」


 留衣がスマホを見せてきた。


 男性護衛官は、護衛する男子のスマホにGPSを付けることが許されているので、いつでも位置が分かるのだ。

 さらに、男が自宅から出る時にはブザーのようなものが鳴るとか……。


「もしかしなくても、俺が1人で外に出たから?」

「そうだね。それで、1人で出かけるとはどういうことだ?」


 留衣の目が細くなり、口元は微かに笑っている。

 うん、怒ってますよね……。


「い、いやぁ……ポテチのストックが切れてたので……買いに来た」

「ポテチごときで郁人は痴女の群れに飛び入るのか? ビッチだったの郁人は?」

「ビッチじゃないわ! むしろ俺だけ女性に話しかけられない、ボッチだよ!」

「それはいつものことじゃないか」

「そ、そうだけどさぁ」

「とにかく」


 留衣が強めの口調で区切った。


「なんのために、わたしが登校から下校まで護衛していると思っているんだい? 郁人を男に飢えた女たちから守るためだよね? 郁人にそこまで危機感がないと……こっちもそれ相応の処置をしないといけないんだよ?」

「は、はい……」

  

 怒られるのも無理はないし、これについては俺が悪い。

 俺にもしも何かあったら、男性護衛官の留衣が責任を取らされるもんな。


「反省してる?」

「は、はい……」

「まだまだね」

「ええ⁉︎」

「ふふ。ねぇ、許して欲しい?」


 留衣が俺の顔を覗き込む。

 美形の顔が近づきてきて、ちょっとドキッとしてしまう。


「許して欲しい……です」


 留衣の様子を伺いながらそう言う。


「っ……。じ、じゃあその袋に入っている飲み物を一本もらってもいいかな? 喉が渇いてしまってね」

「ああ、いいけど……。オレンジジュースと強炭酸しかないぞ?」

「じゃあオレンジジュースで」


 俺はエコバッグからオレンジジュースのペットボトルを渡す。


 留衣はその場で開けて、


「うん。美味しいね。郁人がくれたからより美味しく感じるよ」


 爽やかな笑みを浮かべるイケメン。

 うん、いつもの留衣に戻ったようだ。


 良かった良かった……。


「ところで、留衣」

「うん?」


 留衣がペットボトルの蓋を締めるのを待ってから……俺は言った。


「留衣お前……どうした?」

「え?」


 キョトンとした顔になる留衣。

 

 留衣を見つけた時から俺は気になっていた。

 留衣の胸元に……があることに。

 

 スーパーにいた女性客よりもはるかに大きい。まるで巨乳が隠されているかのような部分に。


「あ、これは……」


 俺の視線に気付いたのか、留衣は胸元を手で隠す。


「留衣。お前まさか……」

「………っ」


 留衣が目を逸らし、口を紡ぐ。

 やはり……。


「俺に女の怖さを教えようと、わざわざ女装してきたのか? だが、俺には効かないぞ。誰にも話しかけられずに買い物を終えたことで、すでにダメージは喰らっているわけだしな。ぐはぁ……」

「……。はぁ」


 留衣からため息が漏れた気がしたが……。

 きっと俺が懲りないな、とか呆れているのだろう。


「郁人ってほんと抜けてるというか……鈍感バカだよね」

「バカとはなんだ! そうだが!」

「認めちゃうんだね」


 馬鹿正直で何が悪い! 

 俺は女の子にモテモテになってハーレムを作りたいのだ!


「多分そっちの馬鹿じゃないと思うけど……」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもない」


 プイッ、と留衣が俺に背中を向けた。

 同時にブルン、と胸の部分が揺れのが見れた。


「でも巨乳な留衣もいいな」

「え」


 と、思えばすぐさまこちらを振り返った。


 俺は再び、留衣を凝視する。


 胸があるだけで容姿が違ったように見える。


 銀髪のショートカットに、美形だがよく見ると可愛い系の顔立ち。


 サイズが少し大きめの制服のズボンと違い、サイズが合ったジーパンにより、やけに肉付きがよく見える太もも。

 そして、細いくびれとは対照的でぶるん、と存在感を表す巨乳。


 今の留衣は、ボーイッシュ美少女という印象だ。


「うん、可愛いぞ。これなら全然イケ……」


 って、何を口走っているんだ俺は! 

 女子に話しかけてもらえないからって、男である留衣に走るのは違うだろ!


「本当……?」

「え?」

「本当?」

 

 いつのまにか留衣が近づいてきていた。


 目がちょっと怖いのだが……。

 あと、もう少しで俺にその巨乳が当たりそうだ。

 でも当たったところで中身は詰め物だから……むしろ予行練習で触らしてもらうか?


「ねぇ、郁人。わたしの今の姿、どう思ってるの?」

「え? ああ……可愛いけど?」

「本当?」

「本当、だけど……?」


 やけに妙に食い気味に聞いてくるので……その圧に押され、疑問系になりながらも素直に答える。


「そっか……。ふーん、そっかぁ」

「留衣?」


 口元を何故か手で隠している。


「なんでもないよ。今日のところは郁人に何もなかったことだし、これで許そう」

「ありがとうございます!」


 良かった良かった。

 これで一件落着————


「あ。郁人が1人で出かけたこと、に一応報告しといたから」

「え………」


 待て。それは、まずいぞ……。

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