第7話 今、隣にいる私。

 『日本人の3人に1人は自殺を考えた事がある。コレは昔に比べ遥かに多い数字である。驚きを隠せない。』そんな、記事を読んだ。

 私はその記事を読んで驚いた。3人に1人しか、自殺を考えた事がない。少なすぎる。私は毎日、考え、未だ死ねないから生きている。皆、そうだと思っていた。当然そうだと思っていた。

 私が初めて自殺について考えたのは、忘れもしない小学校3年生の時だった。両親は、共働きで、おまけに隙を見つけては家事を子供に押し付けてどこかに遊びに行っていた。それがどこなのか、子供だった私は聞いた。たったそれだけの事で、血相を変えて怒鳴られた。だから、それ以来、聞く事はしなくなった。そして、親の部屋のシーツを取り替えている際、やたらとギャンブルに関する本を当時から見つけていた。後年になって気がつく、要は子供に黙ってギャンブルに勤しんでいたのだろう。

 その頃、学校では流行りのゲームカセットがあった。皆、それをしていて、それの話をし、自然とそのゲームカセットを持っていないと仲間外れにされた。私はそれを持っていなかった。だから、自然と仲間外れになった。行きたくもない習い事をし、その間にやりたくもない家事をやり、私生活に親が気に入らない事があれば叱責される日々。

 私も、あのゲームカセットが欲しかった。みんなが持っているから欲しかった。みんなと一緒にやりたかった。けれど、どんなに習い事をやろうが、家事をやろうが、叱責されようが、それは叶わなかった。

 嫌なことしかない。苦しいことしかない。欲しいものしかないがそれは何一つ手に入らない。なんで、生きているのだろうか。なんで私は生きているのだろうか。なんで私だけ、報われないのか。自然と、涙が出てしまう。考えてみれば、この頃はまだ、泣けたのだ。大人になると、泣いてしまった方が確実に楽になると言うのに、泣き方がわからない。泣きたいのに、泣けない。だから、ずっと、感情の苦しみの火が燃え続けて、私を焼く。

 子供の私が泣き、独りで泣き、涙が枯れ、泣き止む。誰も、私が苦しくて泣いていた事なんてわからない。子供の頃の感覚だ、この苦しい日々が一生続くと思っていた。一生続くなら、断然短い方が良い。死んだら、終わる。死んだら楽になれるのではないのだろうか。どうやって、死のう。飛び降り、首吊り、コレくらいが頭に浮かぶ。死ねたら万歳。でも、もし死ねなかったら。死ねなかったら、どうなるのだろうか。親には、間違いなく怒られるだろう。怒られるのが怖い。だから、確実に死ねないなら、死ねない。

 そこから、毎日、死ぬことを考えた。目が覚めると、もう死にたい。けれど死ねないから死ねない。

 中学生になった時は、30歳になった時、人生が楽しくなかったら自殺しよう、そう自分と約束した。だから、それまでは、死にたいままの自分で生きようと。だって確実に死ねないから。

 高校生になった頃には、親がギャンブルに勤しんでいた事に気がつき、何もかもが今までの人生よりさらにバカバカしくなり、親を殺す方法について考え出した。

 親殺し。まず眠っている父を殺し、それから母を殺す。方法は包丁くらいしか思いつかない。それか放火か。どっちにしても眠っている時にやるしかない。でも、家事だと間違いなく警察が来る。そうなったら、私が殺した事なんてすぐバレる。包丁で殺したって、それは同じ。殺した後、出社しない両親の職場から連絡が来て、確認され、すぐに警察の出番だろう。

 そうなった後の私はどうなるのだろうか。少年院に入れられるのだろう。そうなったら、人生が詰む。先のない人生だ。自分を殺すことも、親を殺すこともできない。高校を卒業して、逃げることしか、私に手は無い。確実に死ねないから、死ねない。

 家を出て、一人暮らしをして、自由になった。嫌なことしかなかったけれど、今は偶には楽しい時間を見つけた。でも、死にたい。不意に死にたい自分が隣にいる。楽しい時にも死にたいし、認知のズレで人が怖い時だって死んでしまいたい。朝起きたらもう隣に死にたい私が傍にいる。けれど、夢の中には、いない。死にたい本能は、夢にない。では、この私は、なんなのだろう。

 死にたい私は、確実に死ねないから、死ねないまま、まだ生きている。あぁ、もうすぐ30歳だ。死にたい私はまだ私の側にいる。日によってその存在の濃淡は変わるけれど、それでもちゃんと側にいる。

 どうすれば、私は、救われるのだろう。何が私の救いなのだろう。答えは、まだわからない。もうすぐ約束の日が来る。その時、私は死ねるのだろうか。

 

 

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