第6話大人になった僕とアイス

「あー。」

 レジ袋を放り投げ、僕はシワのないベッドに声をあげて倒れ込む。動いていないはずなのに、視界は揺れ、目が回りそうになる。

「少し、飲み過ぎたかな。」

 でも、いいか。明日の朝には多少の後悔はあるだろうが、それでもやはり、いいか、と思う。

 転勤族の僕は、年に幾度も引っ越して、故郷と言っても差し支えない、現状最後の学生時代を過ごしたこの街に、年中近づいたり、離れたりをする。ここに、帰る家はもうないけれど、それでも。それでも僕は、この街に帰ってくる。

 今日は、めでたい日なのだ。僕のではないが、僕にとってもめでたい日。僕の学生時代の友人の一人が、結婚をして、子を成し、この地を去る日を目前にし、最後に女子に比べ限りなく少数だった同級生の男だけで集まろうと言う趣旨で、皆で集まったのだ。

 あぁ、僕はこの地を離れて、時折此処に帰っては来るものの、彼らに会うのは数年ぶりで。数年ぶりに会う彼らは、目元に皺が出来、その久しい刻を刻んでいた。きっと、僕もそうなのだろう。

 それでも彼等は、学生時代と何ら変わらず、酒を飲み、くだらない悪戯をし合い、学生時代の思い出を昨日の事のように語り、かつての思い人の話をし、また酒を飲む。子供の様なくだらない悪戯が懐かしくて、何度も聞いた学生時代の話が懐かしくて、忘れられない思い人の話が懐かしくて、酒が進んだ。

 こんな変わらない様子で、果たして彼等は、社会に適応出来ているのか、子を育てる父に成れるのか、心配になるが、社会に戻れば彼等は、風来坊の僕と違って長い肩書きのある立場。あぁ、不思議でしょうがない。アイツらが、アイツらが。笑ってしまうし、笑えてしまう。

 手を伸ばし、レジ袋からペットボトルを取り出そうとする。

 指に触る、冷たい感覚。あぁ、アイス、か。

 寒い冬だというのにも関わらず、学生時代の暑い夏、彼等と食べたアイスをコンビニで見かけ、買っていたのだ。

 ガサガサと外装を剥ぎ、口に咥える。

「つめひゃい。」

 けれど、柔らかい。少し、溶けたのだろう。

 それも、良い。熱で溶けたアイスと、酒で溶けた僕の脳。きっと、同じくらいの固さだろう。

 アイスを食べ終わる頃には、柔らかかった意識の方も、尚増して柔らかくなり。

 幸せな今日の日を思い、幸せだった過去を思い、彼等の幸せを願い、落ちていく意識。

「また、あした。」

 大人になって、彼等にもう言えない言葉を遺して、見送る、今日の、懐かしい日。

 おめでとう。また、いつか。

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