第3話スパゲッティの作り方

 ふと、目が覚める。

 どの位、意識から手を離していたのかを胡乱な頭で考えながら、周囲を見渡す。

 薄暗い天井とベット、それに和服の様なパジャマ。部屋には引き出し付きの台に乗ったテレビ、冷蔵庫、棚、そんな、シンプルな、けれど知らないワンルームの部屋。

 此処は、何処だろう・・・。

 そんな疑問が浮かぶも、尿意で覚醒した事を思い出し、ベットを離れる。

 寝起きだからか、少しよろけつつ、トイレのありそうな、部屋の一角に入る。なんと、部屋にはシャワーも付いているらしい。ちょっとしたホテルの様だ。

 排泄を済ませた頃、部屋に走って女が入ってくる。

 小声でボソボソと、何かを言っている。小声すぎて聞こえない。幸い、女はジェスチャーをしていてくれ、まだ寝る様に言っている様だ。

 確かに、まだ眠いし、従おう。言われるがままに、床に着く。

 きっと、この見慣れない部屋は、見慣れない世界は、夢なのだ。

 再び手を離した意識は、速やかに眠りに落ちていった。

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 気が着くと、自宅にいた。柔らかい日差しの中、縁側で座り、日を浴びる。遠くで笛を強く吹く様な高い音がする。何の音だろうか。ぼんやりと思うも、陽光の暖かさに身を晒す方が心地よく、音を確かめにいく事もしない。

 大方、近所の子供が笛の練習でもしているのだろう。

 昼間に、子供の、笛の音。

 きっと、今日は休日なのだろう、と、庭の隅の木が紅葉している様を眺める。

「あなた、お茶が入りましたよ。」

 妻の声がして、横に一つの急須と一つの湯飲みが置かれる。

「あぁ、ありがとう。」

 湯飲みを手に取り、茶を啜る。

 熱く、濃く、苦く。

 私の大好きな妻の入れる緑茶だ。

「美味しいよ、ありがとう。」

「いえいえ。どういたしまして。」

 妻が、立ったまま笑う。

「お前も一緒に、どうだ?」

「えぇ、では。」

 嬉しそうに、妻が自分の湯飲みを取りに行く。

「お久しぶりですね、二人でこうやって、お茶を飲むのも。」

 程なく、そう言って、縁側に腰をかける妻。

「久しぶり・・・、なのかなぁ・・・。」

 そこから、暫く、茶を飲みながら、取り止めのない話をする。

 どれ位、時間が経ったのか。尿意を覚えて、私は立ち上がる。

 お茶を数杯飲んだのだ、仕方ない。

 トイレを求め、慣れた家を歩くも、トイレがない。

 廊下が、長い。永い程、長い。

 けれど、かまっている場合では無い。

 私は、長い廊下を、トイレを求めて、全力で駆ける。

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 目が、覚める。

 明るい部屋。

 台に乗ったテレビと、小さな冷蔵庫と、衣類の入った棚のある、自宅じゃない、ワンルームの部屋。

 何故、私は、自宅にいない。何故、何故、何故。

 いつ此処に来たのかも分からない。

 あぁ、尿意を、覚える。

 そうだ、私はトイレを探していたんだ。それだけは、繋がっている。

 トイレに行こうと、立ち上がる。

 けれど、立ち上がれない。何だ。胴部に、見た事も無い、帯が。ベットに繋がっているのか、私の動きを阻害する。

 中央にボタンの様なものがついているが、どんなに引っ張っても外れない。

 このままでは、失禁してしまう。

「おーい‼︎おーい‼︎誰かー‼︎」

 大声を出す。何なのだ、この状況は。悪い夢なら早く覚めてもらいたい。

 叫んでいると、走って男が部屋に入ってくる。

「どうなさいました、少西さん。」

「俺何で此処に繋がれてんだ‼︎外してくれ‼︎」

 あぁ、と、男は笑っている。

「トイレ行くんだ、外してくれ‼︎」

 もう一度、男に言う。

 すると、男は私の側にしゃがんで、困った様に笑って言う。

「ごめんねぇ、外したいんだけど、外せないんだ。」

 ごめん、じゃねぇ。トイレに行きたいんだ、俺は。

 何なのだ、こいつは。と、言うか、こいつが私を此処に縛りつけやがったのか。

 ふざけんじゃねぇ。

「外せって言ってんだろうが‼︎」

 尿意も限界だ。鍵を掛けた以上、こいつなら鍵を持っているだろう。解放しないなら奪うしかない。

 私は男に殴りかかる。けれど、胴体がベットに繋がれていたこともあり、男に拳は当たらない。

 男は慌てて、部屋を出ていく。

 逃げられちまった。畜生。

 そう思った矢先、男が帰ってくる。何人も何人も、男と女を連れて。

 私を囲った男と女は、私を押さえ付け、手と足を同じ様にベットに縛り付ける。

 何なのだ、一体。何なのだ。

 理解が追いつかない。

 そして、腕に走る痛み。何だ、何かを刺された?

 男の手には注射器。

 わかった。此処は研究施設で、きっと、私の事を、何かの研究に使っているんだ。

 しかし、わかったところで、磔にされた私に出来ることは叫ぶ以外に何も無く。

 やがて、叫び疲れて、意識が遠のいていくのだった。

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「・・・ですよー。」

 何か、聞こえる。

「ご飯ですよー。」

 ご飯。ご飯、か。

「起きてください。」

 妻だろうか。ご飯ができたのか。

 眠っていた意識が帰ってくる。だから、目を、覚ます。

「起きましたね。ご飯です。」

 私の顔を覗き込んだ、白い服の男が言う。妻じゃ、ない。

 誰だ、こいつは。

 よく見えないので、眼を擦ろうとする。しかし、手が上に上がらない。

 そうだ、縛られていたんだ。私は。

「はい、食べてねー。」

 目の前に、ドロドロの物体の乗ったスプーンが突きつけられる。

 何故私が、縛られて、得体の知れない物体を喰わなきゃいけないのか。冗談じゃない。

「要らん。」

「えー、何でですか?」

 男が首を傾げる。そこから、あれやこれやと言って、何とか食べさせようとしてくる。

 わかった。これは恐らく何かの実験なのだ。ドッキリか、そうでなければよく創作の類にある怪しい組織のヤツだろう。

 誰が、思い通りにしてやるか。手足を縛られた私に出来る精一杯の抵抗はこれしかない。

 暫く無視をしていると、男が去り、代わりに白い服の若い女が同様にご飯と呼ぶ物体をスプーンに乗せて突きつけてくる。

 色仕掛けなんぞに誰が乗るもんか。

 変わらず無視をしていると、若い女はスプーンとその先の食器類を持ってため息をひとつつき、去っていく。

 どうだ、まいったか。

 しかし、そう思ったのも束の間、先程の女と男が、棒と、それにくっついた怪しげな機械類を持って、やってくる。

「少西さん、ご飯食べないから、点滴が出ました。」

 男が告げる。

 は⁉︎点滴⁉︎

 よく見ると、機械の上に、茶色い袋に入ったパックがぶら下げられている。

 謎の物体を食べないから点滴するって、一体どう言う理屈なのか。

「はい、じゃぁ針さすよー。」

 混乱する私をよそに、男が言い、女が針を突きつけてくる。

「ば、ばか、やめろって‼︎」

 しかし、止めてはもらえず、抵抗も許されていない私はあっさりと腕に痛みが走る。

「何のつもりだ‼︎実験か⁉︎そんなことするくらいなら殺してくれ⁉︎」

 そう叫ぶと、二人が嗤う。

「殺しませんよ。私たちが捕まっちゃいますから。」

 こんな事をしておいて、今更何を。

「警察、警察呼べ‼︎」

「はいはい、静かにしてねー。」

 私に怪しげなものを繋ぎ、男女が去っていく。

 一体何がどうなっているのか。

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 次に、目を覚ましたときには、手も足も縛られてはいなかった。しかし、胴だけは謎の帯がついたまま。

 手も、謎の液体のチューブが繋がれたまま。

 周囲に人はおらず、相変わらず私とベットとテレビと冷蔵庫だけ。

 チャンスか。

 私は、手についたチューブを毟り取る。痛みが走り、血が吹き出るが、仕方ない。

何とか座り、謎の帯を取る方法を模索する。

 しかし、取れない。すると、掛けられた布団から、謎の太いチューブが出ているのを発見する。また、何だ、怪しげな物をつけやがって。気持ち悪い、抜いてくれるわ、こんな物。

 力を入れて、引っ張る。しかし、なかなか抜けやしない。なので、今度は全力で引く。下半身に痛みと熱が走り、血が先ほどより多目に出るが、構うものか。

 後は、帯を外すだけ。しかしここで、タイミング悪く女が私の部屋を訪れる。

 私が起きた事に驚いたのか、女は慌てて出て行く。

 どうせ他の連中を呼びに行ったのだろう。畜生。

 案の定男を数人連れて、戻って来る。そして抵抗虚しく、私は手足を縛られ、また謎のチューブを接続される。

「一体俺が、何をしたって言うんだ‼︎」

 無機質なワンルームに、自分の声が、木霊する。

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 それから、目が覚めるたびに、俺は何とかこの巫山戯た状況からの脱出を試みた。しかし、一度もそれは実らずに終わった。

 謎の実験の影響か、日に日に体調が悪くなって来る。

 もう、脱出を試みる体力も残っていない。そんな状況になっても、実験は続き、鼻にまでチューブを通され、胸には謎の機械をつけられ、腕についてるチューブが増え、最後には口と鼻を覆う謎の緑色のプラスチックまで付けられてしまう。

 誰か、俺を、助けてくれ。

 俺が、何をしたって言うんだ。

 何でこんな訳の分からない実験に付き合わなければいけないのだ。

 声にもならない悲鳴を上げながら、涙が俺の頬を伝って行った。

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 今日は、22歳、大学卒業の期待の新人職員が入ったので、各部屋を訪れて、業務対象の紹介と説明をしていく。

 この仕事は、対象の名前と顔を一致させない事には、話にならない。

「はい、中里さん、ここが少西さんの部屋ね。」

 ベットに横たわった、75歳の男性、少西一郎さんを紹介する。

「少西さん、初めまして。中里と申します、よろしくお願いします。」

 新人の中里さんが、丁寧に自己紹介をするが、少西一郎さんは目を閉じて眠ったまま、返事をしない。いや、できないのだろう。

「ここに入院したときは元気だったんだけどね。よく暴れてたし。」

「はぁ。」

「でも、最近肺炎になっちゃって。多分誤嚥性だと思うんだけど。」

「すごい、チューブ多いですね。」

 寝たきりの少西さんを見て、中里さんは驚いて、言う。

「えぇ、バルンカテーテルに、心電図モニター、自動血圧計、点滴ルートね。そうそう、メインの他に抗生剤も出てるから、次16時だから、忘れないでね。後は、酸素マスク。5ℓ入ってるから、時々気にしてあげてね。一時マーゲンチューブも入ってたんだけど、流石にこの状況じゃね・・・。体位変換する時は間違ってどれか抜かない様に注意するのよ。」

「はい、わかりました。」

 元気に返事をする中里さん。

 看護大学卒業って事だし、ちょっと試してみましょうか。

「さて、最後に質問なんだけど、これだけたくさんのチューブとか機械を繋がれた状況をなんて言うか知ってる?」

「えっと、スパゲッティ症候群でしたっけ。」

「お、よく勉強してるわね。」

「ありがとうございます。」

 とりあえず、これで、患者紹介も終わったし、時間のあるうちに明日の薬でも出しましょうかね。

 ・・・っとっと。ふと、気がつく。

「中里さん、ごめん。少西さん、涙流れてるから、拭いてあげて。」

「了解いたしました。」

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