第4話 彼女は「好きな色って何色?」と聞かれると「それ聞いて何の意味があるんですか」と答えちゃうように見える系女子
「花村さんて、ピンク好きだよね」
「え~? 別にそんなことないですよぉ、たぁだぁ、あーしは一番ピンクが似合うってよく言われるからぁ、自然にピンクのものが集まってくるだけでぇ」
会社の飲みの席で、偶々隣になった事務員の花村さんが、あまりに話しかけてオーラを出しながら、チラチラとこちらを伺うので、
「いつも年の割りに派手な格好してんな」
と、思っていた言葉をオブラートに
すると、ある意味予想通りのお返事をいただき、
「あー、そっすかー」
なんて、あからさまに気のない相槌を打ってしまった。
花村さんは、今日もピンクが基調のレースやリボンがいっぱいの、所謂、ガーリーな服に身を包んでいる。いや、正直に言って顔面は可愛いし、服も似合ってるし、おっぱい大きいし、年齢も感じさせないので、好みのストライクゾーンから外れているのかと聞かれると、答えはノーだ。
だがしかし、一緒に働いているとそこに「仕事ができるか否か」がどうしても加味され、その一点はこの人がストライクゾーンから外れてしまう強烈な理由だった。
花村さんは、とにかく仕事ができない。いや、仕事をしない、という方が正しいな。
彼女が入社して、すぐに自分の担当事務員になって、驚く程自分の営業成績は下がった。今までは指示しなくとも用意されていたあれこれが、指示しても用意されなくなったのだ。渋々自分で用意するものの、その分時間はそっちに取られるわけで、俺はすぐに上司に抗議した。
「わかった。今まで通り、お前が仕事をしやすいようにしてやる」
任せとけ、と課長は胸を張り、宣言通り今まで通り、いや、何だったらそれ以上に必要な資料が揃うようになった。担当は依然、花村さんのままだったから
「なんだ、慣れてなかっただけなのか」
なんて、呑気に考えていた。
そんなある日、営業だけの飲み会の時に先輩である橋本さんが言ったのだ。
「ていうか、事務員、酷くないすか。全部羽月さんに皺寄せいってるんでしょ」
最初、橋本さんの言葉の意味どころか、「ハヅキさんて誰?」と疑問符が浮かんだが、課長が
「仕方ないな、弱肉強食、声の小さい若い子が損するのは真理だよ、橋本」
と窘めたことから、あの大人しそうなひっつめ髪の子が羽月さんか、と思い出した。まだ自分は彼女に担当についてもらったことはないが、確か社内で一番年下だったはず。社歴は自分よりも長いが、入社した自己紹介の時に、比較的「若いな!」と言われる自分よりも年下だった。
「そんなん、羽月さんばっかりしんどいじゃないですか! おっぱいがデカいからって何でも許されるなんて、俺は許さないっすよ!」
酔ってはいるんだろうが、いつも温厚な橋本さんが珍しいなと思った。そして、一体何に彼がキレているのか、課長のこちらへのキラーパスで漸く判明した。
「だって仕方ないだろ、新人くんが仕事にならんと泣きついてきたんだ。事務員のやり方にまで俺は口は出せんしな。羽月ちゃんが六人分面倒見てくれるしか、上手くやる方法がなかったんだよ。な、藤本。仕事、上手くできるようになったろ」
そう、花村さんは全然仕事ができないままで、自分含め花村さん担当の三人の営業マンは、件の羽月さんに面倒を見てもらっていたのだ。六人の営業マンを抱えても、羽月さんの仕事ぶりは目立たないものの的確で何度も助けられた。それは、花村さんなんか足元に及ばないのは当然で、一番最初に担当してくれていたお局様よりも、俺は仕事がやりやすく感じていた。
その営業だけの飲み会の後、俺は羽月さんに直接会ってお礼とか謝罪とか、色々なことを伝えたかったが、彼女は自分の仕事と花村さんのお守りで忙しそうだし、一応自分の担当は花村さんなので、窓口としては彼女が出てきて、羽月さんに接触することはできなかった。
そんな羽月さんが、自分の斜め向かいに座る貴重な飲み会で、俺は何が悲しくて花村さんの「私がピンクを好きなんじゃない、ピンクが私を好きなんだ」という謎の主張を延々聞いているのだ。
話しかけるタイミングを伺うも、そもそも自分は羽月さんに間接的に世話になりまくっているとはいえ、直接的には殆ど話したことがない。
営業マンの癖に、何をビビってるんだという話なのだが、羽月さんは、こう、何というか上手く言えないのだが、例えば
「羽月さんは何色が好き?」
と聞いたら、
「それ聞いて何の意味があるんですか」
なんて返ってきそうな雰囲気なのだ。そんな返答を聞いた日には、豆腐メンタルな自分は立ち直れそうにない。
特に誰と話すでもなく、チビチビお酒を飲んでいる羽月さんを横目に見ながら、花村さんの途切れない話に相槌を打つ。
「よっ、皆飲んでるか~」
軽やかな足取りでやって来たのは橋本さんだ。今日の酔い方は前回の飲み会と違ってご機嫌そうで、ニコニコしながら羽月さんの隣に腰をおろした。
すると、ずっとマシンガントークだった花村さんがピタリと「あーし話」をやめ、モジモジしながら橋本さんの方を向いた。
「ちょっとぉ、何なんですか橋本さぁん。急にこっち来てぇ。言っときますけどぉ、あーし、こないだのことまだ怒ってるんですからねっ!」
「あはは、ごめんごめん」
悪びれた様子もなく謝る橋本さんに、花村さんは「もうっ!」とそっぽ向いた。構わず、橋本さんは羽月さんに
「羽月さんは大丈夫? 酔っても顔色変わんないからなぁ」
と、どこか甘さを孕んだ優しい声で聞いた。すると、羽月さんは、表情は一切変わらないものの、こちらも優しい声で
「大丈夫です。橋本さんはビール二杯でゆでタコみたいになりますもんね」
なんて、橋本さんを
なんだか、ぐるぐる、モヤモヤした感情が渦巻いた。橋本さんの担当は、羽月さんではない。彼は、間接的にすらお世話になっていないはずなのにどうして。
そんな俺の身勝手な考えなんか露知らず、
「赤くなってからが本番なんだよ! なあ、藤本!」
と、話を振られて曖昧に笑った。まだ橋本さんは羽月さんと話したそうだったが、元いた席の課長から「橋本ー!」と呼ばれ渋々
「ハイハイ、今戻りますよー!」
と、立ち上がった。
その瞬間、彼は、羽月さんの耳元に唇を寄せて、何かを囁いた。橋本さんが何と言ったのかは聞こえなかったが、それに対して羽月さんはゆったりと微笑み、
「残念、ハズレです」
と、恐らく口を動かした。
何が残念なんだ。橋本さんは何をハズしたんだ。なんだか二人のやり取りが、ひどく面白くない。そんなことを考えていたら、花村さんが
「橋本さんてぇ、ほんとにあーしのこと、そういう目で見てくるんだよねぇ、藤本くんにもわかるでしょお? ああやって、すぐちょっかい出しにくんのぉ、ねぇ羽月ちゃん」
と言った。一瞬、本当に何を言ってるんだろうこの人は、という顔をしてしまったが、当然花村さんがそれに気付くこともなく、羽月さんは素知らぬ顔で
「そうでしたっけ」
なんて返した。花村さんはそこから、いかに橋本さんが自分に惚れているかを熱弁し、ちょこちょこそれが満更でもないという話をした。俺は心の底から湧いてくる「そんなわけないだろ!」を飲み込むため、ひたすらに酒を飲んだ。
「気持ち悪ぃ~……」
そして、その当然の結果として、トイレに籠る羽目になってしまった。あらかた、吐いたおかげで少し落ち着いてきたし、そろそろ戻らないと心配されてしまうなと重い腰を上げようとした瞬間、控えめにトイレの扉がノックされ
「藤本さん、大丈夫ですか?」
と、声が聞こえた。この声は、羽月さんだ。
慌てて扉を開けば、水が入ったグラスを持った羽月さんが立っていた。
「戻れそうですか? 無理そうならこのまま出てタクシー止めてきますよ」
持ってきてくれた水を受け取り、そうしてもらいたいのは山々だったが、何故か格好つけたくて、
「平気ですよ! このお水いただいたら戻ります。ご心配かけてすみません」
などと返してしまった。
すると、彼女は「そうですか」と自分の隣に立った。俺が戻るまで、付き合ってくれるらしい。
「今日はずっと、花村さんばっかりと喋っちゃってすみません。ていうか、いつもその、花村さんがすみません」
話題が見つからず、とりあえず彼女との共通の話題と言えば花村さんだ! と、日頃の申し訳なさも含めてそう言った。すると、彼女は「何のことですか」と返してきて、思わず
「え、だって正直腹立たないですか。その勘違いが凄いでしょうあの人」
なんて聞いてしまった。羽月さんは涼しい顔で、
「花村さん、素敵じゃないですか。おっぱい大きくて」
と言った。果たして、それが彼女なりのジョークなのか、はたまた皮肉なのか、あり得ないとは思うが本心なのか。酔った自分にはわからない。いや、訂正。酔っていなくてもきっとわからない。
そんな状況で、変えるべき話題も思い付かず、そのまま花村さんの話を続ける。
「でも、橋本さんが花村さんに惚れてるってのはどう考えても違うよね」
「まあ……橋本さんは、脚派だそうですから」
「橋本さん優しいからなー、面と向かってははっきり言えないんだろうな」
「藤本さんも優しいじゃないですか」
だってどう考えても違うと思ってたのに、否定しないであげたでしょう、花村さんのこと。
表情があまり変わらないから、しっかりと感情を読み取れている訳ではないが、優しくて柔らかい話し方は、思い描いていた羽月さん像とはかけ離れていて、話しやすいと思った。そして、もっと話していたいとも。
「そろそろ落ち着いてきましたか。あまり席を離れると皆さん心配されますし、戻りましょうか」
ああ、もう少し、あと少しだけ、彼女と話をしていたい。そんな身勝手な希望で羽月さんを引き留めるために、咄嗟に
「羽月さんの、好きな色って何色?」
なんて、少し前まで、勝手な羽月さん像を考えていた時の質問を投げ掛けた。
彼女は、ふむと顎に手をあてて少し考えてから「赤ですかね」と言った。やはり想像していた返答ではなかったし、むしろ思いもよらぬ返答だったわけだが、何だか彼女に似合わないな、と思った。
そんなあからさまな顔をしてしまったのか、
「似合わないな、って思ってるでしょ」
と言われて、しどろもどろに
「いや、思ってない思ってない。でも、なんで赤が好きなの」
なんて、取り繕って聞いた。
すると、珍しく表情が変わり、悪戯っ子みたいな顔をして笑った。
「なんてたって、好きな人を落とした色ですから」
そう言った彼女の頬は、酔っても帯びないらしい赤色に染まり、赤が似合わないという自分の感想も打ち消した。彼女は赤が似合っていると。つまりは、赤面する彼女を、可愛いと思ったということだ。
そして、彼女が答えた「赤色」の所為で、なんとなく色々なことがわかった気がした。あの、真っ赤な顔で寄ってきた、彼女に何か耳打ちをした先輩のことを思い出して、思わず唇を噛んだ。
これならば、せめて「それ聞いて何の意味があるんですか」と言われた方が、まだマシだったのかもしれない。
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