第3話 ガーターベルトの着用法をご存知ですか
「時に、橋本さんはガーターベルトの着用法をご存知ですか」
そんな突拍子もない質問でも、己が恋人、羽月さんからのものであれば、驚かなくなってきた。これが習慣の恐ろしさというやつか。
「申し訳ないが俺は男ですからね。ご存知なわけがないよね」
「ふぅん、それならば質問を変えましょう。お好きですか? ガーターベルトは」
彼女の部屋でのんびり過ごしていた、何の変哲もない昼下がりは、彼女の変哲過ぎる言動で一変して桃色に色づいてゆく。
こうなったら、先ほどまで意識していなかったはずの部屋着のワンピースから覗く素足やら、緩めのVネックから見える鎖骨やら、自分の視覚認識もピンクのフィルターがかかってしまう。
「……つけてるの? ガーターベルト」
「今は素足ですから、つけても意味がありません。つけるなら、ストッキングかニーハイソックスが要りますね」
ガーターは、ソックスがずり落ちないためのものですから。
膝下まであるワンピースの裾を、体育座りの体制で、ゆっくり素足をなぞりながら持ち上げる。露になるふくらはぎ、膝、太腿、そして唐突に幕は降りて、再びグレーのワンピースが彼女の脚を隠す。
「むっつりスケベな橋本さんは、押さえるタイプよりぶら下げるタイプがお好きと踏んでます」
「いやまず、そんなにガーターの種類に詳しくないから。ガーターって、あの紐みたいなやつでしょ?」
「それがぶら下げるタイプですね」
ごそごそと彼女の下着が入ってる引き出しを漁って、戻ってきた羽月さんは片手にレースのついた紐らしきものと、長めの靴下を持ってきた。
それをゆっくりと俺の鼻先に見せつけるように突き出し、
「装着しますね、それまであっち、向いててください」
と、薄く笑った。
慌てて彼女に背を向けたら、クスクス笑う声と微かな衣擦れの音が聞こえる。これから、恐らくとてもいかがわしい行為に及ぶだろうが、直接的な行為よりもこちらの方がいかがわしい気がした。
「いいですよ」
声の主の方へ振り返れば、見た目は先ほどまでと変わらぬグレーのワンピースに、黒いストッキングを履いていた。ベッドに腰掛けて、こちらをじっと見詰めている彼女の隣へ歩み寄り、そっと身体を横たえる。
ぱさりと彼女の長い髪がシーツに広がった。
「それにしても、なんで急にガーターベルトなの?」
彼女の上に覆い被さってそう問えば、少しずつ潤み始めた眼球の羽月さんは
「最近、小説だけでなく漫画や写真集なんかも参考書として取り入れることにしたんです」
なんて、また不思議なことを言い出した。
ちなみに小説というのは官能小説のことで、彼女はこの手の知識はそこから得ているというのは存じていた。
そんな彼女が、恐らく青年漫画とグラビア写真集などに手を出したという、もしかしたらもう少し男性向けのものである可能性もあるが。
「そこでニーソ、スク水、絶対領域が良きものだと知り得ました」
思っていたよりニッチなものに手を出したようで、思わずポカンと口を開けて彼女の話を聞いていた。彼女は構わず、また今更どのタイミングで照れたのか不明だが、やや頬を赤らめて、
「流石にスク水はあれだったので、ニーソ、絶対領域を極めてみようと思ったんですけど、その過程でこれに出会いまして」
そう言うと、羽月さんは緩慢な動作で際どいところまでワンピースの裾を捲し上げ、ストッキングに被われていない白い腿の上に、細くて黒い紐が通り、ストッキングがずり落ちないよう止めている様子を見せつけた。思惑通り、その画に釘付けの俺が可笑しかったのか、彼女は再びクスクス笑っている。
それが少し悔しくて、口付けて、ワンピースを剥ぎ取って、まさぐって。行為を進めようとして、はたと気が付く。
「これ、どうやってガーターベルト、脱がせたらいいの?」
「……頑張ってください、ね?」
どんなつくりになっているかわからず、また無理に引っ張ってストッキングを破くのも憚られる。しかし、これを外さないと、パンツが脱がせられない。
途方に暮れる俺に、彼女は最高に厭らしい表情をして、
「ご安心を、紐パンなので、サイドのリボンをほどけば、ガーターベルトを外さなくても、できます」
と、囁いたのだった。
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