第2話 君の唾液の粘度を高めたい
最近、わかったことなんだけれど。うちの会社の事務員である羽月さんは、エロい。
しかもオープンじゃなくて、クローズな秘めたるエロさと言ったらいいのか、聞き馴染みのある俗っぽい言葉で言えば、むっつりスケベといつやつだ。
「お言葉ですけど、橋本さんには敵わないですよ。むっつり度では」
ひっつめ髪に、真っ黒なタイツがトレードマークの彼女は、仕事場では慇懃無礼ともとられかねない程に生真面目だ。
そんな彼女が、お付き合いを始めた途端、こんな風に年下の生意気な感じを出してくる。正直、堪らんわけだけども。
「いやいや、羽月さんには敵いませんよ。俺の知らないこともよく知ってるし」
「……耳年増で頭でっかちなだけです」
知識を実践するのは、全部、橋本さんが初めて。
そっと、吐息混じりに耳元で囁かれ、ゾワゾワ得体の知れない感覚が背中を走る。恐らく、支配欲とか、征服感とか、そういった感覚だ。
彼女が参考にしているのは、きっとちょっとエロめな少女漫画とかじゃなくて、官能小説とか、アダルトビデオとか、そういう類いに違いない。そうでないと、こんなおっさんをクリティカルヒットでノックアウトできる筈ないじゃないか。
「煽るのがお上手なことで」
「お褒めにあずかり光栄です」
唇だけ緩やかに弧を描く笑みは、艶やかというか、こちらの
唇を合わせるだけの可愛らしい口付けで満足できないのはお互い様。薄く開いた口は、口腔を犯せと言わんばかりに自分の舌を誘い込んで絡めとる。
卑猥な水音だとか、うっすら目を開けた時に見える彼女のいっぱいいっぱいな表情とか、ぎゅっときつく瞑られた目だとか、そういうものにそそられる。
「ふっ」
漸く唇を離せば、
「どうかした?」
「……こういう導入のキスの表現で」
息を整えながら、またこちらの思いもよらない言葉を吐く彼女に、大人しく「うん」と相槌を打って続きを促した。
「『銀色の糸がひいて』とかあるじゃないですか」
「うん?」
今のはけして、相槌ではなかったが、彼女は淡々と言葉を紡ぐ。頬をうっすら上気させた扇情的な顔で。
「でも、唾液って思いの外、さらさらしてるじゃないですか」
「そう、かな」
この話のオチは、どこに着地するのか、そんな謎のドキドキ感と、恐らく羽月さんはAVでなく官能小説派だろうという推測と。
「唾液って、興奮すると粘度が上がるらしいんです」
「粘度……」
「お互いに、非常に、尋常じゃないくらいに興奮すれば、官能小説の表現を実践できるわけですね。銀色に光る糸を紡げるわけです」
「……つまり?」
どういうことなのか、性急に答えを求めた自分に、どこか恥ずかしそうに顔を歪めた彼女は、
「私の唾液の粘度を、上げてください」
と、恐らく官能小説でも使われたことのない、キスの
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