第5話 仲間3

「あ、チョコ食べる?」


 未奈美が小さなチョコ菓子を三つ手にして俺へ差し出す。


「いただきます」


 俺は彼女の手から一つだけ摘まみ取り、包装を解いてから口に入れた。甘い味が疲れた体を癒すようで、普段食べていたチョコよりも倍以上美味しく感じた。

 すると、食べ物を察知して空腹を思い出したかのように俺のお腹が鳴った。意外と大きく響いた音により三人から注目を集め、俺は顔から火が出る思いをした。


「伶衣ちゃんお腹空いてたの~?」


 羽唯はからかうように語尾を伸ばして言いつつ、スナック菓子の袋の口を俺へ向けてくれた。


「あ、ありがとうございます。朝から、何も食べていなかったので……」


 言い終えてから手に取った菓子を口に入れて、パリポリと噛み砕く。

 朝起きてから家の中に物がなくて、外に出たら羽の生えた奴らに襲われて、あんな状態ではご飯を食べる時間なんて無かった。


 そういえば、羽の生えた奴らで思い出したが、皆の言う悪魔について聞きたかったんだ。

 貰った菓子を飲み込んでから右隣に座る未奈美へ問いかける。


「あの未奈美」

「どしたの? 伶衣くん」


 彼女はツインテールの赤髪を揺らしながら首を傾げる。


「その……悪魔って、いったい何なんですか?」


 なんとなく、俺を襲った羽の生えた人のことを指していると思っていたのだが、はっきりとしたことを知りたかった。

 問いを聞いた未奈美は咳払いをしてから腕を組んで答える。


「悪魔……。それは突然この世界にやってきた謎の存在……。奴らはいったいどこから来たのか、そして何のために我々へ敵意を向けるのか…………未だ謎に包まれているばかり……」

「なんだその語り口は?」


 香純が訝しげに見ると未奈美から指を差される。


「香純ちゃんのものまねをしてみただけだよ」

「あっははっ~! 似てる~!」


 体をのけ反らせ足をバタつかせていた羽唯は香純の肩を何度も叩く。

 彼女にとっては大うけだったらしいが香純は渋い顔をしていた。


「私はそんな話し方をしない」


 ものまねを批判してから、香純が悪魔についての解説を続けてくれる。


「悪魔は私たちが勝手につけた名称だ。他に何か呼び方があるのかもしれないが……もっともなところ、私たち以外に奴らを認識できる人がいない」

「え、他の人には見えないんですか?」

「あぁそうだ」


 俺が悪魔の姿を見ることができると知ったとき、鷹木さんは驚いていた。それぐらいには結構貴重なことなんだろう。


「一般人には見えない存在という性質上、いま世間を騒がせている犯人不明の殺人事件の大半が悪魔の仕業だ」


 確かに言われて見れば、最近の情報番組の内容は香純の言う犯人不明の殺人事件についてばかりだ。


 俺の知らないところで世界がそうなっていたとは……少し恐怖心が湧いてきた。

 そして厄介なのは目に見えないが故に、他の人に悪魔の存在を証明できないこと。証明できないということはつまり、一般人に危険性を認識させてあげられない上に、対抗できる力を持つ組織に協力を要請することもできない。

 実際に悪魔の姿を見ない限りは、どんなに必死に説明したとしても冷やかしか頭のおかしい奴だと一蹴されてしまう。


 単純な殺傷能力だけでなく、別の点でも悪魔は強力だ。


「で、あたしたちは悪魔を倒す魔女ってわけ」

「魔女……?」


 未奈美から出た聞き慣れない単語にオウム返ししてしまう。


「これも私たちが勝手につけた名称だ。悪魔を見ることができる私たちのことを指す」

「悪魔と戦う女の子、ということでうちが命名したんだ」


 親指を自分に向けて得意げになる羽唯。


「魔女ってことは魔法が使えたりするんですか?」


 訊くと、未奈美は自分のこめかみに人差し指を当てて、目を閉じて、何やら悩ましげな様子になる。


「あーいや、ま確かに魔法っちゃ魔法だけど……火を操ったり水を操ったりみたいな派手なこと、少なくともあたしにはできないかな。武器をいつでも出したり仕舞ったりできるぐらい? それも鈍器を」


 見てみれば、いつの間にかバットが彼女のもとから消えていたことに今気がついた。


「身体能力が向上することは共通しているが、それに加えて別々に固有能力を持つ。私も未奈美と同じように武器を自由に出せるが、私の場合は刃物に限られる」


 すると香純は右腕を横に伸ばした。瞬間微細な光と共に、何もなかったはずの手から小型のナイフが生成され、それを握っていた。

 まるで手品を見ているかのように俺が驚いている内に、彼女は指を開いてナイフを落とす。そして床に触れる直前でナイフは音もなく、また光と共に消えた。


「私たちのような戦闘に特化した能力を持つ者もいれば、そうでない者もいる。羽唯と陽菜がその例で、まず羽唯は医療担当だ」

「うちが手をかざすと、小さい傷だったら簡単に治せるよ」


 次の陽菜についての説明は未奈美がしてくれる。


「それで、陽菜ちゃんは近くにいる悪魔と魔女の位置がわかる。そしてなんと遠くの人とお話もできちゃうんだ。……あ」


 すると未奈美は何かを思い付いたらしく、嬉々として話し始める。

 

「ねぇねぇ、もしかして伶衣くんは魔女になったんじゃない?」


 その考えに羽唯が納得するように「あ~」と声を漏らし、香純も同意見なのか静かに頷いていた。


「悪魔が見えるようになったのは、私たち女性しかいない。偶然だと思っていたが、仮にもし、女性にしか適性がないのであれば、男性であった伶衣は魔女になるため無理矢理女性の体へと変えられてしまった……そう考えられないか?」


 根拠はないものの、辻褄は合う気がする。俺が悪魔を見られるようになったのは女の子の体になってからだ。

 けれども疑問が一つ残る。


「なんで俺は魔女になったんですかね。それに皆さんが魔女になった理由って……?」

「それがね、うちたちにもよくわからないんだ。気づいたときには魔女になっていた、ってしか言えないんだよね」


 気づいたときには魔女になっていた……。つまりここにいる人たちも元は普通に暮らしていて、ある日突然こんなことに巻き込まれたってことか。


「俺が魔女だったら、皆さんみたいに特殊な能力を持っているかも……!」


 元は一般の男子高校生だった俺は、自分にどんな力があるのかと少し期待していた。


「水をさすようで、すまないが……」


 運転中の鷹木さんが申し訳なさそうに会話に入ってくる。


「私も魔女なんだが……その、固有の能力を持っていないんだ。まぁ、そういう場合もある」

「あぁ……そうなんですね」


 俺は皆の役に立ちたかったが、悪魔を目の前にして怖じ気づくような奴に、能力を持っていても意味はないかと我に返る。


 じゃあ本当に魔女になった理由は何だろうか。ランダムだとしたら、俺の運が悪いだけだな。

 長くなった髪をいじっていると、ふとこんな考えがよぎる。


「髪の毛の色って魔女と関係あったりしますかね?」

「……確かに、魔女になってからこんな髪色になったな。関係ないとは言えないだけで、特に考察するほどでもないな」

「うちは前から髪染めしたくてもできなかったからめっちゃ嬉しかったよ。けど欲を言うなら……銀髪がよかったなぁ」


 鷹木さんの方を向いて羽唯はぼやく。それに対して返答があった。


「私は似合っていると思うぞ。頭の中ピンクって意味でな」

「なにそれ~、うち四六時中エッチなこと考えてないんですけど~」

「頭の中お花畑の方が似合ってたか?」


 そのまま二人の煽り合いは続いた。日常茶飯事なのか、他の人たちは気にも止めていない様子だ。


「髪色なら俺も変わったんですよね。前は茶髪寄りの色だったんですけど、今は純粋な黒髪になりました」


 俺は皆とは違ってとても地味な変化だったが、髪色は確実に変わっていた。


「うむ……伶衣が魔女化したという説は有力だな」


 香純は顎に手をやり、考えを声にする。


「あー説と言えば、悪魔って人を食料にしているんじゃないかって、あたしなりに考えていて……」

「食料……?」


 確かにあの羽の生えた悪魔たちは人の死体から臓物を漁っていた。そしてそれを口に…………

 あの時の血の匂いやら、正視できないグロテスクな光景やらを思い出してしまった。吐き気に苛まれ、咄嗟に口を塞ぐ。


「えぇ⁉ ちょっと大丈夫?」


 隣に座っていた未奈美が慌てている。


 当時は色々頭が混乱していて感覚が麻痺していたのかもしれないが、これが正常な反応だろう。だが状況が最悪だった。運転中の車内では少しの揺れも敏感に反応してしまって吐き気を促されてしまう。


「伶衣、これを使え」


 香純が色つきのビニール袋を持ってきてくれた。それを受け取って口元に持っていく。


「あ、ありがとうございます……」


「あちゃ~、うち酔い止め持ってないよー。って、今から飲んでも遅いかぁ。早織さーん車止めてー」

「止められる状況にない。すまない、無理だ」


 現在街中を走行中で、路肩に一時的にでも駐車が可能な雰囲気ではなかった。羽唯はなおも菓子を食べながら提案を続ける。


「街中だったらどっかパーキングあるでしょ」

「見当たらない。仮にあったとしても料金を取られるのは避けたい。最近出費が激しいから、申し訳ないが今日はこのままノンストップで行くぞ」

「えぇ~? 早織さんの人でなし~」


 そう言われてしまった鷹木さんは大きく息を吐いてから独り言のように、かつ車内全体に聞こえるぐらいの声量でこう口を開いた。


「大量のお菓子、清涼飲料水、衣服に靴、ついでに寄り道のパフェ、クレープ、ソフトクリーム、マカロンなどなど…………さて、これらは誰にお願いされてお金を出したものだったかな」


 何か心当たりがあるのか、羽唯は頬を引きつらせていた。


 今、俺は同行を求めてからすぐ迷惑をかけてしまい、情けなく、不甲斐ない気持ちになっている。

 だがそんな気持ちに余裕を割けることができないほど頭がくらくらする中、俺はさっき食べたチョコレートやスナック菓子が食道を上ってくる感覚と必死に戦う羽目になった。

 

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