第4話 仲間2

「今朝起きたときから両親がいなくなって、家から物が何もなくなって……で…………俺、その、朝起きたら女の子の身体になっていて、ですね……」

「…………ふぇ?」


 幾ばくかの沈黙のあと、羽唯が素っ頓狂な音を口から漏らすと隣の香純と目を合わせてお互いに首を傾げる。

 運転席からは興味が抑えられなかったのか、鷹木さんが立ち上がり傍まで来て俺をじっくりと観察し始めた。高身長スレンダーで大人のえんを持つ鷹木さんに集中して見られていると思うと、そういう気がなくても変な汗が出てきてしまう。


 香純は向き直り、頭が整理できていないまま問いかける。


「ん、待て、君は……男……なのか?」

「信じられないと思いますが……昨日まではそうでした……」


 羽唯と香純も俺のあらゆるところを見回し始める。三人からジロジロと俺の体を隈なく見られると恥ずかしさから体を縮めこんでしまう。

 誰も何も喋らずに俺の観察会が行われて、一分は経っただろうか。静かな空間で口を開いたのは羽唯だった。


「わお……一夜にして性転換かー。……興味深い、良ければうちに調べさせてくれないかな?」


 恍惚とした笑みで見つめると、俺へと手を伸ばしてきた。


「羽唯、それはセクハラに値する」


 それを香純が瞬時に叩き落とした。羽唯は叩かれた手を自分で撫でながら不服そうに頬を膨らませるのだった。


「でも、三人の頭脳なら何とかなるかなって思ったんだけど……どう?」


 未奈美は訊くものの、羽唯はお手上げと言わんばかりに両手を上げてみせる。


「うちを科学者か何かだと勘違いしてる? ただの高校生だったんだよ?」

「私もさっぱりだ」


 香純も降参の声を上げた。

 だが一人、鷹木さんだけが沈黙し、やがて意見を述べた。


「……これは私の憶説に過ぎないんだが、悪魔の仕業と考えるのはどうだ?」


 彼女の提唱した説から香純が話を発展させていく。


「そうなると、物質の形状を変化させる悪魔がいることになるが……」

「あぁ、だとしたらかなり厄介だな」

「うちらって、まだなんとか数えられる程しか倒してきてないし、見たことない悪魔がいてもおかしくはないと思うんだ」


 俺には何を言っているのか分からなかった。そもそも彼女たちの言う悪魔についてよく知らない。

 俺を襲った羽の生えた人たちも悪魔と呼称されると思われるが……。


 進む話し合いに未奈美が間に入った。


「その話はまた今度にして……話を戻すと、今の伶衣くんにはどこにも頼るところがないみたいだから、ここにいさせてあげたいんだけど……」


 本題である俺の今後について話を戻し、お願いするように手を合わせて三人に目を向ける。


「うちは大歓迎だよ! 伶衣ちゃんと色んなことで遊びたいからね……!」


 さっきからメガネ越しの目線が怖いのだが…………色んなことって、どんなことだ……?


「私も文句は無い。敵でないのなら受け入れるべきだ」


 香純が初め俺へ向けていた警戒心剥き出しの姿勢はもうなくなっていた。もともと鋭い目つきをしている彼女だが、今はそこまで怖いとは感じられない。


「陽菜ちゃんはどうかな?」


 後ろのベッドで横になっていた陽菜は未奈美に問いかけられる。すると、数回深く首を縦に振った。

 彼女も初めは警戒心を見せていて、無口で何を考えていたのか分からないが、少なくとも敵だとは思われていないようだ。俺はホッと胸を撫で下ろす。


 最後に鷹木さんが腕を組みながら気持ちを言葉にする。


「悪魔を認識できるのなら放っておくことはできないな。それに私の勝手な欲求なんだが、お前の体験した事々の不思議を解明したいしな。……本人の同意が取れれば連れていけるが?」


 俺は暗に、彼女たちに同行するか否か、どうするか問われた。

 だが迷いがよぎることはなかった。俺の回答はもちろん同行する一択だ。


 今の俺一人で問題を解決しようにも絶対にできるわけがない。家を失い、家族も失った今、俺は明日どう生きるかを考えることだけに集中してしまう。

 それに彼女たちには俺の知らない情報をたくさん持っている。一緒にいれば、俺が女の子になったこととか、両親が消えたこととか、理由が何かわかるかもしれない。


「俺は、どうしてこんなことに巻き込まれたのか知りたいんです。皆さんの役に立てるかどうかは分かりませんが、どうか俺が元の日常に戻れるまでここにいさせてください」


 俺は胸の内にあった思いを無意識に吐き出して、気づいたときには少し息が上がっていた。

 多分、ここから見放されてしまうのが嫌なんだろう。運よく未奈美は俺のもとまで駆けつけて助けてくれて、頼れる場所や人が見つかって。こんな奇跡は二度と起きないと断言できる。

 だから絶対に見放されたくなかったんだ。


 俺の言葉を耳に入れた鷹木さんは頭を掻きながら少し苦笑する。そして俺を見て頷いた。


「そんな熱意込めて懇願しなくても、私たちはお前を歓迎するよ」


 呼応するかのように皆もそれぞれ頷く。


「よし、そうと決まれば出発するぞー」


 運転席へと戻っていった鷹木さん。やがて車はエンジンの音と共に動き出し、俺の新しい生活もまた、この時をもって動き出したのだった。

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