第3話 仲間

 俺は何もわからずに、ただ彼女たちの後ろをついていってキャンピングカーへ乗ってしまった。


 車内にはダークブラウンのフローリングが使われて、落ち着いた大人な雰囲気を醸し出している。そしてテーブルが一つ置かれていて、それに対し向かい合わせにソファが二つ。ガス、水道が備え付けられており、最奥には二段ベッドがあって、そこへ陽菜はダイブしていた。


 初めてのキャンピングカーに物珍しさから辺りを見回していると、目の前に女性が立ち止まった。俺の進路を塞ぐようにして仁王立ちをする彼女は、青色の髪をショートカットにして、未奈美とは違ってクールな印象だった。


「未奈美、一体誰なんだこいつは?」


 しかしそのクールさが怖い。それに加えて俺よりも身長が少し高くて鋭い目つきをしているため、見下ろされると威圧感があり自然と肩をすくめてしまう。


 だがこの人が警戒するのも無理はない。だって裸足の上にサイズが合っていないだぼだぼのパジャマを着ている俺はどう考えても不審者だ。いきなり乗り込んだら誰だって混乱する。


「この子は悪魔に襲われていたの。そこをあたしが颯爽と駆けつけて助けたってわけ」


 未奈美が簡潔に身振り手振りを交えながら、俺が怪しい人物ではないと説明をしてくれた。

 だが青髪少女からの疑いは解けず、次の口調も厳しいままだった。


「悪魔に襲われていたからといってここに連れてくる必要は……」

 と、言いかけたところで何かに気がついたように目を見開き俺を見つめた彼女。


「その子も見えるんでしょ」


 前方のソファに座ってスナック菓子を食べていた少女が得意げな顔をしていた。ピンク色の髪を二つ結びのお下げにして、赤いふちの眼鏡を掛けている彼女の言葉に未奈美は頷いて続ける。 


「うん。自分が襲われていたことにしっかりと気付いていたよ」


「――えっ」


 突然、運転席に座っていた女性が驚きを示し振り向いた。何事かと車内の視線が一点に集中する。


「あぁ……いや、すまない」


 皆の目線に羞恥を覚えたのか、最低限言葉を言い置いて、銀髪のロングヘアを撫でながらすぐに再び前を向いた。


 ……なんだか、この集団は髪の毛の色がカラフルで激しいな。未奈美は赤色で、陽菜はこの中で一番大人しい亜麻色だ。俺の黒髪が逆に目立つ……。


「本当に見えたのか?」


 青髪の少女が俺の目を見つめてくる。真剣な問いだ。

 迫力に気圧されてしまった俺はうまく声が出せずに、首を何度も縦に振ることで肯定を伝えた。


 彼女が目を閉じ一考する素振りを見せたと思えば、再度俺へ目を向けた。うまく決断を下すことができない様子にピンク髪の少女が発言する。


「うちはこの子、悪い子じゃないと思うよ。何か訳ありそうな見た目だし、話だけでも聞いてあげていいんじゃない?」


 肯定的な彼女は俺のサイズ不相応のパジャマを見ていた。

 その発言が決め手となったのか、青髪の少女は悩みに悩んだ挙げ句、俺へ向き直る。


「……そうか、高圧的な態度で迎えてしまって悪かった」


 頭を下げてくれた彼女はその後、ピンク髪の少女の隣に座った。意外と礼儀正しくていい人なのかな。


 緊張がちょっぴりと解けて息を長く吐く。怖かった…………一歩間違えば殺されるんじゃないかとあの鋭い目から想像してしまった。

 俺の手には汗がびっしょりとついていて、彼女に恐怖心を抱いていたことがありありと理解できた。


 溜息を吐いていると、未奈美がその向かい側のソファに座って隣を優しく叩いているのが見えた。


「伶衣ちゃん…………あ、伶衣くん? って呼んだ方がいいのかな?」

「あぁはい、できればその方が……はい……」


 一応中身は男なので、ちゃん付けで呼ばれると違和感で体がムズムズする。


「ここ座っていいよ」


 俺は未奈美の言う通りにソファへと座った。目の前には青髪の少女がいて、少し目を合わせづらかったので自然と俯く形になってしまった。

 そんな中で未奈美は快活に声を上げる。


「改めて、あたしは双葉ふたば未奈美みなみ、でベッドにいるのが鹿野しかの陽菜ひなちゃん!」


 紹介をし始めた彼女は次に、目の前の二人に名前を言うように促す。

 先に自己紹介をしたのは青髪の少女だった。居住まいを正してから、若干のつり目をこちらに向ける。


「私は斎川さいかわ香純かすみだ」


 俺は彼女に対して軽く頭を下げると、今度は対称的に張りのない朗らかな声が聞こえてきた。


「うちは笠梨かざり羽唯ういって言いまーす。気軽に羽唯ちゃんって呼んでいいよ!」


 羽唯が身を乗り出してきたと思うと、手を差し出されて力強い握手を交わすことに。その赤縁あかぶち眼鏡の奥の瞳が真っすぐ俺を見つめていて、俺は彼女から目を離せなかった。


 最後は運転席に座る、この中で一番大人びた風格をしている銀髪の女性だ。


鷹木たかぎ早織さおりだ。まぁ、私はこいつらの保護者みたいなものだ」

「三十超えて、彼氏いたことないのに保護者ほごしゃづらはなんか同情しちゃうな~」

「羽唯……今なにか言ったか?」


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら羽唯が言うと、鷹木さんは声のトーンを一つ落とし、表情こそ変化は見られなかったものの目力が倍増していた。それに対して羽唯は怯える様子もなく、むしろまだ笑みを浮かべている。そのメンタルは一体何なんだ……。


 全員の紹介が終わり俺の番が回ってくる。皆から視線を受けて緊張してしまった俺は、簡潔に蛇足なく自分の名前だけを伝えることとなってしまった。


柚木ゆずき伶衣れいです」


 すると鷹木さんは俺の扱いについて未奈美に問うた。


「……で、この子は連れて行っていいのか? 一歩間違えば私たちは誘拐犯になるぞ」

「その事なんだけど……彼、両親が突然いなくなっちゃったみたいで、それに家にも何もなくて身寄りがないらしいの」


 未奈美の説明に羽唯が疑問を言葉にする。


「両親が失踪? 家に何もないってどういう――」

「待て。未奈美、君は今……この少女のことを彼と呼んだのか?」


 羽唯の発言が途中で遮られた。香純は違和感を覚えたらしい。彼女は未奈美を見て問うと、俺のことを不思議そうに見た。

 香純の鋭い指摘を機に、羽唯と鷹木さんも疑問符を出す。


 このことに関しては自分自身が説明するべきだと、俺は口を開いた。


「別に隠すつもりじゃなかったんですけど……」

 そう前口上を置いて、もう一度、朝の出来事を語る。

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