第2話 邂逅2
彼女に手を引かれて暗い路地を出て、町中を走らされると、近くの公園まで来ていた。
慣れない身体でぶかぶかのパジャマで、そして素足で走った俺はとにかく疲弊しまくってベンチで仰向けになって呼吸を荒げていた。
「あれー? 確かここだったはずなんだけどなー?」
あの赤髪のツインテール少女は全く疲れた素振りを見せずにジャングルジムの頂点まで登って周辺を見渡していた。
バットを肌身離さず持っていることから片手で上ったのだろうか……。見た目は俺のこの体と同じくらいの歳の少女に見えるが、彼女は何者なんだ。さっきの羽の生えた人たちを躊躇なくバットで殴っていたし、それに俺を連れてここまで来た理由はなんだ。
今日は朝起きてから昼にもなっていないのに色々なことがあり過ぎだ。体が疲労も相まって頭が働かない。それなのにもかかわらず、未だ夢が覚める気配はない。
流石に違和感を持ち始めた。起こった出来事は明らかに現実離れしているのに、これが夢ではないと言うのだろうか。
歩いたときの足の感触がやけにリアルだったのも違和感があった。
もし仮に今までのことすべてが現実世界で起こったことなのだとしたら、奴らはいったい何なんだ。それに俺の家はなんで空っぽになったんだ。なんで俺は女の子になったんだ!
何一つ説明ができなければ考察すら一歩も進まない。全部夢だと片付けてしまいたかった。
でも、そんなはずはなく、小鳥たちが悠々と飛ぶ姿が目に入るだけだった。
「ねぇー! ちょっとついてきてー!」
上から手を振って俺に声をかける赤髪の少女。すると彼女はジャンプして頂上から一気に地面に着地し、平気な顔でスタスタと歩き始める。
俺は、こんな人についていってもいいのだろうか。そもそも人なのか怪しく見えてきた。
……考え込んだって答えが出るはずない。それよりも俺は彼女に頼る他ない。
幸いにも彼女は未だ俺へ敵意を向けることはなく、むしろ味方である可能性がある上、奴らについて何か知っていそうな雰囲気だった。
俺は一夜にして男から女へと変わってしまったんだ。そんな常軌を逸したことが起こるなら、背中から羽が生えたり、彼女みたいに身体能力が尋常じゃないほど飛躍したりするのはありえる話かもしれない。
俺は彼女の数歩後ろをついていくことにした。
背中側から見ていると彼女の赤い髪がとても映える。この髪色は単に染色したものなのか、それとも人間ではないことを意味しているのか……。
疑心暗鬼になっている内に、先導する彼女の足が止まった。それは目的地にたどり着いたことを表すのだが……。
「え……トイレ……?」
公園のトイレが目の前にあった。それも、女子トイレだ。
まさかここに入れと言われるのか? 今の俺は裸足だからこう汚いところは極力歩きたくないし、見た目は女の子でも元は男だから二つの意味で入るのを拒みたい。
「普通はそういう反応するよねー。でもあの子はちょっと繊細な子だから、こういう一人になれるところが落ち着くらしいよ?」
あの子、とは仲間が存在するのか。さっき高いところから見渡していたのはその仲間を探すためだったらしい。
「まぁ、その恰好じゃ……入れないよね。ちょっと待ってて、今、引きずり出してくるから」
そう言って彼女は中に入っていった。俺の訳ありな姿を斟酌してくれてありがたい限りだ。やはり悪い人ではないのか?
俺が大人しくその場で待っていると、中からドアをノックするような硬い音が聞こえてきた。
「
彼女は陽菜という人へ声をかけていた。するとその後カチャっと鍵を開ける音が聞こえた。
「もう、こんなところを集合場所に選ばないでよね」
「だって……ここ、落ち着くから……」
未奈美の声に気弱そうに答える陽菜。
「それでも、今日はお客さんがいるんだから」
「え……?」
陽菜の戸惑い気味な声音をよそに、足音は近づいてくる。やがてトイレから出てきた彼女が連れてきたのは小学生に見えるほど小さく気弱そうな女の子だった。
「……えっと、この人は?」
彼女は俺へ警戒を孕んだ目を向け、白いパーカーに付いたフードを被った。
「この子は悪魔に襲われていて、しかも悪魔が見えていたから保護したの。……って、そういえば名前聞いてなかったし言ってなかったね。あたしは
肩を掴まれた陽菜は目を逸らしながら小さくお辞儀した。そして隠れるようにして未奈美の後ろへと移動する。
「俺は
「伶衣ちゃんか、よろしくね!」
そう言われ握手をしたが、何がよろしくなのかわからない。悪魔が見えていたから保護した、と言っていたが、あの羽の生えた人のことを指しているのか? しかもその言い方だとまるで、普通は奴らのことが見えないみたいな――
「伶衣ちゃんって俺っ子なんだ。なんか男勝りな感じでカッコいいね」
陽菜とは真逆で、未奈美は興味津々に訊いてくる。男勝り、というか俺は男なんだが……。女子トイレを前にして気まずいが、特に隠しておく理由はないため正直に言おう。悪魔、と呼ばれているあの羽の生えた人たちについて知っているらしいし、俺の身体に起こった異変についても何か知っているかもしれない。
何か言いたげな空気を察してくれたのか、二人は俺の言葉を待っていた。そう意識されると少し言いにくいのだが、今が好機。
「あの」
と口を開き
「俺、実は男で……」
言った瞬間、沈黙が訪れた。二人の顔は見られなかったが、雰囲気からして困惑していると思われる。
俺もこの後どう言葉にすればいいか考えあぐね、結局黙ってしまう形になってしまった。
すると困ったように頭を掻いていた未奈美がわずかに口を開いて声を出した。
「あー……ごめんね。顔と声が可愛かったから、気付かなかったよ。そうとは知らずに無理やりここまで連れて来ちゃったね……あはは……」
「あ、いや、別に大丈夫……」
ぎこちない返答しかできなかった。
そして未奈美は俺の身体をじっくりと舐めまわすように見渡す。後ろから陽菜も興味ありげに覗いていた。
そんなにジロジロ見られては恥ずかしい気持ちが段々と湧いてくる。
「まぁ……あたしは良いと思うよ。そういう趣味」
「――え、ちょ、ちょっと待ってください! 違います! 違うんです! これ趣味じゃないです!」
とんでもない勘違いが彼女の中で起こってしまったため、必死になって弁明をすると、困惑をさらに深化させてしまった様子。
「えぇと、え? 趣味じゃないってことは…………ていうか、その服サイズ合ってないよね? それに伶衣ちゃんはなんでこんな格好で歩いていたの?」
「あの……なんて説明すればいいか俺も分からないんですけど……」
一呼吸置いて、冷静に自分が体験したことを言葉にする。
「今朝、目が覚めたら女の子の身体になっていて……」
またもや沈黙が訪れた。二人は俺の説明が理解できていないようだ。首を傾げてお互いに目を合わせている。
「俺、もともと男で……歳は十六で声変わりしていて声が低いんですけど、こんな声になってしまって……それと、俺の家族もいなくなっていて……家から何もかも物が消えていたりして……」
この際だから俺の状況をすべて説明しておいたのだが、二人の様子は全く変わらず。
「うーんと、ちょっとショッキングなところを見せちゃったからなぁ……」
「あの嘘みたいな話ですけど、これ全部本当で――!」
「まあまあ、落ち着いて……。別に全く信じていないわけじゃないから」
必死になって話を続けているところを宥められ止められてしまう。
「とりあえず、皆にも聞いてもらった方が……いいんじゃない……?」
陽菜が俯きがちに言った。
「確かに、あたしたちが考えても仕方がないよね」
皆? 皆って、まだ他に仲間がいるのか? そう疑問を抱いていると、どこからかエンジンの音が聞こえてきた。
「お、やっと来たかな」
言うと未奈美は小走りで音のほうへ向かって行く。続いて陽菜も走っていき、その後ろを俺もついていく。
そのまま公園の敷地外に出ると、大きな白いキャンピングカーが止まっているのが見える。
未奈美と陽菜はそこへ一直線に向かっていくのであった。
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