試験が終わった後の夏休みと海でのいつもとちょっと違う日常 その4
「スティフィも希望を聞かれました?」
ミアがこれまで見たことがないほど豪華な室内、これからしばらく泊まることになる部屋に来て最初に話したことはこれだった。
水着、とやらは本当に神から与えられるものらしく、事前に一応は希望は告げることはできるが、その通りになるかはわからない、とのことだった。
ただミアにはよくわからない神なれど、神が選んでくれたものは確かで、それを与えられた瞬間、まあこれなら…… とミアが思ったことも事実だ。
その水着はとても肌触りが良い生地で作られていて、それが何でできているのかはミアにはさっぱりわからない。
ただそれは、何もない空中から出て来た。
フェチ神の神官の道化、その部下らしき者の一人が魔法陣に魔力を流し込み、神に祈ると、簡素ではあるが恭しく丁寧に作られた木製のお盆の下に小さな台が付いた物の上に、それがパサリと落ちて来た。
ミアは他の神の儀式も勉強になるかもしれないと、目を離さず見ていたが、それは確かに何もない空間から急に現れて、落ちて来たのだ。
道化は水着の乗った木製のお盆の下の台を両手で丁寧に持ち、それをミアの前に無言で差し出してきた。
それを手に取り事前に渡されていた紙製の袋に仕舞い込んだ。
ここに滞在する期間中はこの水着を自由に使っていいそうだが、ここを去る際、その紙袋に入れて返却して欲しいとのことだった。返却しない場合は、神の怒りを買う場合もあるので必ず返却するように、とも言われた。
また盗難、紛失した際はすぐに申し出る事、とも。
神が人に与えた物を盗むことは大罪と知れ渡っていることだが、それでも盗む者もいるとのことだ。
ただミアには命知らずな人間もいるんだなあ、と、いう感想が浮かんだくらいだ。
「聞かれたわよ」
スティフィは部屋を見回しながらミアに返事をする。
この部屋の安全確認とその構造を覚えているようだ。
大きな寝台が三つ。ここも元々はここも二人用の部屋だが、話は先にしておいたので、水着を貸し与えられている間に、既に寝台が一つ新たに運び込まれているようだ。
ただそれでも部屋は広く、元々三人部屋だったのでは、と思わせるほどある。
しかも、厠と化粧室までついている。宿屋の部屋すべてに厠があるとか、スティフィでも聞いたことがない。
さすがに個別の浴室まではないようだ。
また天井に少々大きめの回転羽根が付いている。机に置いてある説明書には魔力を流し込むことでそれが回転し風を送ってくれるとのことだ。
それ用の魔力の水薬まで部屋に用意されているし、魔力を扱えない人のために、その水薬を直接流し込めるようにもなっている。
スティフィは随分豪華なことだ、呆れながらも感心する。
ついでに冬季用のためにか、部屋に暖炉まで設置されている。スティフィが念のためその煙突の先を確認するとすぐに共用の煙突に繋がるようになってはいるが、その部分には鉄格子がはめ込まれている。
少なくともこの煙突から人は侵入出来そうにない。
床材は石材と混凝土を組み合わせられて作られている。かなりがっしりと作られていて強度も十分だ。その上に高そうな絨毯が置かれている。
収納もそれなりにあり、手荷物も余裕で仕舞い込める。
通常の出入口は、入口の扉一カ所だけ。その扉は木製だが分厚く頑丈で鍵も掛かる。
外に面する壁は全面はめ込みの硝子張りになっている。窓掛けと窓も前に手摺があるくらいだ。ただ天井付近だけ鎧戸になっておりそこから外気を取り入れているようだ。
地上からそれなりの高さはあるが、スティフィは窓からの襲撃も頭の片隅には入れておく。
「どんなのです?」
再度ミアが聞くと、スティフィは部屋を見回すの止め、ニィと笑い、ミアの方を向いた。
「ど派手なのを、って言っておいたわ」
自慢げにそう言った。
ミアはそれに対して苦笑しかできなかった。
「私はできるだけ布が多い奴って希望を出しておきましたが、これです……」
ミアはそう言って紙袋から、渡された水着とやらを出して広げてスティフィに見せた。
確かに、見てきた中の水着の中では生地は多く厚い。色も紺一色だけで地味だ。
「それなら、手と足以外大して出てないじゃない。よかったんじゃない?」
それを見たスティフィの感想はそうだった。
内心、地味でつまらない、でも、ミアには合ってはいるかも、と思いつつもその言葉は口にはしなかった。
「うぅ、でも、体の線がそのまま出てしまって、なんだか恥ずかしいです。ジュリー…… 先輩はどんなのです?」
「もうジュリーで良いわよ。無理に先輩付けなくていいわよ。あんまり恥ずかしくないのって、希望してこれね」
そういってジュリーは紙袋から、自分の水着を取り出して見せた。
それらは三つに分かれていて、全体的に白、それに青色と桃色が部分部分に使われているかわいらしい造形をしていた。
ただ上部分にはフリフリの布がたくさんついている。ただ胸とそれを支える以外の部分は布がない。
下の部分は、ただの三角形に見えた。それに半透明の布、恐らく腰布があるようだ。腰布も白が基本で綺麗な青色と桃色の階調になっていてとてもかわいい。
ミアはそれを見てお腹部分が丸出しですね、とは思いつつもやっぱり声には出さなかった。
「え? 上と下で分かれてるんですね…… でも、かわいいかもですね」
確かに布の面積は少ないが、ミアはかわいい造形だと思った。
自分も、布が多くかわいいのを希望すれば良かったと後悔する程だ。
それにフリフリの布が多ければ、自分の貧相な体の線を誤魔化せるとも。
ミアが貸し与えられた水着は悲しい位地味で飾り気がない。
一緒にいる二人が女性らしい体つきなだけに、ミアはなんだか苛まれている。
「一応下には、パレオ? っていう腰巻もついてるから…… お腹は丸出しだけど、まあ、良いかなって。なんだか、かわいいし」
ジュリーは恥ずかしそうにそう言いつつも、なんだかうれしそうにしている。
「私のはジュリーのに比べると、やっぱり地味ですね…… 紺一色です。私のにもそのフリフリを付けて欲しいです。で、スティフィのは…… なんです、それは?」
スティフィが紙袋から取り出した物は、ほぼほぼ黒い紐だった。
布よりも紐の部分が多いように感じる。
それにスティフィの髪色と同じ光り輝く銀色の装飾が少しだけ入っている。
「ほぼ紐ですね」
と、茫然としながらジュリーがそう言った。
「それ、着れるんですか?」
ミアが心配そうにスティフィに言うと、
「無理ね」
と少し困った表情を浮かべてスティフィはそう言った。
「ですよね、流石に裸とほとんど変わりないですよね」
ミアが少し安心してそう言うと、
「左手が動かないから、こんなどうやって着たらいいかわからないような物は綺麗に着る自信はないわね」
と、若干絡まっている黒い紐の水着を解きながらそう言った。
「え? そう言う意味でですか?」
ミアは改めてスティフィの表情を見るがその顔は自信に満ち溢れていて、どこか嬉しそうだ。
ミアはスティフィは喜んでこんなものを着るのか、と若干引いて、自分の水着がこれで良かったと安堵した。
「ええ、だからミア、着るの手伝ってよ」
「それは構いませんが…… それ、着る意味あるんですか……」
ミアは心の中でもう裸でも構わないのでは? と、思いつつスティフィを見る。
下手に小さく隠すと逆により扇情的な気がしてならない。
スティフィは上機嫌で貸し与えられた水着を机の上に飾って見つめている。どうもかなり気に入っているようだ。
それが何だか気まずくてミアは視線を別の場所に向ける。
この部屋の外側に面している部分はすべて全面窓になっていて硝子まではめ込まれている。
しかも気泡も見当たらないし、透明度も高い綺麗な硝子だ。
そのおかげでどこまでも高所から外の景色を見渡せる。
「にしても、凄いですね、ここ五階ですよ、信じられますか、さらに上に二階ほどあるだなんて信じられません」
ミアは窓から見た景色に感動しつつ、その景色を堪能する。
硝子がはめ込まれているため、湿った暖かい風も部屋の中まで届かない。
手前には白い砂浜が見え、青く輝く海がその砂浜に押し寄せている。
海は風もなくとも波がたつと言われているが、この地方では精霊が海から風を吹かすため、その波は多く、高く、荒い。
海水浴を存分に楽しむ、という面ではよいが、それと同時に波にさらわれる様な事故も起きやすい。
一応、話では沖に流されないように、また沖からのなんらかの侵入者を防ぐために、網が張られているとの話だ。
ここからでもその網がある場所を示す色鮮やかな浮標が、入り江と外海を繋ぐ場所には見えている。
ただ、この街自体が大きな入り江の中にあり、その波も風も外の海よりは大分静かで、早々波にさらわれる様な事もないとの話だ。
大きな入り江の切れ目からはその先に永遠と続く海と海岸も見ることができる。
確かに入江の中よりも、浜辺に打ち寄せるその波はかなり高く荒々しい。
それも今のミアには素晴らしい景色に思える。
「これより上の階層は更に特別な階らしいですね。上級貴族中の上級貴族しか入れないような?」
自分の寝台に座り込み、荷物整理をしながらジュリーが、少し憧れる様にそう言った。
「見学だけでもしてみたいですね」
どんな所なのだろうと、ミアも一度は見て見たいとそう言うと、
「ミアはやめておきなさい、絶対、ロクな目に合わないわよ」
と、スティフィが少し呆れたように言って来た。
「なんでです?」
と、素直にミアが聞き返す。
「領主にほど近い貴族なんて連中は、大概ろくな連中じゃないのよ」
スティフィは実感がこもっているかのように強くそう言った
「ここの領地の領主はまともな方ですし、ここはその弟さんが作った街なんでしょう?」
一応自分も貴族であり場所は違えど領主の娘であるジュリーが補足をする。
実際ここの領主は聖人君主というわけではないが、まともな領主だ。
「あー、そう言えばここにも貴族がいましたー、しかも領主の娘のお貴族様がー」
スティフィはそれに対して、意地の悪い表情を浮かべて、わざとらしく大げさに騒ぎ出した。
「まあ、間違ってはないですが…… うちの領地は負債しかないですよ、ほんと」
世が世なら、時代が神代大戦の前なら、ジュリーは一国の姫という立場にはなる。
だが、神代大戦が終わった今の時代は王は世界でただ一人だ。
かつて王だったものが貴族となり領主となった、そして、国が領地となった。
それは、再び大戦が始まるまでの一時的な話だ。とはいえ、既に千年以上も現状のままだ。
本当に再び大戦がはじまるのか、それは人の身では確かめようがないことだ。
もっともジュリーの領地など、大戦が再開されたら最初に占領されるか、そもそも見向きもされないかのどちらかだろう。
むしろ自ら併合を望むが、どこにも相手にされない可能性すらある荒地だ。今は神の命でその領地を手放すこともできずにいる。
「にしても、この部屋も凄いですね。こんな豪華な部屋見たことないですよ。見てください、これ窓、硝子なんですかね? 凄いですね! 外が、海がよく見えます! 本当に見渡す限り凄い景色ですね」
そう言って、ミアは少し現実逃避するようにうっとりと窓の外の景色を眺めた。
「ほんと凄い眺めね」
それにジュリーも便乗する。
もう少し勇気が出るまでの一時の時間が欲しい、とそう思いながら。
「この景色を見られただけでもきたかいがあります」
ミアとジュリーが窓硝子にへばりついて景色を眺めている。
外はいい天気だ。湿った蒸し暑い風も室内にまで吹き込んではこないが日差しも強い。蒸し暑い風がなくてももうかなり暑い。
水浴びをするには確かに絶好の日和だろう。
「そろそろ着替えたら?」
と、窓にへばりついて微動だにしない二人にスティフィは声をかける。
「そ、そうですね……」
ジュリーが観念したように振り返って、水着を見ている。
「なに? 二人とも恥ずかしいの?」
スティフィはニヤリと楽しそうに笑ってそう言った。
「そ、そりゃぁそうですよ、こんな格好! スティフィは平気なんですか?」
そう言うとミアが顔を真っ赤にして反論してきた。
「私は、まあ、なれてるから」
スティフィは自信に満ちた余裕の表情を勝ち誇ったように見せつける。
「慣れてるってなんですか……」
ミアが拗ねた様にそう言った。
「デミアス教徒でその美貌じゃ…… そうですよね」
苦笑しながらジュリーは、自分とはまた別の意味で過酷な人生を送ってきているんだろう、と勝手な想像を巡らせた。
「引く手あまたよ。まあ、その話はいいじゃない。さっさと着替えて海へ行きましょうよ。私も実際に海に入るのは初めてよ」
スティフィもなんだかんだで海水浴という物自体は楽しみだ。
北側は海に面している地域は少ない。それは北側の領地より先、より北側には竜達の山脈と呼ばれる竜が住む山脈がありその先は蟲達の楽園と呼ばれる虫種発祥の地があるからだ。
両方とも人間の領域ではないし、そもそも人間が住みつけるような環境の場所でもない。
それ以前に北側は極寒の地で、夏の時期でも海に入るのは漁師くらいのものだ。少なくとも海で水浴びする者などいない。
「前々から思ってたけど、スティフィは肌も綺麗ですね」
既に服を脱ぎ始めているスティフィを見て、ミアは興味深そうにそう言って来た。
さらに観察するようにスティフィを見ている。
その視線に若干ひきながらも、ミアの視線に応える様にその白く美しい肌を見せつけた。
ただスティフィのこの肌は自身のものではあるが偽物でもある。スティフィ本来の肌は傷まみれのはずだ。
いろんな場所への潜入調査が多かったスティフィの立場上、魔術と神の奇跡で無理やり綺麗に、表面上だけは傷などないように見せているだけだ。
それを正直に話すつもりはスティフィも毛頭ない。
「まあ、北側、北国の出身だからね。あっちはみんな肌綺麗なのよ。温泉もたくさんあるしね。ミアは…… もう少しまともなもの食べなさいよ。痩せすぎよ」
服の上からでもミアは細く貧相だとわかる。
栄養不足だと素人目でもわかるほどだ。
「これでも、学院に来た頃に比べればまだましになりましたよ」
確かに、ミアは学院に来た時より大分血色は良くなっている。が、その体型が変わったかというとスティフィには変わったようには見えない。
が、余りここでミアの体つきに突っ込んでからかうと、ミアの故郷の話になりかねない。そこからロロカカ神の話になられても厄介だと、スティフィはからかう対象をかえる。
「おやおや、先輩はよくお育ちで」
スティフィは標的をジュリーに変更する。
しかも相手は、スティフィにとって本来は仇敵でもある。からかいすぎて嫌われてもスティフィ的には何も問題はない。
「ちょっと、あんまり見ないでよ」
急に標的を変えられたジュリーは、脱ごうとして胸元のボタンを外していたが、それを両手で隠した。
「スティフィより大きいですね」
そこに珍しくこういうことにミアが乗ってくる。
そしてミアの言葉通り、ジュリーのそれはスティフィのものより一回り大きかった。
「むっ、均整よ、均整が大事なのよ! おっきいからってなによ」
スティフィはそう言い切って、片手だけで器用に今着ている服を全て脱ぎ去った。
同時に服に隠してあった短刀などの武器が数点ほど落ちるが、ミアもジュリーももう慣れているのか特にそれについては言及しない。
で、スティフィは自分の水着を見る。
スティフィから見てもほぼ紐だ。どっちが前で、どっちが後なのか、それすらよくわからない。
これを身に着けることに抵抗はないが、着方にはだが若干の迷いはある。
「いえ、私から見ると二人とも大きいので……」
ミアはまだ服を全く脱いでおらず、しきりにスティフィとジュリーの女性らしい体つきを見比べ観察して、なぜこうも自分とは違うのかを考えている。
「ミアはまず脂肪を体につけるところからね」
スティフィがそう言うと、ミアは観念したようにやっと服を脱ぎだした。
とはいえ、ミアが身に着けているのは長衣一枚と肌着だけだ。すぐに脱ぎ終わる。
「で、これ、どうやって着ればいいんでしょうか……」
ミアは紺色の水着の肩の部分を持って困っている。
スティフィはめんどくさそうに視線だけでそれを見る。
「それは…… 足から通していけばいいんじゃない? 後ろ前も分かりやすいし。それより、着終わったら手伝ってよ、下はともかく上は、右手だけじゃ無理よ」
スティフィは適当にそう言って、とりあえず水着の下を履いてみる。
前よりも後ろの方が若干布地が多い気がするが、それでもスティフィの体にぴったりと合った。
多分これであっている、とスティフィの直感もそう言っている。
上は流石に左手が動かないのは着るのは無理だと諦め、ミアを見ると、もたもたと水着に足を通している。
かなり慎重に、恐らくは破けないようにと、ゆっくりと足を通しているためだ。
しかし、途中で着るのを諦めて、スティフィやジュリーをまた観察し始めた。
「ま、待ってください…… この水着も高そうで着るのにも勇気がいるんですよ。あ、ジュリーのはフリフリなのが、いっぱいついててやっぱりかわいいですね。お腹丸出しですけど」
スティフィもその言葉につられてジュリーに視線を向ける。
ジュリーは既に着替え終わっており、半透明の腰布も巻き付けている。
黒い髪に白い肌。それによく似合っている白い水着。
大きな胸元を覆い隠すようにフリフリの布がたくさんついている。確かにスティフィから見てもかわいいと思える。
「これで、いいのかしら? 変なところないですか?」
そう言ってジュリーは嬉しそうにその場でクルリと一回転して見せた。
「たしかにおっきすぎね、貧乏だなんて嘘なんじゃない? ミアを見て見なさい、こんな貧相なのに」
ミアの肩を持ち、ジュリーに見せつける様に突き出した。
「ミギャ!」
と、ミアが猫のような声を上げた。少しその声に怒りが混じっているのをスティフィは感じ取る。
ちょっとやりすぎたかも、とスティフィは反省して、そこでふと気づく。
まさか浮かれている? 自分も? と。
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