非日常と精霊王との邂逅 その9

 緊急会議が始まり、答えが出ない会議が無駄に難航し日が完全に落ちて暗くなってきた頃だろうか。

 会議室の大きな、人が使うにしてはかなり大きな扉が開かれた。

 そして、人というには大きすぎる巨女が部屋に入ってくる。

 表向きはこの学院の学院長の護衛役のカリナだ。

 カリナは人を一人抱えていて、それを大きな環状の机の中心に投げ込んだ。

 その場にいた全員がそれに目が奪われた。

 投げ込まれた人間は、顔の形が変わるほど殴られている。元の姿が見る影もないほど殴られている。

 投げ捨てられたとも言える男は床に投げ捨てられた後、立ち上がろうとしてそのまま崩れ落ち、膝を立てる形でその場に座り込んだ。

 そして、一番最初にダーウィック教授と目が合う。

「よぉ、ダーウィック。おまえのカミさん、クソつえぇな」

 と、そう言った。

 その言葉にその場にいて事情を知らない人間は驚愕の表情を見せる。

 この男は、カリナのことをダーウィック教授のカミさんと呼んだのだ。

 そのことを知らない人間には衝撃が走る。

 例えば、中央からやって来た新任の教授であるローラン教授はカリナの正体を知ってるがゆえに絶句した。

 普段無表情で何事も顔にでないカーレン教授も片目だけではあるが目を見開き驚いている。

 ミアもその一人でびっくりしている。

 逆にスティフィは元から知っていたのかつまらなそうな表情を見せた。

「当たり前です。私の妻は世界最強の人間なのですよ。あなたが勝てるわけないでしょう」

 ダーウィック教授が感情の篭っていない声で応える。

 カリナは特にその言葉に反応せずゆっくりと歩き、ポラリス学院長の後まで行き、両腕を組んだままその場に立った。

 だがそう言葉にしたダーウィック教授は、ボコボコにされたオーケンを見て、満足そうな表情を浮かべ、その後ですっきりしたような清々しい表情を少しだけ浮かべた。

「ご苦労、カリナ。だが、どうしてここへつれて来た?」

 自分の後に回ったカリナへポラリス学院長は振り返らずに聞く。

「残念だが私にはこいつを止める権利がない。が、そいつは危険でな。今は目の付く場所に置いておきたい」

 という言葉が返ってきた。

 ポラリス学院長はそれだけの理由でカリナがこの男をここへ連れて来る訳はない、と考えはしたがその理由を聞くことはない。

 ただ、

「十分に止めているように見えるが?」

 と、ポラリス学院長がそう言ってもう一度投げ込まれた男、オーケンを見る。

 ポラリス学院長の目から見ても、しばらくは何もできないように思えるほどの怪我だ。命に別状はなさそうではあるが、危険があるとかいう前に、見ていて哀れに思うほどボコボコにされている。

 もう立ち上がることもできないほど殴られているようで元の人相がわからないほど顔は膨れ上がっているし、何なら手足の骨も折られているようにも見える。

「それは理由を聞き出すためにだな。中々負けを認めないから、ああなっただけだ」

 それに対してカリナは顔色一つ変えずにそう返した。

「えっと、師匠…… ですよね? あの師匠が、ああも無残にやられるってことあるんですか? あの…… 精霊王すら出しぬいた師匠がですよ?」

 ダーウィック教授とカリナが夫婦だったこと以上に、マーカスには師匠がここまで一方的にやられているのが信じられない。

 カリナの方は怪我一つ追っていないように見える。少なくとも外見上にはかすり傷一つついていない。

 そんなことあるだろうか、とマーカスは疑問にすら思う。

「あー、マーカス。お前もいたのかぁ。くそっ、かっこ悪いところ見せちまったなぁ……」

 声をかけられやっとマーカスの存在に気付いたオーケンは振り返りマーカスを見る。

 マーカスはちょっと涙目の師匠が哀れに思えるほどだ。ただ同時にやはり少し清々しい気分にもなる。あの何時も偉そうにふんぞり返っている師匠がこうも見事にボコボコにされているのだ。

「いえ、師匠は大体かっこいいところはないですけれども」

 マーカスは以前の師匠を思い出しながらそう言った。

 厄介、怖い、自分勝手、それと一欠けらの尊敬と感謝。それがマーカスが師匠に抱く感情のすべてだ。

「んだとぉ、てめぇ、助けた恩もわすれやがってよぉ」

 そうやってオーケンは悪態をつくのだが、怪我で片膝で座っているのがやっとの状態では悪態にもならず虚勢を張っているようにしか見えない。

「で、デミアス教の大神官殿。どのような要件があって当学院に?」

 その様子に見かねてか、ポラリス学院長がオーケンに声をかける。

 会議を中断されていることもあるが、カリナが態々ここへ連れて来たのだ。何か理由があるのだろう。

 先ほどカリナが言った言葉も嘘ではないのだろうが、それが全てだとも思えない。

 それに相手はデミアス教の第五位の大神官だ。第六位の位のダーウィック教授ですら三百歳を超える魔人ともいえるような人物だが、オーケンはそれ以上昔から生きているようなある種伝説的な人間でもある。

 カリナが知っていても制限され伝えられないことを、オーケンが知っていても何ら不思議ではない。

「いや、学院には用はないのよ。な? サリーちゃん」

 オーケンはそう言ってサリー教授の方に顔を向け視線を送る。

「ちゃん付は…… やめて頂けますか?」

 サリー教授は少し困り、少し怒ったような、そして、あからさまに迷惑そうな表情を浮かべながら、その視線とは決して目を合わせなかった。

「んなこと言うなよ、愛しの我が娘よ」

 だが、オーケンの言葉で、そのことを事前に聞き知っていたカリナ、それと当事者のオーケンとサリー教授、それを除くすべての人間が驚きの声を上げた。

「娘!? し、師匠の?」

「サリー教授が…… ですか?」

「娘…… なのですか」

「サリーちゃんの?」

 会議室がざわめき立つ。

 カリナとダーウィック教授が夫婦だったとバラされたことよりもその反響は大きい。

 ただ単にこの場にいるほとんどの者がそのことを知らなかっただけなのだろうが、それでも驚きを隠せている人間は誰一人いない。

「そうだよ、十…… 十六番目だっけか? まあ、一番下の娘だよ」

「私は十八番目の娘です…… 一番下なのはそうですが……」

 サリー教授は不服そうにそう訂正する。

 本当に嫌そうな表情を浮かべてオーケンを見つめる。

「え? あ? そうだったか、わりぃわりぃ…… へへへっ」

 と、笑うオーケンの口から折られた歯が転がり落ちた。

 それを見たサリー教授が深いため息をつく。

 そして、

「そ、それに、マサリー家だから、安直にサリーだなんて…… 娘につけるような人を父親だとは思ったことありません!!」

 と、強い口調でサリー教授はかねてからの不満を口にした。

 マサリー家はとある事件で有名になった優秀な巫女の家系の家だ。

 まあ、その事件というのはマサリー家を含む町で崇拝していた神が実は神を騙った悪魔だったという話だが。

 ただマサリー家が巫女の家系として優秀だったことは事実だ。

 更に言ってしまうと、オーケンはサリーの母とは結婚していないどころか、不詳の子としてサリーを産ましている上に、オーケン本人は面倒ごとは御免とばかりに逃げ出している。

 だからだろうか、当時マサリー家が神と思い崇めていた存在にサリーを生贄に求められても、特に抵抗なく差し出している。

 その後、生贄として喰われる前に、神を騙っている悪魔を罰するためにやって来た神に気に入られ、逆に付け回される羽目になる。

 それを助けたのがオーケンであり、そのときサリーは自分の出生の事も知り、神も人もあまり信じなくなり、自然魔術を学ぶようになる。というのが真相である。

「そんなこというなよ、サリーちゃん。お父さん、悲しくなっちゃうよ。末の娘が婚約したって聞いたから態々お祝いしに来てやったというのによぉ」

 笑いながら、ただ顔は腫れているので本当に笑っているかどうか判断はつかないが、そう言っている。

 そう言われたサリー教授は、また深いため息をつく。

「い、祝いの品に…… お供えされた葡萄酒を、しかも盗品を送られても…… こ、困ります…… ので……」

 サリー教授のその言葉で、マーカスとスティフィ、そしてミアが少し腑に落ちた表情を見せた。その後、何とも言えない表情を見せる。

「んな、小さいこと気にするなよ、サリーちゃん。で、どいつがお前の婚約者なんだ? お父ちゃんに紹介してくれよ、なぁ?」

 そう言って教授達をぐるりとオーケンは見回した。

「ぼ、僕…… いえ、わた、私です。この魔術学院で騎士隊訓練生に神術学を教えている、フーベルト・フーネルと申します!!」

 オーケンとフーベルト教授の視線が合った瞬間、フーベルト教授は勢いよく席を立ち、名乗った。

 そして、フーベルト教授はオーケンに向かい頭を下げた。

 それを見たオーケンが目を細める。

「あぁん? おぃおぃ、待ってくれよ。サリーちゃん。一大宗教の大神官とあのマサリー家との間にできた娘の婿が…… こんなぼんくらなのか?」

 オーケンがそう言うとサリー教授が今まで見せたことのない様な、鋭い目つきをしてオーケンを睨んだ。

「フーベルトは…… その…… 知識は…… す、すごいので……」

 そして、言い訳する子供のように、元々歯切れは悪いが、さらに歯切れが悪そうにそう言った。

 愛娘にそんな視線を向けられて少し考えたオーケンは視線を上に向け、少し考える。

「フーベルト…… フーネル…… ねぇ…… たしか、中央のどっかの魔術学院で、いろんな神様にのめり込みすぎて追い出された助教授がいたって話なら聞いたことあるんだけどなぁ?」

 と、言ってから視線を下げて愛娘をまっすぐに見る。

「や、やっぱり…… 先に知って…… たんですね?」

 サリー教授がそう言ってオーケンをさらに睨む。

 その視線に耐えれなかったのか、オーケンは振り返りフーベルト教授の方を向く。

「おぃ、お前」

「は、はい」

 少し上ずった声でフーベルト教授が立ったまま返事をする。

「サリーちゃんはなぁ、サリーちゃんはなぁ……」

 オーケンは低く強い、何かを必死に我慢しているような、そんな声をフーベルト教授に向ける。

「は、はい!」

 返事をした後、フーベルト教授は生唾を飲み込む。

 そして、次に来る言葉に備える。

 直接、神に会った時も緊張したが今はそれ以上に緊張しているとフーベルト教授が感じていると、オーケンがついに口を開く。

「見た目こそ若くてかわいいが、もう六十歳近いんだぞ? お前まだ二十代だろ? いいのかよ?」

「!! ま、まだ六十迄、し、しばらくあります!!!」

 即座にサリー教授が否定の言葉を叫ぶ。

 予想だにしてない言葉に、一瞬フーベルト教授は呆けるものの、すぐに正気を取り戻す。

「もっ、もちろん知っています!!」

 そして、返事を返す。

 その様子を、他の教授たちは下手な芝居でも見る様に冷ややかな視線で見守っている。

「お前の倍以上だろ?」

「ちょうど倍くらい…… ですが…… き、気にしません」

 フーベルト教授が今年で、二十八歳なので確かに倍くらいだ。

 ただ魔術師、特に魔術学院の教授ともなれば、年齢などそれほど意味は持たない。

 確かに若返るのは教授でも難しくはあるが、肉体の老いを防ぐどころか完全に止める事はそう難しくはない。

 ある程度の実力のある魔術師にとっては年齢、特に肉体年齢などは、一つの指標にしかならない。

 フーベルト教授でなくとも特に気にすることではない。

「馴れ初めは?」

 と、ぼそりとオーケンがフーベルト教授に聞く。

「ちょ、ちょっと……」

 と、それを止める様にサリー教授が顔を真っ赤にしながら止めようとする。

「いいだろ、それくらい。どっちから口説きだしたんだ」

 と、オーケンが荒々しく声を上げ、サリー教授を黙らせる。

「ぼ、僕の、い、いえ、私の趣味と言うか研究と言いますか、神族の研究をしてまして…… そ、それで、サリー…… サリーさんから、神族の件で相談を、う、受けまして…… それで…… そのうちに…… で、ですね。その時は助教授の身分でしたので…… 教授になったら…… と」

 フーベルト教授も顔を赤らめながら、正直に答える。

「助教授だぁ!! 事もあろうに、魔術学院の教授がぁだぁ!? 助教授に相談かよ!! ああ、いい。もういい。聞きたくねぇな。もう!! 若い燕ってやつかよ。サリーちゃん、こいつのどこが良いのよ?」

 オーケンはサリー教授に向き直りそう聞くと、サリー教授は顔を真っ赤にして、

「か…… 顔……」

 と、だけ答えた。

 それを聞いたオーケンは再度フーベルト教授の方を向き確認する。

 男にしては大人しそうな顔をしているが、確かに目鼻立ちが整っている。真面目そうに見える。自分とは違い、とても真面目そうに見える。

 オーケンは一瞬だけ歯を食いしばる。そして、吠える。

「おぃおぃおぃ、よりにもよって外見かよ!! かぁー、やってらんねぇな、おい!! ダーウィック、お前もなんとか言ってやれよ?」

 今度はダーウィック教授の方を向き同意を求めようとするが、

「なぜ私に?」

 と、少しむっとした表情を浮かべダーウィック教授が答える。

「だってよぉ、お前のカミさん……」

 オーケンがそう言うと、ダーウィック教授が食い気味に、

「我妻は美人ですが?」

 と答える。

「いや、だって……」

「美人ですが」

 と、本気で圧をかける様に、ダーウィック教授は答える。

 ただ答える。

 ダーウィック教授から発せられる、その圧は会議室全体がひり付くほど強くはある。

「おっ、おぅ…… おまえがそう思うならいいよ。んま、サリーちゃんから気に入ったっていうなら、俺は、まあ、文句ねぇよ。嫁に行くのも諦めていたくらいだしなぁ。で、今回は婚約って話だろ? 式はいつなんだよ?」

 ダーウィック教授に同意を求められなかったので、とりあえずオーケンは話を進めることにした。

 そもそもオーケンも別に反対したいわけではない。ここには末娘の婚約を祝いに来ただけだ。ただそれだけだ。

「ら、来年を予定してます……」

「あ、秋口を…… 予定して…… ちょ、調整してます……」

 フーベルト教授とサリー教授が少し照れくさそうに答える。

「秋口? 収穫祭にでも合わせてか……? まあ、いいや。俺も式出るからよぉ、それまでよろしくな、婿さんよ」

 オーケンは最終的にそう言って項垂れた。

「は、はい」

 そう言われたフーベルト教授は、オーケンとは逆に嬉しそうに元気に返事を返した。

 それで、一旦この茶番劇も一通りついたと判断したポラリス学院長が口を開く。

「デミアス教の大神官殿。貴殿がここにいる理由は分かった。だが、今は会議中でな。一旦お引き取り願いたいのだが」

 ただでさえ答えが出ない会議中なのだ。これ以上邪魔されても困る。

 カリナも帰ってきたことでこの会議も多少は進展するはずだ。

「んな、堅苦しいこと言うなよ。な、これやるから」

 そう言ってオーケンは自分の髪の毛をまとめている止め紐を取り、それを丸めてポラリス学院長に向けてほおった。

 丸められた紐はちょうどポラリス学院長の前の机の上に転がり落ちた。

「これは?」

 そう言いつつ、ポラリス学院長はその紐を警戒する。

 ただの紐ではない。オーケンの身につけられていた時は魔術的に隠されていたのか、気づけなかったがオーケンの身から離れたそれは強い力を放っている。

 禍々しい類の物ではないが、ポラリス学院長でもその存在に見当がつかない。

「冬山の王の髪の毛だよ。一本だけだけど。マーカスを助ける際にちょろまかしてきたんだぜ?」

「なっ、本物か……」

 見当がつくはずもない。精霊王の髪の毛、しかも天に属する精霊の物ともなると、目にすることだけでも珍しいものだ。

 精霊王が物質化した際の仮初の体の物ではあろうが、精霊王の体の一部には間違いはない。

 魔術的価値にすればとんでもない価値が付くものだ。カール教授からすると喉から手が出るほど欲しい物でもある。

 実際カール教授はそれに手は出さないものの、瞬きもせずに凝視し続けている。

「これをサリーちゃんの職場に結婚祝いの品として納めてやっからよ、ちょっとこっちの話も聞いて欲しいよなぁ?」

 そう提案してくるオーケンに対して、

「教授として雇い入れることは不可能だ」

 と、ポラリス学院長は即座に答える。

「それはわかってるよぉ、光と闇の均衡がどうのこうのってやつだろ? 教授の数には暗黙の了解で、光闇で同数でなければならない、って奴があるんだろう? わかってるって、んなことはよぉ、俺も人に何かを教えるような人間じゃねぇーんだよ。俺は、ただサリーちゃんの式に出たいんだよぉ」

 そう言ってオーケンは右手だけを立てて頼むような仕草を見せて来る。

「サリー教授の結婚式まで滞在を認めろと?」

 と、いうだけなら送られた物の価値が高すぎる。それだけではないのだろう。

「そそ。それとそこのマーカスを、俺にくれないか?」

 オーケンはそう言って今度はマーカスの方を向く。

「は? 師匠、俺はデミアス教に入るつもりはないですよ?」

 命を助けられた恩はあるが、それでもマーカスはデミアス教に入る気はしなかった。

 デミアス教は自由を謳いながらその自由を手に入れられるものは一部の強者だけだ。

 マーカスはそんなものに興味はない。

「んー、マーカス。おまえは確かにデミアス教徒の素質はあるんだがなぁ。まあ、それは二の次だよ。俺はこう見えて有名人なわけよ」

 オーケンはそう言って今度は必要以上におどけて見せた。

「悪名で。ですが」

 と、ダーウィック教授が釘を刺す。

「否定はしねぇーよ。だから、表立って動くとさ、色々とめんどくさいんだよ。それによー、魔術学院に入るたびに、こんなにボコボコにされたらたまったもんじゃねぇーんだよ?」

 そう言っているオーケンの怪我はもうほとんど治ってきている。

 あんなにボコボコになるまで腫れあがっていた顔も、既に腫れが引いてきている。折れていたはずの腕や足もいつの間にかにこの短時間で治っているように見える。

「それはおまえが挑んできたからだろう?」

 カリナが少し呆れたように反論する。

「要は使いとして、マーカス訓練生が欲しいと?」

 要点をまとめてポラリス学院長がそう言うと、オーケンはゆっくりと頷いた。

「ああ、俺がここを去るときは、どうするか、それは本人の意志に任せるよぉ、これは強制しない。誓うよぉ」

 と、半笑いで言ってきた。

 どうも信用できない。その場にいた全員がそう思う。

「で、その使いを使って何をしようと?」

 ポラリス学院長がオーケンの目的を確認する。

 それから判断しても遅くはない。が、おおよその見当は既についている。

「それそれ。俺はさぁ、今回は本当にサリーちゃんの件だけでここに来たんだよ、当初はな。でもよぉ、面白いもん見つけてしまった。なら、見ていたいだろう?」

「何が言いたい」

 と、ポラリス学院長はそう言うが、既にオーケンの視線はミアに釘付けとなっている。

 そもそも、このデミアス教の大神官は、世界の面白いことを見て回りたい、そう言って大神官の責務を全て投げ捨てて世界を放浪しているような男だ。

 そのような人間が、世界の節目となりうる人物、ミアのことをほっておくわけがない。

「そこのミアちゃんだよ。門の巫女、その候補者の」

「門の巫女だと……」

 その言葉に、カリナが驚く。そしてミアに目をやる。

「おーおー、やっぱり知ってるのか。でも、あんたは言えないんだろぅ? ひっついている精霊も表に突っ立ってる使い魔も護衛者って奴なんだろう? 俺は少しは知ってるぜぇ?」

 そう言ってオーケンはニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

「カリナ。言える範囲で」

 後ろにいるカリナに向かいポラリス学院長はやはり振り返らずに端的に聞く。

「何も…… ない」

 苦虫でもかみつぶしたような表情を見せてカリナは答える。

 そして、再びミアを見つめる。

 カリナは知っている。門の巫女と呼ばれる世界の鍵となる者達がどうなるのかを。

 だが、それを伝えることは許されていない。

「俺は直接手出しはしない。見てるだけでいい。それもサリーちゃんの式まででいい、どうだ?」

「ダーウィック教授」

 ポラリス学院長は少し考えた後、ダーウィック教授の名を上げる。

「はい」

 と、少し嫌そうにダーウィック教授は答える。

「旧知の仲であろう。あなたから見てどう思う」

「断るべきかと。オーケン大神官と関わって良いことは何一つありません」

 ダーウィック教授は即座に迷いなく答える。

 あの男とは関わるべきではない、それが唯一の正しい答えだ。ダーウィック教授はそのことをよく知っている。

「おぃおぃおぃ、ダーウィック、お前相変わらず酷い奴だなぁ、俺の方が偉いんだぞ?」

 そう言ってオーケンはその場から立ち上がった。足の骨は間違いなく折れていたはずだが既に完治しているようだ。

 もはや人間と言っていいものかもわからない。

「違うとでも?」

 と、ダーウィック教授は心外とばかりに聞き返す。

「へへっ、それは否定しねぇよ。俺はそう言う星の下に生まれた男だしなぁ。だからこそ、マーカスがいるんだよぉ。俺が直接動くと俺の意志に反して全て台無しにしてしまうからなぁ」

 そう言って、オーケンはバラバラに解けた髪の毛をまとめ、どこからか取り出した紐でそれらをまとめる。

「あなたは…… 神に…… 嫌われすぎ…… なんですよ……」

 サリー教授が呆れるようにそう言い放つが、それに対してオーケンは笑って反論する。

「サリーちゃん、それは違うぞ。俺は好かれすぎてんだよ、不幸の女神様にだけどなぁ」

 そう言った後、確認するようにオーケンは一人で頷いて見せる。

「それは比喩ではなく?」

 と、ポラリス学院長がそう聞くと、

「ああ、そうとも。歩く厄災だなんて言われているのは全部不幸の女神様のせいなのよ。俺は無関係だよぉ?」

 と、言う言葉が返ってきた。

 不幸の女神。そんな神が本当にいるかどうか判断はつかないが、ポラリス学院長が知っている知識だけでも、目の前の男は伝説じみた逸話をいくつも残している。

 そのどれもがろくな終わり方をしていない。関わった人間が皆不幸になるような話ばかりだ。

 ダーウィック教授が関わりたくない、と断言するのも頷けるほどだ。

 だが、ポラリス学院長もまた法の神の信徒である。

「そんな人間を、と言いたいところだが、私も法の神に仕える者だ。娘の結婚式に参加しに来た親を拒むことはできない」

 カリナが拒めなかったように、ポラリス学院長にもオーケンを拒むことはできない。

 法の神は何者に対しても中立であり、いくつかの法を残していっている。

 その中の一つに、子の結婚式に親が参加するのを正当な権利として法の神が認めているのだ。それは法の神の信徒として遵守しなければならない。

「だろぉ?」

 そう言ってオーケンはニィと意地の悪い笑みを浮かべる。

「だが、マーカスは学院の生徒ではなく、騎士隊の訓練生だ。そちらの交渉はガスタル隊長と後で話を付けてくれ」

 ポラリス学院長がそう言うと、ガスタル隊長は少し悩みはしたものの、すぐに答えを出す。

「知っている情報を話してくれて、マーカス君が得た情報を騎士隊にも流してくれるなら認めましょう。そして、それをもってマーカス君のしでかしたことへの贖罪とします。マーカス君が望めば騎士隊への復帰も認めましょう」

 マーカスがしでかしたことに対してはかなり寛大な処置だ。

 なにせ魔術学院に意図的ではないにせよ、外道種をおびき寄せるという結果を招き、冥界の神を怒らせ、冬山の王との因縁をより深いものとしてしまったのだ。

 もちろん学院に送られた物だが、精霊王の髪の毛という価値のはかれないほどの物のことも考慮されてのことだろう。

 あれがあれば、冥界の神のお怒りも落ちついていただけるはずだ。

 それもあるのだが、ガスタル隊長の耳には既に、エリックがあまり使いものにならないと報告を受けている所も大きい。

 ミアを監視するという意味合いでは、マーカスは中々ぴったりな人材ではある気がする。

「ふむ。俺もミアちゃん係の仲間入りってことですか? まあ、いいですけど」

 と、マーカスもそう答える反面、既に騎士隊に戻る、という言葉に魅力をあまり感じてはいない。

 ただミアを見張ると言うだけで、自分がしでかしたことをおとがめなしにしてくれるというのであれば、喜んでやるつもりだ。

 それが贖罪になるとはマーカスには思えないが。

 ガスタル隊長とマーカスの様子を見てポラリス学院長が口を開く。

「デミアス教大神官殿。概ねあなたの申し出は叶ったと思うのだが」

 そう言って、生きる伝説ともいえる人物が口を開くのを待つ。

「あいあいっと。まあ、俺もそれほど詳しくは知ってはないんだがな。知ってるかい? 門と言われる存在を。中央にも一つあって神の一柱が守ってるだろう?」

 それは確かにある。

 中央の王都から少し離れた位置に古来からある寺院。もはやだれが立てたのかもわからないほど古い寺院。

 そこには門の神と呼ばれる神が常にいて、巨大な門を守っている。

 その門がなんなのか。あまり知られてはいない。ただ神が守る門として信仰の対象にはなっている。

 そのような門がこの世界には十三対あると言われているが、その所在が明らかになっているのは七対だけだ。

 神々の世界に繋がっている。別の世界へつながっている。外の世界へ繋がっている。いろんな説があるが明確な答えはない。

 それらの門のことを神に聞いても答えが返ってくることはないのだという。

「デミアス教の十三名の大神官、その数の元となった世界にあるという十三の門の話ですか」

 ダーウィック教授が興味深そうに口を開いた。

 ただ情報源が情報源なので信じてはいない。ダーウィック教授はカリナの表情の変化を少しも見逃さないように凝視する。

 オーケンの言葉よりもカリナの表情の変化の方が信憑性があるとダーウィック教授が考えているからだ。

 それがわかっているカリナも表情一つ変えない。 

「そう、この世界とは違う世界に繋がっているという、虫共や竜共が入り込んできた門だ。この世界の外に繋がってるとも言われてるな。真相は俺も知らねぇ。ただ、門の巫女って奴はな、それを完全に閉じて完全な世界にするための存在って話だぜ。俺も又聞きなんで嘘でも許してくれよな? まあ、つまり、そこのミアって言うのは、世界を完成させるための門の巫女、その最初の一人目の候補ってことさ」

 そう言ってオーケンは振り返り、ミアを見る。

 ミアは少し驚いた表情をしているだけで、特段変化といった物が見受けられない。

 なんなら、既に納得しているような表情すらうかがえる。

 ミアのその反応にオーケンは満足でもしたのか、話を続ける。

「少なくとも今まで、上位種連中が認めるような門の巫女なんて存在は誰もいねぇ。そんな存在を上位種どころか破壊神すら認めているって話じゃねーかよ。この停滞していた世界が再び動き始めた、歴史的瞬間ってことだよぉ、そりゃさぁ、俺じゃなくても気になるよなぁ?」

 そう言ってにやけながらオーケンはミアを見る。

 ただオーケンのミアへの評価は得体が知れない、だ。確かに人間なのだろうが、どこかおかしい。違和感とねじれをミアから感じる。

 神に選ばれるような娘だけあって、普通の人間とは何か違う。

 だからこそ、オーケンはミアの行く末を見ていたいと思うし、自分が関わって台無しにしたくない、と考えている。

 退屈して久しかったこの世界の特異点とも言うべき巫女だ。

 自分が関わらずとも面白そうだし、自分が関わって台無しにしてしまったら興ざめもいいところだ。

 だからオーケンには間接的に観測するためのマーカスが必要だ。

「護衛者って言うのはその巫女を守る者達ということか。なるほどのぉ。確かに上位種にとっても名誉な話なのかもしれないのぉ、特に世界の理を管理する精霊にとっては重要な御役目なのじゃろうのぉ」

 ウオールド教授もオーケンの言葉を全面的に信じてはいないが、一応は理解を示す。精霊が怒りを捨てる理由にも、精霊の性質を考えれば十分に妥当なものだ。

「デミアス教大神官殿。情報提供感謝します」

 ポラリス学院長はオーケンが嘘をついているとは考えていない。ただし情報のすべてが正しいとも思ってはいない。

 だが、概それで間違いはない話なのだろうというのを感じている。

「オーケンだ。オーケン・アズメイルだ。オーケンって気軽に呼んでくれていいぜ。大神官って呼ぶのは辞めてくれ。性に合わないんだ」

 オーケンがそう名乗るが、ポラリス学院長はそれに反応することはない。

 やはり振り返らずにカリナに話しかける。

「カリナ。ミア君に対して我々が何かできることは?」

「ない。また人間が手出しすることではない。それにまだただの候補だ。人であるならば人として接してやれ。今言えるのはこれだけだ」

 カリナはそう言葉を返した。

 門の巫女が最終的にどうなるのか。カリナはそのことを知っている。知っているのだが、それを伝えることはできない。

「わかった。特別視しないほうが良いわけだな。ミア君の待遇は今まで通り通常の生徒と変わらない対応を。ふむ、となると、次はミア君の使った巨人の火だが……」

 そう言って、ここで始めてポラリス学院長はカリナの方を向く。

 以前ならミアに対して色々聞かなければならないことがあったのだが、それが祟り神と思しき神の巫女から、門の守護神の巫女ともなれば話がまた違う。

 門の守護神は、法の神が名のある神々に直接頼んでその門を守ってもらっている。

 ならば、すべて織り込み済みという事なのだ。

 カリナが許されたように、ロロカカ神の御使いとなった者も許されているのだろう。

 ただ門の守護神というのは後天的なものであり、ロロカカ神が本来何の神なのかは、未だにわからないままだ。

「ロロカカ神が門の守護神というならば納得だ。ならば問題はない。今言えることは、これ以上ない」

 そう言ってカリナはその言葉だけで口を噤んだ。

 本当なら同胞のことを少しでも情報を得たいのだが、それは望みすぎという物だ。カリナは自分が許され生かされたことに感謝している。

「カリナ。ついでで申し訳ないが、ミア君が扱い切れるようになるまでミア君に憑いている精霊のことを頼んでも?」

「護衛者であるならば、あの精霊もそれほど危険はない。が、あの精霊も戸惑いはしている。後で話を付けておこう」

 まず問題はない。ミアについている精霊は確かに強大な力を持った精霊ではあるが、理の分別はつく程には成長している。

 ミアを守るためにこの学院をも破壊するようなことはあるかもしれないが、魔術学院と門の巫女ではこの世界に対しての重要性が違う。

 門の巫女の為であるならば、それは必要なことだとその護衛者が判断すれば、それはこの世界にとって必要なことだ。だから問題はない。

 いかなる犠牲を払っても門の巫女はそのお役目を全うするまで、この世界のためにも守り通さなければならない。

 そのために周りの者がいくら死のうが問題はない。カリナはそう判断する。

 ただ、問題はないが、それではミアが間違いなく孤立してしまう。それは避けたほうが良いだろう。

 ミアは神に言われ、この魔術学院に学びに来ているのだから。

 それらのことを精霊に言い聞かせれば、精霊もむやみに人を巻き込むようなことはしなくなるだろう。

 ミアは門の巫女となるためにここに学びに来ているのだから、精霊もそれを邪魔するようなことはしない。それが理解できれば、あの精霊も無暗に人を巻き込むこともない。

 使い魔になった古老樹の方はより安全だ。破壊神ではあるが神に良く言い聞かされている。人の理に必要以上に干渉は元からしないはずだ。

 なんなら精霊の制御もあの使い魔の古老樹に手伝わしておけば間違いはないとカリナは考えている。

 今の状態でもカリナ的にはそれほど問題ないように思えるが、一応話だけはしておいてもいいだろう。

 杖の問題はあるが、それも世界の節目を担う人間の手にあるのならば、それは必然でもあるのだろう。

「助かる。しかし、一気に解決したな。どちらにせよ、我々には見守るほかないというわけだ。神々と上位種の意志に従うほかない。となると最後に残るのが虫種の話くらいか。朽木様の話では最近精霊の領域でも増えているとの話だな?」

 確かに危険な虫種ではあるが、世界の行く末に関わるような話と比べればどうと言うことのない話だ。

「はい、そう…… 言って…… おられました……」

 サリー教授が思い出すように答える。

「虫ねぇ」

 何か思いあたりがあるのかオーケンは思わせぶりな表情を浮かべる。

「その件も何か知っているのかな」

 ポラリス学院長がそう聞くと、

「いや、流石に知らねぇなぁ……」

 とオーケンから返事が返ってきた。

 だが、その代わりにとばかりに、マーカスが口を開く。

「山籠もりしていた時も、あのクマカブリですか? あれ一匹だけで、他には見ませんでしたよ」

 マーカスの話では学院の近くの山に潜み一ヶ月は暮らしていたとのことだ。

 そこで見かけないとなると、今回見かけたような危険な虫種はこの辺りではなく精霊の領域の付近で生息しているのかもしれない。

 ついでに、虫種は別の世界から来た生物のため、この世界の自然を管理している精霊からすると邪魔者でしかない。

 多少いるのであれば、精霊達も気には止めないが、自然の営みを破壊しかねないほど増えだすと精霊達からも駆除対象として見られることもある。

 その虫種の駆逐のためなら精霊達も精霊の領域での山狩りも認めてくれることだろう。

「しかし、よりにもよってクマカブリとな。大発生しかねない虫種じゃし、一匹だけという事はないのだろうのぉ。問題は侵入経路じゃの。どうやってこの辺りまで入り込んだんじゃ?」

 ウオールド教授が呑気そうに髭を触りながら話を振る。

「場所が精霊の領域ならば、そのあたりも精霊王と朽木様のご助力をいただけるのでは?」

 カール教授が提案する。

 特に古老樹である朽木様は虫種のことを好ましく思ってないし、精霊にとっても邪魔者なので協力はしてくれるのは間違いない。

「騎士隊のほうで、訓練生も含めての大規模な山狩りをするしかないですね。ちょうどもうすぐ試験の時期でもありますし、今年の実務試験にでも取り入れましょうか。人手は訓練生でも欲しいですし」

 クマカブリという虫種も厄介だが、本来はこの世界の北の寒い地方にいるはずの虫種だ。

 そして、クマカブリ自体、大移動するような種類の虫種ではない。何か別の虫種にくっついて移動してきた可能性もある。

 他の危険な、それこそ竜達に助力を頼まなければいけないほど大繁殖するような虫種でも紛れ込んでいたら大問題である。

「まあ、世界の行く末がどうのという話よりは、悩まないで済む話じゃのぉ」

 ウオールド教授は呑気にそんなことを誰に言うでもなく呟く。

 ただ危険なのは大型の虫種のものが多いので早い段階で山狩りすれば大体解決できる問題ではある。

 古老樹や精霊の助けも借りられるのであれば解決することはそれほど難しくはない。

「ガスタル隊長。助かります。カール教授もそちらの方よろしく頼みます。上位種との連携ができればたいした問題にはなるまい。それとミア君」

「は、はい」

 急に呼ばれてミアは慌てて返事をする。

 ミアも自分が世界に関わるような巫女であると言われて、思うところがあり考え込んでいた。

 ロロカカ神は確かに素晴らしい神様だから、世界に関わるようなことは当たり前のことだ。

 だけど、自分がそんな大役を任せられるような人間か、と言われると、やはりミアは答えることができない。

 もちろん、ロロカカ神がそう望んでいるのであれば、全身全霊をもってやる気ではある。それは変わらないのだが、ミア自身は自分に自信がない。

 ロロカカ神の期待に応えられるか不安で仕方がない。

「疲れているところ申し訳ないが、後でにはなるがカリナの方から個人的に話があると思う、よろしいかな?」

「は、はい。もちろんです。でも……」

「でも?」

 ミアはなぜ自分が、「でも」と言ってしまったかわからない。それに続く言葉も今は口から出てこない。

 言葉は続かない。

 なので、焦りからか頭に浮かんできたことを口にする。

「ダーウィック教授の奥さんだったんですね、知りませんでした。あとサリー教授のことも」

 とっさのことでミアも自分が何を口走っているかよくわからない。

 ミアはダーウィック教授とサリー教授を見るが、ダーウィック教授は顔色一つ変えない、いつもの仏頂面をしている。

 サリー教授は何とも言えない少し困った表情を浮かべていた。

「それらのことは余り口外しないように。サリー教授とフーベルト教授の婚約の件は大いに広めてくれても構わない」

 と、ポラリス学院長はニコリと笑い冗談のようにそう言った。

「はい、わかりました。すいません」

 ミアはとりあえず謝った。

 結局本当は何が言いたかったのか、自分自身わかっていない。

「ああ、それと…… 各教授から杖や精霊、使い魔について聞かれると思うが、それらが拒否しない限り応じてやってくれ」

「わかりました」

 それらはミアからしてもありがたい。

 自分に不相応な物ばかりだ。どんな効果があるのか、それを使えばどうなるのか、それすら今のミアにはわかっていない。

 カール教授の話では、今は落ち着いているが自分の体にまとわりついている精霊は本来大変危険な物だという。

 それはそうだろう、とミアも思う。なにせミアの目から見れば鬼のように強いスティフィとその仲間たちが手も足も出なかったような存在なのだ。

 それが今は自分を守るためにまとわりついている。

 ありがたい話だが、その精霊を配下にしたことを話して以来スティフィが前ほど近寄らなくなったし、夜一緒に寝てくれることもなくなった。

 そのあたりは少し寂しいとミアも思うが、スティフィの心境を考えれば当たり前の事だろう。

 なんにせよ、精霊やら杖やら使い魔のことを詳しく知れることはミアにとってもありがたいことだ。

「ありがとう。学院側でも君のことを通常の生徒と同様にではあるが、守るように動くとしよう。世界が動き出すための巫女か。確かに人が手を出すべき問題ではないな。しかし、合点がいった。神が態々このシュトゥルムルン魔術学院を指定した意味がな」

 そう言って、ポラリス学院長は後ろを振り返り、カリナと目を合わす。

 その視線を受けてカリナは怪訝そうな表情を浮かべ、

「私がいるからではないぞ」

 とだけ答えた。

「それこそ神のみぞ知る話ではないか」

 ポラリス学院長はそう言って笑った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る