第10話 アジサイ・レッスン (2)
「どうして?いいじゃん、ほんとにキスしてるわけないし。」
ニコニコ笑いながら彼女は言った。
「あのね、もうほんとにはキスなんかできないんですよ。オレ。」
私は作業をしながら、彼女にすべてを告白した。高校3年生の時にあったユキナとの出来事、周りの女子の激しい追及、そして破局。
するとヒキマユは言った。
「で、そのカノジョさんは今どうしていらっしゃるんですか?」
「高校の同級生に聞いた話では、彼女は地元の公立大学に行って、とってもいいカレシができたみたいなんだ。彼女はとってもいいコだったから、オレも嬉しいよ。」
「じゃぁ、あたしがユキナさんなら、どう考えるかなぁ。そんなに性格の良いコなら、きっとコーサカさんが大学で良いカノジョを見つけて欲しいなって望んでると思うけどな。」
「え、どういうこと、オレ、ユキナを裏切っているんだぜ。」
「でも、それってコーサカさんが浮気したわけじゃないし、ユキナってコはきっと恨んでないと思いますよ。」
「どうして、オレひどいこと言って、で、ユキナが泣いて・・・・」
「でもコーサカさんは、実際ユキナさんが泣いてるとこを見たわけじゃないでしょ。」
「それはそうだけど、周りの女子が真剣にそう言ってたから。」
「で、もしも泣いてたとしても、それは別の理由かもしれない。」
「それ、どゆこと?」
「だって、コーサカさんとユキナさんはとってもラブラブだったんでしょ。ユキナさんはきっと、どうしてコーサカさんに自分の言い訳をしなかったんだろって、後悔しているはずよ。」
「それはあなたの感想でしょう。」
私は誰かのものまねで言った。
「そうじゃないって。きっとあたしなら言い返すと思うのね。もしあたしが男の子と2人きりでいて、それが浮気じゃなくてたまたまだったら、あれは浮気じゃない、信じてって。」
私の手が一瞬止まった。ユキナとヒキマユの人格がダブって見えたからだ。両方とも一途で純真なロマンチック乙女。それはまるでユキナ本人から言われているかのようだった。
「そうかもね。でももう破局しちゃったから何もかも終わっちゃったんだよ。オレはもう恋愛なんか金輪際したくない。今でもちょっとショックでさ。」
ヒキマユは黙って私の目をじっと見つめた。それは何かを訴えようとするかのようだった。私は視線を外し、紫陽花の枝や葉を払って、ペットボトルに切り込みを入れ始めた。
「こうしてさ、ボトルに切り込みを入れて、あちこちを折り曲げると、ここにお花の端を挿すことができるだろう。あ、それから、これじゃぁペットボトルか浮き上がってくるから、何か重しになるものない?」
私がそう言うと、彼女は白い小さな石ころをいくつか持ってきた。
「これ、コータと離島に行った時、ビーチで拾ったの。使っていいよ。」
私はその小石をペットボトルの底に置いて固定した。次に私は水の入った鉢のやや左前方にその俄かづくりの花留めを移動した。そして大きな紫陽花を手で持った。
「絵画で言うとね、中心のモチーフになるのが、真、これが主人公さ。」
私はそれを花留めに挿してやや左のほうに倒した。
「今日はね、右の方にガラス瓶があるから、こちらの空間を避けて、左の方に全体を流して生けよう。」
彼女は興味津々そうな瞳を輝かせてうなずいた。
「あたし、高校の時美術部だったから、それわかる。お花の絵とか油彩で描いてたんだよ。」
「へえ、凄いじゃん。オレ水彩は描くけど、油彩はしたことないから。」
「県展で特選もらったこともあるんだよ。」
私は、彼女がエプロンをつけて、イーゼルに向かっているところを想像した。
「でね、次に長いのが副え、て言うんだ。これを左の方へ流そう。これは真を引き立てる役割をするものだから、小ぶりで派手でないもの。そして一番短くて、小さいのが控え。絵で言うと、ワンポイントとか入れるでしょ。」
「うんわかるよ。」
「そして周りにこうやって葉っぱとかついている短い茎を盛り付けて自然に見せるんだ、背景だよね。」
全てが出来上がった時、ヒキマユの目はいっそう輝きを増していた。
「素敵、コーサカさん、とっても素敵。」
「じゃぁ、部屋へ行ってリスニングの勉強を始めようか。」
その時だった。彼女は、私に突然近寄り、急に私を強くハグした。
「コーサカさん。片思いでいいから好きって言わせて。好き、大好き。
もう片思いだけでもいいの。」
つづく
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著者 山谷灘尾
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