第7話 キケンな家庭教師案件
「本当は女好きでドスケベなくせに、そうやって一途なんだから、世話ねーよ、ったく。」
コータはブラックコーヒーをさも苦そうに一気飲みした。そして私に向かってある提案をした。
「じゃぁ、マユリンと付き合わなくてもいいからさ、あいつに勉強教えてやってくれね?」
「どゆこと?」
「あいつさぁ、お前も知ってのとおり、オレのせいで成績ガタ落ちなんだよな。もともとこの大学もそんなに余裕で合格してないって言ってたからな。
でも英語とか好きで英文科入ったんだよ。でもクラスには高校時代に留学経験あるやつとか、帰国子女とかいっぱいいてさ、もういっぱいいっぱいになっちゃってるんだよな。
シンちゃん高校ん時、アメリカ留学一年してるだろ。進学塾じゃあ生徒から「受験英語の神様」って言われてるそうじゃん。イイよな、JK相手によ。その上国語もチョーできるじゃん。あいつに勉強教えてやってよ。」
全く意外な展開だった。付き合ってるはずの相手の男から、女の子に対して家庭教師を頼まれるなんて…。
「家庭教師って、どこかカフェとか、大学の空き教室で教えてあげたらいいよね。」
「ちょっとさあ、考えてみろよ。お前勉強できるけれど、そーゆーこと、ほんとダメダメだし。」「え、どゆこと?」
「だってマユリンだぜ、英文科とウチの学部じゃあもう有名人だろ。」
「そーか、一緒にいると目立つよな。」
「てかさ、オレのカノジョって他の奴らは思ってるのに、シンちゃんがその辺で勉強教えてると、またあいつの評判にケチがつくぜ。二股かけてるヒキマユってさ。」
「じゃぁ、どうすりゃいいわけ?」
「だからさぁ、夕方ぐらいにマユリンの部屋でやってくれるといいわけよ。」
「え、オレ、女の子の部屋で二人っきりで?」
「そゆこと。」
「いや、ちょっと待ってよ。それは困るよ。」
「なんで?」
「いや、だってさー、ふたりきりで、女の子の部屋でってさあ。」
「あ、あ、やっぱりシンちゃん、期待してんだ。いいよ、ヤっちゃっても。」
「えーそれって、セクハラ以上、下手すりゃ暴行じゃん。」
「マユリン、シンちゃんなら許すと思うな。経験2桁のコータが言うんだから、間違いは無い。マユリン、シンちゃん、大好きだよ。」
「やだよオレ、恋愛はもうしないって…。」
「いい加減、そーゆー無駄な抵抗はやめろよ。素直になりなよ。」
「だ、だって。向こうにも選択の自由があるだろ。」
「だから言ってるだろ。マユリン、シンちゃんのことオレより好きかも。いっつもシンちゃんのこと尋ねてくるしよ。もー、オレ腹も立たねえよ。くれてやるわ。あ、それともしんちゃんオトコとして自信ないか?」
「何言ってんだよ、それは…。」
「まぁ、その点は大丈夫だよな。シンちゃんも一応ってか、スゴイ経験で童貞卒業してるし。留学中、ホストシスターのブロンド娘、童貞卒業がそいつってお前、幸せよな。オレ以上性欲の塊じゃん。去年は下宿近くの人妻と遊びでズコズコやってたし。あれは恋愛じゃなくて、セフレっしょ。
旦那が単身赴任で欲求不満解消って、そりゃたまんねえよ、経験しまくりの三十路女、イイよなあ。なんか一緒に酒飲んだ時に言ってたよな、射精のタイミングで女がイケずに、大きい道具でシンちゃんが相手をイカせたってよ、アッハハ、二桁のオレもそんなエロい経験はねえよ、面白ええ、ったくよ。ヤリテエエーーーっ。」
「こんなとこで大きい声でロクでもない話するなよ。」
「まぁいいじゃん、人生成り行きで。それか、家庭教師の前に一発AVでヌいてから行くとかな。」
「あ、それいただき、さすがコータっしょ。」
「じゃ、そういうことで、オレがマユリンにLINE入れといてやるからさ。明日どう?」
「ええ、そんな急に?」
「明日、塾の先生か?イタメシ屋のバイト?」
「明日は空いてるよ、確かに。」
「じゃぁ明日、講義の後、5時ってことで。アパートはLINEで地図今シンちゃんに送ったから、303号室な。」
夜、自分の部屋でベッドに仰向けになると、なぜかワクワクして鼓動の高まる自分を抑えることができなかった。ヒキマユの太陽みたいに明るい笑顔が眼前に広がって、思わず胸に手を当て、鼓動の高まりを確認した。
でも同時に、高校時代の悪夢が蘇ってきて、もうひとりのシビアな自分が恋愛禁止という決意のいかに弱いかということを指摘する。そいつが弱い自分の頬をひっぱたく。アンビバレンスの中で次の日を迎え、朝から講義に集中できなかった。
「現代美術史」の授業では質問をうわの空で聞いていて、答えに窮した。
「コウサカくんらしくないなぁ。今日はどうしちゃったの?コンセプチュアルアートの歴史を切り拓いたのはマルセル・デュシャンでしょ。テキストの56ページ見て。」
坂本龍一氏のようなオシャレで知的な教授にたしなめられた。午後の講義も上の空で終わり、英語のテキストを数冊持って学生街のアパートにたどり着き、303号室のチャイムを押した。
心臓がバクバク、音まで聞こえそうだった。
つづく
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