第6話  「恋愛禁止条例」

 「マユリンが好きなら、譲ってやってもいいぜ。どうせあいつとは遊びだか ら。」

「どういうことなの?だってコータはヒキマユとお泊まりも行っているだろ。」

「だってさ、こないだ学校休んで離島に連れて行っただろ。」

「お前、あのコをそうやって連れ回すから…、」


 2年生になって暫くした頃から、ヒキマユはコータの言いなりになって外出することが多くなった。成績が底辺をうろついていたコータに引きずられ、ヒキマユの成績も急降下したのだ。今回のカンニングに至る遠因も、そんな事実が背後にあるらしかった。


「あいつさぁ、ホテルで夜にオレとベッドに寝ないで、ソファーに寝やがるんだよ。ついにイッパツもやれなかったぜ。オレさあ、三日間もオナ禁して、ギンギンになってたのにさ。しゃあないからトイレでヌイたけどよ。」


 私は思った。それを強引に押し切ってイッパツやらないコータもさすがだ。そんなに優しいから女にモテるんだ。しかし、コータの誘いを拒否するって、神のような所業だと私は思った。いや、きっと神に違いない。コータにヤらせないで、トイレでヌかせるなんざ、神業でしかない。


「ヒキマユさぁ、ひょっとしてバージンなの?」と私は尋ねた。


「いや、なんでも高校の時、バージンを捨てた相手を裏切ったみたいなことがあって、それから体を許すような深い恋愛はしないと固く心に決めているらしいんだよ。」


 私はハッとした。それでは自分とよく似た境遇ではないか。私はコータに告白し始めた。


 「実はオレも似たような経験があるんだ。高校3年の時、付き合っていた相手がいたんだよ。エッチまでは行っていないけれど、彼女の部屋で抱き合ってキスするくらいの関係だった。誕生日や「交際開始記念日」には、お互いプレゼントを贈り合うようないい関係だった。


 ところがある日、彼女はチャラ男で有名だったサッカー部の同級生とハンバーガー屋にふたりきりでいたんだよ。オレはてっきり浮気をしていると勘違いしていた。実際はそいつの強引な誘いを巧妙に躱そうと、ハンバーガーを半分ずつに割って、相手に渡していたんだよ。オレはまだ女性経験も乏しく、純情そのものだったんだ。


 烈火のごとく怒って、次の朝教室の廊下で彼女に叫んでいた。


「この尻軽女!お前とはもう絶交だ。」ってね。


 昼休みになって、彼女の友人数人がオレを取り囲んだ。そして厳しく責め立てたんだ。


「あんた、ユキナにひどいこと言ったんだって。」

「 一体、何様のつもりなんだよ。」

「ユキナはずっとずっと泣いているんだよ、どーーすんだよお。」

「あんないいコに言うことじゃねえだろ、サイテーだな、シン。」

「あのクソリョータの誘いを必死に躱して、テメーの助けを待ってたのに

 これかよ。お前はリョータ以下のクズヤローだよ。」


 オレは腕組みをした女子たちの怒りを全身に受けて、やっと気づいたんだ。ユキナがオレを裏切っていなかったっていうことを。でももう遅かった。ユキナに出会って謝るどころか、彼女と顔を合わせることも憚られるような雰囲気だった。


 その時決意したんだ。オレには真剣な恋愛なんかする資格はない。彼女をひどく傷つけた罰は受けなければいけないってさ。でも後でよく考えてみると、ユキナに直接会って気持ちを確かめたわけではないんだよな。だから今のこのオレの

態度に自信も持てなくってさ。


 四面楚歌って言う諺知ってるだろう。中国の秦が滅亡後、劉邦が率いる漢と項羽が率いる楚が天下を争ったんだ。垓下の城に立てこもった項羽は漢軍に包囲されていたんだ。すると、包囲している漢軍のあちこちから故郷、楚の歌が聞こえてきたんだよ。項羽は敵軍である漢軍の中に、楚の兵が大勢いると思い、戦意を挫かれてしまった。ところが、これは漢の軍師、張良の作戦だったんだ。


 自軍に大声を張り上げさせて楚の歌を歌わせ、楚の戦意を喪失させたんだよ。項羽の思いは史記に曰く、


「何ぞ楚人そひとの多き也。」ってな。


 本当はオレは女子たちに気圧されずにユキナ本人に土下座してでも詫びるべきだったんだ。でもそのタイミングを失ってしまって、もう恋愛禁止条例施行しかないって思い至ったんだよ。」


つづく









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