第5話 「否定できない恋愛感情」


 「英語表現II」の考査を終えて、私はコータとよく出会う学校正門近くのオープンカフェに行った。幸か不幸か、ヒキマユはいなかった。コータは、オープンテラス席に座っていた。そして漫画雑誌のグラビアアイドルを凝視していた。


「よお。」私が声をかけると、コータはゆっくりと顔を上げた。


「今日はライブ出演ないの?」

「うん今日はないよ。部屋帰って寝るわ。」


 コータも試験で疲れているのかと私は思った。とにかく私とコータは気兼ねなく心の底を打ち明けられる関係だった。この大学において唯一無二の親友と言っていい。


  なんせ、1週間における自慰の回数とオカズの内容まで告白し合える仲だ。

 コータが使用していない例の「TENX 」ーーー不思議な形の赤い道具ーーーも譲ってもらったりしている。


「え、シンちゃんは今日はお花のレッスンとかないの?」

「あ、あれ、今日じゃなくて土曜日の午後さ。」


 私は花道の師範で、東京に教室を持っていた。関東のとある地方にある大きな花屋のひとり息子として生まれた私は祖母に連れられて、幼い頃より花道と書道の稽古をさせられた。


 「させられた。」と言っては語弊がある。私は稽古事がとても好きな性格なのだ。物事を習慣化し、上達することにかけて幼い頃より人よりうまくいく方だった。


 孔子も論語の中でこう言っている。


「学んで時に之を習ふ、亦説こばし(よろこばし)からずや」、と。

「学ぶ」とは先生について知識を得ることであり、「習ふ」というのはそれに基づいて練習し、上手くなるということである。


 そういうわけでギターやピアノも人並みに弾けるようになった。書道も師範を取得した。暇さえあれば何かを練習していられるのだ。


 祖母は花道の三大流派と言われる草月流の師範であり、私は見よう見真似で幼い頃より花を生けた。そのうち教室に通うようになり、祖母より上級に位置する師範資格を持つ師匠に師事するようになった。


 草月流は自由な作風で、初代で創始者の勅使川原蒼風師は書や絵画におけるアーティストとしても高名な方である。立花においても通常の水盤だけではなく、鉄のオブジェを使ったり、イサム・ノグチの前衛的な立体作品に生けたりして、欧米でもよく知られている。フランスの芸術最高賞、レジオン・ドヌール賞にも輝いた方なのだ。


 絵も好きでアートに興味のあった私はメキメキと腕を上げた。毎週練習を欠かさず、高校3年生で一級師範証を獲得した。私が東京の大学を選んだのも、毎週末に東京の教室で教えるためもあった。


 童顔だった私は、思春期を迎えても、お花の教室に行くと「女の子みたい」と女性の方々からもてはやされ、可愛がってもらえた。稽古中は集中力を要し、花の作品構成しか頭になかったが、稽古時間が終わると美しい女性たちに心を奪われた。花道や書道は人より好きだったが、性に目覚めてからは女性も人一倍好きだということがよくわかった。


 高校に入ってからもジムなどに通い、トレーニングを欠かさなかったおかげで細マッチョだった私は、お稽古後に「モテるでしょう、カワイイわねえ。」と年上のお姉さんからチヤホヤされて、余計にスケベ心が燃え盛った。

 

コータと仲良くなったも、女性経験が羨ましいということがあったからだ。もう一つはお互いギターの演奏ができて、音楽の趣味もよく似ていたからだ。大学では軽音楽部に入り、都内で異なるライブハウスのオーディションを受け、サークルやバイトのスケジュールを調整して出演していた。


「あのさぁ、マユリン、寂しがっていたぜ。なんかコーサカさんに嫌われたっぽいって。」

「え、だって、ヒキマユはコータのカノジョでしょ。」

「あーオレ、オレはあいつとは遊びだし。」


「えー、あんなカワユイコと遊びって、おまえ、何っ、それ。」

「あ、シンちゃん、おメエ、やっぱ、あいつに惚れてんな。マユリンに。」

「い、いや、そんなコトないさ。」


 私は思わず自分の顔が火照って真っ赤になるのを覚えた。


「シンちゃん、正直だしなぁ、このスケベ野郎。」

「お前に言われたかあねえよ、ったく。」

「だってお前、このグラビアマジ見してんじゃん。それもオッパイのとこばっか。」


2桁の女性経験を持つコータの観察力は確かだった。


つづく

 

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