第4話 「 丁々発止 」
お互いの食事が黙々と終わり、私が冷水を飲んでいるとヒキマユは尋ねた。
「ねぇ、コーヒー飲みません?」
私は一瞬嘘をつかれ、次の展開を考えた。ここで拒絶するとやはり劣等な感情を入れたことになる。次に受ける試験までまだゆうに1時間はあるのだ。私はとりあえず頷いた。
「私、今日のことでコウサカさんに何かお詫びをしたくて、コーヒー一杯だけでも私に支払わさせてください。」
来たきた、これがヒキマユの誘惑戦術における骨頂だ、と私は心の中でほくそ笑んだ。しかし考えてみれば妙なことだった。今までヒキマユがこの大学で、コータ以外に異性とコーヒーを飲みたいなどと言ったことは聞いたことがない。私は一方ではあらぬ期待をし、一方ではそれを激しく拒否する本能と理性の葛藤を感じ始めていた。
コーヒーを注文しに行くと、しばらくしてヒキマユはトレイの上にブラックのホットコーヒー2杯とスティックシュガーやミルクの小瓶を載せて戻ってきた。
「あ、オレ、ブラックで飲むから。」と私はぶっきらぼうに言った。
「私もです。」ヒキマユは笑った。
周囲を見渡すと、見知りの男子が二人遠くで指差して私たちについて何か言及している。
「ヤバい!」
と私は改めて思った。どんな噂が立ち、どんなトークがSNS上で繰り広げられるのだろうか。私がまず危機を感じたのは、コータとの関係だった。私が周囲を気にしてあちこちを見渡していると、彼女は言った。
「大丈夫ですよ、コータのことでしょ。彼にはちゃんとメッセージを送ったから。コウサカさんにコーヒーでお詫びするって。」
彼女が自分の想像より賢明なことに驚いていた。
「で、コータはどう言ってきたの?」
「『いいよ、あいついい奴だからちゃんと詫びとくんだよ。』って。」彼女はスマホを見せてくれた。ハートがいっぱいついたタイムラインには、親指マークとともに同じ言葉が書かれていた。私はほっとして少し微笑んだ。
「コウサカさんの笑顔って素敵ですね。」
「いや、これは自分の立場に安心感を覚えただけですよ。」
私はあくまで「です、ます」調で、相手との距離を取ろうとしていた。
「ねぇ、LINE交換しません?」
「個人情報なんで、それはちょっと。」
私は即座に拒絶した。ヒキマユの誘いに拒絶する英雄的行為に心の中でガッツポーズを決めて、私は少し自分に酔っていた。それは欲望に忠実なもうひとりのゲス野郎の自分にストレートパンチを強烈に浴びせた思いだった。
「ざまぁみろ、女好きスケベ野郎!」
私は心の中で快哉を叫んでいた。リングの隅に倒れたもうひとりの自分は明らかに泣いていた。
「泣くな、このゲス野郎!」
私はなおも心の中で、高らかに叫んだ。
「私のこと、嫌いですか?」彼女は少し声を落としていった。
「いや、好き嫌いの問題じゃなくて、今まで縁もゆかりもなかったあなたと、別にこれから友達になりたいわけじゃない。」
「それって、嫌いということじゃ?」
「いいえ、違います。これでもうテスト関するトラブルは終わったということでしょ。お互いすべてをチャラにして以前の白紙に戻りましょう。それではダメですか?」
「いや、ダメというんじゃないけど、私コウサカさんが…、」
「え、私が何なのですか?」
「コウサカさんとお友達になりたくて。」
「あなたにはコータがいるじゃないですか。あの人優しいから相手にしてもらってくださいよ。じゃあ。」
私は飲み終わったカップをトレーに戻し、彼女の飲み終わったカップと一緒にして立ち上がった。
「これで全て終わりです。さようなら。」
すべてを断ち切るように、食器の返却口に歩いて行った。
「振り返るな!」
私はもうひとりの自分に罵声を浴びせた。
つづく
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