第2話 ヒキマユビーム
「ヒキマユ」と言う名前には聞き覚えがあった。私の友人たちや周囲の学生の間で「魔性の女」と噂されていたからだ。私の在籍する国際関係学部とヒキマユがいる文学部英文科は学問領域が近接している。1、2年生で選択すべき一般教養科目が重複していることが多いのだ。例えば今回彼女がカンニングで処分された言語学や、外国語科目等はそれに該当している。中国語の授業でも彼女を見かけたことがあった。
いつもファッション雑誌から飛び出してきたような流行のアイテムを身に付け、学生たちを魅了していた。SNSには#付で彼女についての様々なよくない噂が散乱していた。「魔性の女」、「超イケイケ」、「ヤリ番(ヤリマンと番長のミックスワード、造語)」。中でも、彼女が一撃で男を射殺すと言われる視線は「ヒキマユビーム」と名付けられ、男子学生にとって格好のトピックとなっている。
彼女のもとには私が知るだけでも、5人の学生が次々にアタックし、惨敗した。それはまるで難攻不落と言われた戦国時代の美濃国斎藤道三が築いた稲葉山城が如き堅牢さだった。悪ふざけで来るものもいたが、ある2年生は熱烈に彼女に恋い焦がれ、花束も掲げてアタックしたのに、わずか5秒で拒絶されたという。彼は1週間アパートの部屋から出て来れなくなり、同じ基礎演習を選択していた学生たちが見舞いに行ったほどだ。
そのような訳でヒキマユは女子からも嫉妬され、煙たがられる存在になりつつあった。私が通う大学は学部間格差こそあれ、偏差値も比較的高めで、そのせいか女子学生たちも概ね人当たりは良い。大っぴらに悪意を表明することは無いように思われる。しかし、彼女が授業で本当に困っていたり、試験についてのアドバイスを求めたりしても、他の女子学生ははぐらかしてしまうということだった。そして彼女が見ている前で密かに情報交換が行われ、いつもヒキマユは女子から孤立していた。
辿りついた先は、遊び人として基礎演習クラスで有名になっていったコータだった。コータと私は言葉を交わすことがしばしばあった。彼も私も音楽が好きで、ギターが弾けて、場所は違ったがライブハウスで時々出演したりしていたからだ。さっぱりした好漢でイケメンのコータは、その特性をフルに生かして無類の女好きだった。他の大学や社会人も含めコータが1年わずかで寝た女性は2桁に達していた。当然ヒキマユとも寝たのだろうと私を含め多くの学生は信じきっていた。コータと付き合うようになってから、ヒキマユを狙う男子学生の数は0となったことは言うまでもない。
つづく
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