第18話 皇帝陛下がやってきました
「今日は何をするのですか?」
ある日、レイナと朝食を食べていると彼女はそう尋ねてきた。
田舎は基本暇だ。
だから一日一娯楽ということで、毎日何かしらイベントを考えていた。
昨日はミーナシア湖で釣りをしたし……。
今日はちょっくら狩りにでも行くか。
「今日はカージス山まで狩りに行こう。運が良ければ『幻想馬スプラニール』が狩れるはずだ」
「す、スプラニールですか……?」
スプラニールを馬刺しにして食うのが美味いんだよなぁ。
スプラニールの馬刺しは人によってはエンシェント・オークよりも好きだろう。
「そうそう。あれ美味しいんだよなぁ」
「……もういちいち驚かなくなってきてる私が怖いです」
そんないちいち驚くようなこと、してないからな。
それがフツーよフツー。
「ともかく、ピクニックがてらスプラニールを狩ろう」
「スプラニールはピクニックの片手間なんですね……」
呆れたような諦めたような表情でレイナはため息とともにそう言うのだった。
***
スプラニールの心臓にクワを突き立てながら、俺は言った。
「いやぁ、今日は運がいいね。こんな簡単にスプラニールが見つかるのはそうそうないよ」
「こんな簡単にスプラニールを討伐できるのも、そうそうないと思いますが……」
俺の言葉に疲れたような様子のレイナ。
やっぱり都会人は体力がないなぁ。
ただちょっと山を登ってきただけじゃないか。
「ともかく、これは後で調理して馬刺しにするとして——。持ってきたサンドウィッチを食べよう」
「おおっ、さすが用意がいいですね。何のサンドウィッチなのですか?」
「う〜んと、マンドラゴラと黄金リンゴのサンドウィッチだな」
マンドラゴラも黄金リンゴも俺たちの村で栽培しているものだ。
これがなかなかに美味いんだよな。
俺の言葉を聞いたレイナは、いきなり目を見開いて大声を出した。
「ま、マンドラゴラッ!? それに黄金リンゴですって!?」
「ん? どうかしたか?」
「ま、マンドラゴラと言えば、どんな病気や呪いさえも治すと言われる伝説の素材ですよ!」
「ああ、確かに風邪引いたときとかも、これを砕いて飲むだけですぐ治るな」
「た、ただの風邪で使っていいものではありません……」
そうなのか?
マンドラゴラなんて毎年使い切れないくらい栽培してるしなぁ。
「それに黄金リンゴ。あれは人間の能力を飛躍的に上げ、10個食べれば神に近づくと言われる伝説の食材です!」
へー、そうなのか。
でも俺たち毎日食べてるけどな。
「てか、昨日のパイも黄金リンゴで作ったものだぞ?」
「えっ!? も、もしかして私ももう黄金リンゴを食べてたりします……?」
「ええと、そうだな、三日に一回は食べてると思うが……」
レイナは恐々とした表情で自分の手を見つめる。
それから全力で大木に向かって右手を突き出して。
——メキメキメキッ!
その大木は一瞬にして折れた。
おおっ! レイナもなかなかやるじゃないか!
「な、なんてことを……。通りでこの村の人たちが強いわけです……」
でもレイナは何やら疲れ切った様子で肩を落としていた。
どうしたんだろうな?
「てか、この黄金リンゴはどうしたんですか?」
「ああ、20年前に女神様からもらったんだ。神域に行った時のお土産で」
俺が言うと、とうとうレイナは膝から崩れ落ちてしまった。
「私はとんでもないところに嫁ぎに来てしまったのかもしれません……」
そんなレイナの肩を俺はポンポンッと叩くと言った。
「まあ元気出せよ、レイナ」
「誰のせいですか、誰の……」
というわけで、俺たちはピクニックを終え、村に戻る。
すると何やら仰々しい馬車が来ていて、それに父が対応していた。
「おい! エンシェント・オークの肉はどこだ!」
「ですから、一昨日に全部食べてしまったんですって!」
「なんで全部食べた!」
「残してたら腐ってしまうでしょう!」
そんな会話をしている父たちの元に近づくと俺は尋ねた。
「ええと、このお方は……?」
「おおっ! マルセル、来たか! このお方は皇帝グリーゼル様だ! 後は頼んだ、マルセル!」
そう言って父はピューッとどこかへ行ってしまった。
…………はぁ!?
なんてやつだ! 俺に放り投げてどこかに消えるなんて!
「おい、お前が領主のマルセルか」
俺が愕然としていると、皇帝陛下がそう尋ねてきた。
「は、はい! そうですけど!」
「俺はエンシェント・オークが食べたい」
「え、ええと、それなら明日まで待ってもらってもいいですか? 今日はも日が落ちるので」
「いや、駄目だ。今すぐだ」
なんてワガママな。
そんな会話をしていると、馬車からもう一人降りてくる。
「父上、マルセル様が困っていらっしゃいますよ」
出てきたのはユーフェリア様だった。
彼女も来ていたのか……。
でも現状では彼女がいてくれるのはすごく助かる。
「で、でもユーフェリア。俺はエンシェント・オークが食べたいのだ」
「明日には狩ってきてくれるのですよね?」
ユーフェリアは俺の方を見てそう首をかしげた。
……これ、断れない流れじゃないか。
「は、はい。明日には狩ってきます……」
「と言っているので、明日まで待ちませんか、父上」
ユーフェリアが言うと、皇帝は渋々といった感じで頷いた。
「あ、ああ。分かった。明日まで待つとしよう」
それでも不服そうな皇帝に、俺は一つ提案をする。
「それなら……幻想馬スプラニールの馬刺しでも食べませんか?」
俺がそう言うと、皇帝はぎょっとした表情でこちらを見る。
そしてものすごい勢いで近づいてきて、肩を掴んでくると、大声を出すのだった。
「今、スプラニールと言ったか!? あの幻想馬スプラニールの馬刺しと言ったか!?」
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