第17話 美食家皇帝はエンシェント・オークを食べてみたい

——皇帝グリーゼル・ジーサリス視点——


「今日の飯は……不味いな……」


 とある日、俺は王城の食堂で昼食を食べながらそう呟いた。

 すると顔を真っ青にした給仕が慌てたように近づいてきた。


「皇帝陛下! し、失礼いたしました! この料理は下げさせていただき——」


 そんな切羽詰まった給仕の言葉を遮って俺は手をヒラヒラと振る。


「いや、良い。今日は俺は機嫌がいいからな」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし——料理長に伝えておけ。二度はないぞと」


 俺の言葉に真っ青だった顔が真っ白にまで変わる給仕。

 そして急いで食堂を出ると、厨房に向かっていった。


 まあ、今日は機嫌がいいから許してやったが、いつもならクビだ。


 俺は美味しい料理に余念がない。

 一日に三度も食事の時間があるのだ。

 その食事を妥協せずして何が皇帝だ。


「父上! ありがとうございます! これで私も結婚できるかもしれません!」


 バンッと食堂の扉が開かれ、愛しの娘ユーフェリアが入ってくる。

 今日、機嫌がいいのは彼女がようやく結婚できるかもしれない、という報告のおかげだった。


 どうやら田舎で彼女よりも強いと思われる人間を見つけたらしい。

 俺としては少し眉唾だが、彼女の言うことに嘘はないだろう。


 しかし——それがユーフェリアを騙すものだったら。

 もちろん俺は容赦をするつもりはないが。


「なに、愛しのユーフェリアのためだ。【勇者の剣】なぞ安いものよ」


 俺は優雅に昼食を食べながら言った。


 やはりユーフェリアが幸せそうにしているのを見るのが、一番の幸せである。

 ちなみに二番目の幸せは、食べたこともないような美味いもんを食ったときである。


「しかし——ガードナー領のような辺境に、そんな強い人間がいたとはな」

「父上、あそこは普通の土地ではありません! 何せ結婚式の料理で『闘心王エンシェント・オーク』の新鮮な肉が出てくるくらいですから!」


 ユーフェリアの言葉に思わず俺はフォークを落としてしまう。

 今、愛しの娘はなんと言った……?


「エンシェント・オークと言ったか?」

「はい、言いましたけど……どうしたんですか、父上?」


 エンシェント・オーク。

 それは俺が愛してやまない稀代の美食家ガイラムが自伝で『世界で一番美味しい食べ物』だと綴っていた食材だ。


 まず出会うことがほとんどなく、その上討伐難易度もSSSランク。

 運良く討伐できても、激戦のせいで食べられる部位はほとんど残らない。


 そんな幻の食材だった。


 ガイラムは300年前の人間だ。

 彼は大勇者アカネによって討伐されたエンシェント・オークの肉を、わさび醤油というもので食べさせてもらったらしい。

 そのときの味を彼は『あれは今後一生超えることのない味であり、俺を美食家への道へと誘った味』だと評している。


「本当にそれはエンシェント・オークの肉だったのか?」

「はい、そうだと思いますけど……。マルセルもそう言ってましたし」


 俺は席を立ち上がって言った。


「ユーフェリア。今からガードナー領に向かう。案内してくれ」


 こうして俺は幻の食材を求めて辺境へと旅立った。

 もしその話が嘘だと分かれば……俺はマルセルを許すことはないだろう。


 しかしそれが本当であり、俺にも食べさせてもらえるのなら——。

 俺は一生彼のことを称え、感謝することになるだろう。

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