第9話 結婚式の準備をします

「何を書いているのですか?」


 俺が執務室(埃まみれ)で手紙を書いていると、部屋に入ってきたレイナがそう尋ねた。

 俺は久しぶりに書く文字に悪戦苦闘しながら、顔を上げずに答える。


「ああ、今度レイナと結婚式を挙げるだろ?」

「まあ……そうですね」


 俺が言うと、彼女は恥ずかしそうな気まずいような表情で頷く。

 彼女も結婚式を挙げることには賛成してくれたが。

 それでもまだ心の準備ができていなかったのか、いつも結婚の話をすると複雑そうな表情をする。


「それで、色々な人に招待状を送ろうと思ってね。手紙を書いてるんだ」

「なるほど。確かにそれは大事ですね」


 と言っても知り合いが多いわけではないから、すぐに終わるんだけど。

 それから数分で書き終えると、よっこらせと立ち上がって言った。


「よしっ! それじゃあ今度は食事の準備もしないと」


 うちの領地には数十人しか領民がいない。

 だから俺も手伝わないと食材を調達しきれないのだ。


「なんの食材を取ってくるのですか?」

「そうだなぁ……『闘心王エンシェント・オーク』とかがいいかなぁ」


 エンシェント・オーク。

 ここら一帯でもかなり強い部類に入り、それに加えてかなりレアな魔物だった。


 この魔物の肉はそこらの魔物の肉とは比べ物にならないくらい美味しい。

 繊細で複雑な味わい、するりと解けていくような食感、秘伝のわさび醤油と合わせると最高だ。


 ただ運が良くないと出会えなかったりなど、入手は少し難しかった。


「え、エンシェント・オーク!? それって、SSS級の魔物じゃあ……」


 なんかレイナが驚いている。

 確かに入手は難しいが、言うほどでもない。

 そんなに驚くほどか……?


「まあともかく、行ってくる」

「い、いってらっしゃい……お気をつけて」


 そんな感じで俺たちは結婚式準備を始めるのだった。



   ***



 それから丸一日かけエンシェント・オークを見つけ出し、討伐すると村に帰った。

 すると村には招待状を送った相手が集まり、かなり賑やかになっていた。


「おっ、アビスも来てくれたんだ。久々だなぁ」


 俺は一番近くにいた友人、『吸血神ヴァンパイア・ロード』のアビスにそう声をかける。


 彼とはもう三十年来の付き合いで、かなり仲がいい。

 彼の住む屋敷にたまたま足を踏み入れてから、付き合いが始まった。


 最初は敵意剥き出しだったが、決闘をして心を通じ合わせた。

 最近はアビスは神域へと移り住み、会うことが少なくなっていたが。


「ああ、マルセルか……。結婚おめでとう」

「ありがとう——って、なんだ。すごく疲れてそうだけど……」


 俺が疲弊しているアビスに首を傾げると、アビスは黙って村の広場の方を指さした。

 そちらでは二人のとんでもない美少女たちが睨み合っていた。


使サマであるミアがなんでこんなところにいるのかねぇ……?」

「それは招待されたからですよ。それよりも使のリンさんはこんなところに来てもいいのでしょうか?」

「アン? それはどう言う意味だよ?」

「そのままの意味です」


 堕天使ミアと大天使リンが嫌味を言い合っている。


 なんでそんな人たちと友達になれたのか……それは話すと長くなる。

 簡単に説明すると、俺はとある縁で神域に一度お邪魔させてもらっているのだ。


「ちょいちょい! 二人とも、喧嘩しないでください! 自分で言うのもなんですが、ここはお祝いの席なんですよ!」


 俺は慌ててそう止めに入る。

 すると彼女たちは一斉に俺のほうを見て、ため息をついた。


「はあ……そうだな。そう言えば今日はマルセルの晴れ舞台だったな」

「確かにそうですね。ここは一旦引くとしましょうか」


 そして二人は張り付けたような笑みを浮かべ、おめでとうとだけ言って去っていってしまった。

 やっぱり二人ともを同時に呼んだのは間違いだったか……?


 でもどちらか片方だけって言うと間違いなくもう片方が文句を言い出すし。

 逆に二人とも呼ばなかったら、それはそれでまた文句が出そうだった。


「はあ……意外と結婚式って疲れるのな……」


 俺が思わずそうため息をつくと、ポンポンっと肩が叩かれた。

 そちらを向くと、そこには見知った女性が立っていた。


 ——大勇者アカネ。


 この村の始祖で、この村に全てを伝えたとされている人物だ。

 彼女は三百年前の人間なのだが、神へと昇格し不死となった。


 彼女との縁で俺は神域に招待されたのだ。


「まあまあ、結婚ってのは色々苦労するものなのさ……それは日本にいた頃から変わっていない」

「え? なんて?」

「いや、なんでもない。それよりもおめでとう。あの時のクソガキがここまで来たともなると、なんだか感慨深いな」


 確かに彼女と出会った時は俺はまだまだクソガキだったな。

 アカネは俺と出会った頃から何も変わっていない。


 彼女とも会うのは四年ぶりとかになる。

 俺が三十歳の誕生日の時に会ったきりだったっけ。


「とと、奴も来たみたいだな」


 そう言ってアカネは空を見上げる。

 そこには巨大な竜がものすごい勢いでこちらに向かってきていた。


 彼は『伝説竜エンシェント・ドラゴン』だ。

 いつもは少し離れた秘境、深淵山脈に住み着くのだが、今回はわざわざ出てきてもらった。


 彼はここの上空まで来ると、パッと光り人型になった。

 美男子が現れ、こちらに向かってくる。


「……って、ゲッ。アカネも来てるのかよ」

「悪いか」

「いや……これはマルセルのお祝いの場だ。オレは何も言えねぇよ」


 そうは言いつつ、少し不服そうだ。

 エンシェント・ドラゴンはアカネのことが苦手らしい。

 いつも揶揄われているから、仕方がないとも言えるが。


 そんなふうに招待客が集まった時、パタパタと慌てたような足音が近づいてくる。

 そちらを見ると、なんだかすごい表情をしたレイナが近づいてきていた。


「な、な、なんですかこれは!? とんでもない人物たちが集まっているように思えるんですけど!?」



   ***



 その頃、ルインがファンズ王国の国王たちを連れ、アイルがジーサリス帝国の皇女を連れ、この混沌と化した結婚式場へと向かっていることを、いまだマルセルたちは知らない……。


 いや、すでに気がついていて、面白そうに企みの笑みを浮かべる大天使とか堕天使とかがいたが、それは例外だろう。

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