第8話 とある帝国の事情
——帝国筆頭魔導士アイル・ミーシャ視点——
「どうしたんですか、憂いを帯びた目で外なんか見て」
私がぼうっと外を眺めていると、近づいてきた皇女様がそう尋ねた。
ユーフェリア・ジーサリス。
大陸一の大国、ジーサリス帝国の皇女様で度がつくほどの戦闘狂。
自分より弱い相手には興味ないということで、結婚相手が見つかっていないのだ。
彼女自身も相当——いや、とてもとても強い。
筆頭魔導士である私でギリギリ勝てたくらいだ。
そんなんだから、当然興味が持てる相手が見つかっておらず。
27歳——そろそろ売れ残りと呼ばれる歳まで結婚相手を見つけられていない。
ちなみに私と仲良くしてくれるのは、私がユーフェリア様より強いかららしい。
「いや、故郷のことを思い出していまして」
「故郷……貴女の故郷って隣国、ファンズ王国の田舎でしたっけ?」
「はい、そうですね」
ユーフェリア様に尋ねられ、私は頷く。
私はもともとこの国出身の人間ではない。
しかし帝国は実力主義ということもあり、私はいつの間にか筆頭魔導士になっていた。
「ああ〜、マルセルお兄ちゃん元気にしてるかなぁ〜」
「その、マルセルお兄ちゃんとは?」
「はっ!? こ、声に出てました!?」
「ええ、バッチリと」
うう……やってしまった。
恥ずかしい。
私は羞恥で頬を赤らめながら、その説明をしていく。
「その田舎で慕っていた人がいまして。その人がマルセルという名前なのです」
「貴女はその人が好きなのですか?」
「いやぁ〜、それはないですね。ただのお兄ちゃんって感じです」
「そうですか」
私の言葉に一瞬で興味を無くすユーフェリア様。
まあ私個人には興味があるのだろうけど、それ以外には興味が持てないのだろう。
「あっ、でもそういえば、マルセルお兄ちゃんは私よりもよっぽど強いですよ」
ふと私がそう言うと、彼女はすごい勢いでこちらを見てきた。
「それは本当ですか?」
「え、ええ。今はどうか分かりませんが、昔は村で一番強かったですから」
「そうですか……。でも今は逆転してるってことは?」
「それはないと思います。あの頃から圧倒的でしたし」
その言葉に、彼女の瞳はきらりと瞬いた。
「それは少し、会ってみたいですね。……もしかしたら売れ残りじゃなくなるかもしれませんし」
やっぱり売れ残りだと言われていること、気にしてたんだ……。
でも確かにマルセルお兄ちゃんならユーフェリア様に勝てるかも。
と言っても、もう結婚しててもおかしくはない。
彼もすでに34歳。
ルインお姉ちゃんあたりと結婚してそうだし……。
「そういえばアイルさんは故郷に帰らないのですか?」
「そうですね〜、帰りたいんですけど、受け入れてもらえるかどうか」
私がまた憂いを帯びた感じになると、ユーフェリア様は不思議そうにこちらを見る。
「何かあったのですか?」
「そうですね……マルセルお兄ちゃんと喧嘩して出てきたんですよ」
遠い昔のことだ。
田舎すぎる故郷に嫌気がさしていた私は、領主の息子だったマルセルお兄ちゃんと喧嘩した。
だからちょっと帰るのは気まずいのだ。
今ではあの故郷にもたくさんいいところがあったことは分かっている。
でも、喧嘩別れだとやっぱり受け入れてもらえるかも分からない。
「でも故郷というものは大事ですよ? なんなら私が仲介してあげてもいいですし」
「え? ユーフェリア様も来るんですか?」
「当たり前です。私よりも強い御仁がいるのでしょう?」
ああ、そっちが目当てか。
でも確かに彼女がいれば心強いのは確かだ。
ユーフェリア様は皇女ということもあり、人の心を動かすのがうまい。
彼女がいれば、私も故郷のみんなと仲直りできるかも。
「でも隣国ですし、ユーフェリア様がついてくるのはまずいんじゃあ……?」
「そんなの、バレなければ大丈夫です」
そうだった。
彼女は大雑把な人間だった。
「それに、結婚相手を探しに行くといえば、父上も賛同してくれるはず」
確かにそれはそんな気がする。
皇帝もユーフェリア様に負けじと大雑把だからなぁ。
「と、とりあえず田舎に帰るのは皇帝陛下に聞いてからにしましょう」
***
『え? ユーフェリアより強い人間がそこにいるかもしれないって? だったらさっさと行ってこい』
皇帝に尋ねると、彼は二つ返事でそう言った。
……なんて適当なんだ。
まあユーフェリア様より強い人間を抱えられるかもしれないともなると、それは皇帝としては正しい判断なのかも……。
「やりましたね。これでようやく私も結婚できるかもしれません」
「そうですけど……マルセルお兄ちゃんももう34歳。結婚してるかもしれませんよ?」
私がそう言うと、彼女は少し考えた後、こう言った。
「最悪、私は妾でもいいです」
い、いいのかそれで……。
ユーフェリア様は大陸一の帝国の皇女様である。
なんだか波乱が起こりそうな……。
今さらながら彼女を連れていくことに不安を覚える。
しかしワクワクしながら準備している彼女を連れて行かないってことにもできないし。
思わず重たいため息が溢れた。
まあそんなこんなで、私とユーフェリア様は故郷に帰るために準備を進めていくのだった。
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