第7話 幼馴染ルイン・ライナー

——ルイン・ライナー視点——


「今日をもって騎士団長はやめさせてもらおうと思います」


 私は王族たちの集まる謁見の間で堂々とそう言い放った。

 狼狽える者、泣きそうになる者、発狂する者などで謁見の間は阿鼻叫喚となる。


 ようやくこの時が来たのだ。

 私はこの日のためだけに低レベルな騎士団ごっこをしてきた。


「……どうして、騎士団長をやめとうと思うのだ? 給金が足りなかったか?」


 静かに国王アルベルト・ファンズが聞いてくる。

 私はそれに落ち着いて事前の想定通りに話を始めた。


「いえ……私は故郷に愛すべき人を置いてきてしまっているので」


 そう言うと、周囲の貴族王族たちはザワザワと小声で話し出す。


『愛すべき人だって……? くそっ、だから俺の告白も断られたのか』

『ああ、あんな凛々しく気高い女性に愛されるなんて、そんな幸福な奴がいるとは』


 嫉妬、羨望、諦めなどなど、色々な感情がその広間を包み込む。

 それだけ私はこの王城内で人気を集めていた。


 これは私が目論んだことである。


 私の目的は——幼馴染マルセル・ガードナーの住む故郷が最強であることを世に知らしめること。

 マルセルはその土地の領主で、幼い頃から『オラ、こんな村いやだ』と呟いていた。


 だから私はマルセルに認められるため、そして彼へ恩返しをするために騎士団長にまで上り詰めた。


 騎士団長になれば自分の存在に箔が付き、自ずと発言力も増える。

 それに加え、私自身の生い立ちに興味を抱く人も出てくるだろう。


 要するにレペゼン・ガードナー領と言うわけだった。


「そなたの故郷は確か……辺境の土地、ガードナー領だったな?」


 そして思惑通り、興味を持った声で国王は尋ねてきた。

 私は仰々しく頷くと言った。


「ええ、その通りです。ガードナー領は美しく最高の土地です。食べ物も美味しい、領民はみんな優しく温かい。温泉というものもあるし、何より——みな戦闘能力がずば抜けて高いのです。それこそ私よりも強い人間はごまんといるでしょう」


 再び謁見の間はザワザワと騒がしくなった。

 しかしさっきとは違い、疑惑の言葉が飛び交っていた。


『そんなバカな。ルイン様よりも強い人間なんているわけがない』

『本当に彼女より強い人間がごまんといるのなら、それこそ国が傾くぞ』


 そう思われるのも仕方がないが、これは事実である。

 私は村の中ではという立ち位置だった。


 間違いなく領主のマルセルは私の十倍は強い。

 ガードナー領はその厳しすぎる環境もあって、自然と戦闘能力が桁違いになる。


 しかし一番近くの街までも早馬で10日、王都へは二ヶ月かかる辺境である。

 そんな場所で閉鎖的に暮らしているみんなは、その事実に気がついていないのだ。


 まだ王族貴族たちにも疑念があるかもしれないが、徐々に興味を持ち始めている。

 そんな中、王族の一人——第三王子アイズ・ファンズが震える声で言った。


「そ、それは本当なのか……?」


 なぜか彼は恐怖で怯えている。

 その反応に私が首を傾げていると、国王アルベルトは彼に冷たい視線を送り尋ねた。


「そういえば、アイズ。貴様はこの間、婚約者のレイナ・アルカイアを追放したらしいじゃないか」


 一応、表向きは大罪人とされているレイナ令嬢。

 その罪は『邪神に通じ、アイズに毒を盛って暗殺しようとした』ということになっている。


 しかしそれを本当に信じている貴族たちは少なかった。

 彼の評判はトコトン悪かったからだ。


 傍若無人な振る舞い、女漁りが激しいなど、悪評に絶えない。

 しかし相手が王族だということもあって、私たちはなにも言えなかったが。


 国王もなにを考えているのやら、そんな彼を放任していた。


「……はい、追放しました」


 国王の問いに、アイズは重々しく頷く。

 そんな恐怖で顔を歪ませている彼に、国王はさらに言及した。


「で、そんなレイナ令嬢はどこへ追放されたのだ?」

「それは……」


 それだけ言って黙ってしまうアイズ。

 もしかして……。


 彼の反応で私は察してしまった。

 もしかして、レイナ令嬢が追放されたのはなのではないか?


 それは国王も勘づいていたのか、冷たい視線を送りもう一度尋ねた。


「で、レイナ令嬢は今どこへ?」

「…………ガードナー領でございます、父上」


 諦めたように肩を落とし、アイズは言った。

 やっぱり……。


 でも彼女は一足先にあの領地の素晴らしさに気がつけたのなら、それは万々歳なことだろう。

 おそらくマルセルたちも快く受け入れてくれているだろうし。


「しかし公爵家令嬢を追放するには、相応の理由付けが必要だ。そうだろう、アイズ」


 この言葉で私は国王が全てを知っていたことを理解する。

 その上で、アイズの口からみんなに向かって発言させようとしているのだ。


「……そうです」

「どんな理由をつけた?」


 アイズはガリっと奥歯を噛み締めると、小さな声でこう言った。


「表向きは……レイナはガードナー領の領主、マルセル辺境伯の元に嫁いだことになっています……」


 それを聞いた私は思わず唖然としてしまった。


 まさかまさかまさか!

 私が領地に帰ってもマルセルにはすでにってこと!?


 私は今まで培ってきた計画がガラガラと崩れていくのを感じた。


 騎士団長にまで上り詰めてから領地へと帰ると宣言する。

 すると国王たちからは『帰らないでくれ〜』と懇願される。

 それに対して私は


『まあ? ガードナー領とのインフラを即刻整備し、城を建て、都会として栄えるように尽力を尽くしてくれるなら考えてあげてもいいですけど?』


 と返す。

 それを聞いた国王は二つ返事でオッケーを出してくれ、ガードナー領が発展する。

 もともと都会に憧れを持っていたマルセルはこれに感激。


 そして私にマルセルは『君のおかげで俺は救われた! 結婚してくれ!』と言ってくれる。


 ——という壮大な計画が全て台無しになったことを理解した。


「あぁああああああああああああああああああああ!」


 思わず頭を抱えて叫んでしまった。

 周囲の貴族たちや王族たちがギョッとしてこちらを見てくるのも気にせず、私は大声で叫び続けるのだった。

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