第3話 お食事会が開かれました

「ダメじゃないか! フェニックスは一回に一匹までって決まりだったろ」


 俺が子供たちにそう言うと彼らはシュンとして頭を下げた。


「ご、ごめん。近衛騎士様と聞いてちょっと張り切っちゃったんだ」

「まあ今回は仕方がない。次からは気をつけるように」


 そんなふうに俺が子供たちを叱りつけていると、騎士様の一人が恐々とした声で聞いてきた。


「もしかして……『太陽王フェニックス』をこの子供たちだけで狩ってきたのですか……?」

「え? まあそうですけど」


 俺が答えると彼ら騎士たちは呆然としてしまった。

 どうしたのだろう?

 何か不都合でもあったのだろうか?


 そう不思議に思うが、ともかくフェニックスは新鮮なうちに刺身でいただいて欲しい。

 俺は早速子供たちからその獲物をもらうと、血抜きを始めた。


「すぐに食べられるようにしますので、少々お待ちください」


 俺の言葉にようやく再起動し始めた騎士たちはぎこちなく頷く。

 それから手際良く血抜きをし、美味しい部分を切り分け刺身にしていく。


「そうだ、親父。醤油を持ってきてくれ」

「ああ、わかった。任せろ」


 その会話を聞いていた騎士の一人が首を傾げて尋ねてくる。


「醤油、というものはなんですか?」

「ああ、醤油とは大豆と小麦と塩で作る調味料のことですよ」


 と言っても伝わらないだろうから、やっぱりちゃんと食べてもらうのがいいか。

 出来立てほやほやの刺身を並べ、人数分の醤油を皿に注ぐ。


「では、どうぞ召し上がってください」


 これはいわゆる鳥刺しというものだ。

 まあ普通の鳥よりも豪華なフェニックスの刺身だから、当然絶品だ。


 みんな恐る恐る口に運び、驚きの声をあげていた。


「なんだこの美味しい食べ物は!?」

「うまい! うまいぞ!」


 お口に合ったようで何よりだ。


「レイナさんは食べないの?」


 みんなの様子を見てただただ驚いているだけのレイナに俺は声を掛ける。


「……じゃあ、いただきます」


 彼女はしばらく間を置いてそう言うと、恐る恐る口に運んだ。

 ゆっくりと咀嚼するレイナの表情は、徐々に驚きに変わっていった。


「……美味しいです、とても」

「それならよかった。お口に合ったみたいで」


 俺はにっこりと笑って彼女に言う。

 それからレイナは夢中になって鳥刺しを食べ始める。


 いやぁ、よかったよかった。

 最初は仲良くなれない感じかと思っていたけど、これなら仲良くなれそうだ。


 鳥刺し好きに悪い奴はいない。


 それから突然の食事会が始まり、夕方まで賑わうのだった。



   ***



「ご馳走になりました。また来ます」


 晴々とした表情の騎士たちはそう言って帰っていった。

 うんうん、みんなを上手くおもてなしできたみたいでよかった。


 そして残される俺とレイナ。

 子供たちはもう家に帰ったし、なぜか父は気を利かせて母と散歩に出てしまった。


「……ええと、ご飯食べる?」

「さっき食べました」

「あっ……そっかぁ。じゃあいらないか」


 …………きっ、気まずい!!

 彼女はコミュニケーションを取る気がないのか、ずっとダンマリだ。

 先ほど仲良くなれそうだと思ったけど、撤回する。


 こりゃあ、仲良くなるのは無理そうな気がする。


「じゃ、じゃあ! 温泉に入ろうか!」

「温泉、ですか……?」

「そうそう! 近くに火山があってさ、地下からお湯が湧いてきてるんだよね」


 俺が言うと彼女は関心そうな声を上げた。


「へえ……そんなものがあるんですね」

「都会にはないの?」

「ありませんね。初めて聞きました」


 そうなんか。

 どこにでもあるものだと思っていた。


 確かにこの村は少し特殊なんだろうなとは思っていたが、こんなにもギャップがあるとは。

 都会には一度も出たことがないから知らなかった。


「ともかく入ってみてよ。とても気持ちいいし、気分も癒されるよ」


 そして俺は村の人たちで使う温泉場に案内する。

 彼女が脱衣所に入るのを確認すると、ぼんやりと出てくるのを待っていた。


 しかし——。


「マルセル様。これはどういうものなのでしょうか?」


 彼女はなぜか下着姿で脱衣所から出てくる。

 俺は超高速で視線を逸らすと慌てて言った。


「ちょいちょい! 服着て、服!」

「……もう私たちは夫婦なのですよ。それに操を授ける覚悟は出来ています」


 た、確かに夫婦だったな、俺たち。

 って、操を捧げる覚悟って……。

 そんないきなりグヘヘって襲うつもりは一切ないんだが。


「いやいや、順序ってものがあるしさ! とりあえず服を着てよ!」

「でも……」


 それでも彼女は死んだ表情で突っ立っている。

 ちなみに手に持っているのは石鹸だった。


「そっ、それは体を洗うときに使うんだ!」

「体を洗うときに使うんですか……? どう使えばいいんですか?」

「こう、ゴシゴシって! 体に擦り付けるんだ!」


 俺は必死になって言うが、彼女は死んだ目をこちらに向けてくると言った。


「分かりません。教えてください」


 ……なんか彼女、少し焦ってる気がする。

 何に焦っているのか分からないが、俺はとりあえず落ち着かせるためにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「レイナが何に焦ってるのか分からないけどさ、俺はまだ君に手を出すつもりはないよ。こういうのは気持ちが揃ってからのほうがいいと思うんだ」


 そう言うと、彼女はどこか失望したように脱衣所に戻っていくのだった。

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