第2話 やってきた美少女

 俺が村に出た『破壊王オーガ・リー』を討伐していると、父がパタパタと寄ってくる。


「おい、マルセル! あと一時間ほどでレイナ様がやってくるらしいぞ!」


 レイナ・アルカイア。

 俺の嫁となる女性の名前だ。


 俺は死にかけのオーガ・リーの心臓にクワを突き立てると、父に言った。


「あと一時間かぁ。それじゃあ早く支度しないとなぁ」

「悠長に言ってる場合じゃない! もう早馬でやってきた近衛騎士様を屋敷で待たせている! さっさと屋敷に戻るんだ!」


 なんと。

 近衛騎士様までも来ているとは。


 相当慕われているのか、はたまた余程の罪人なのか。

 まあ国家反逆罪だというし、余程の罪人なのだろう。


「は、早く戻ろう」


 俺はそう言ってオーガ・リーの死体を担ぐと、二人してパタパタと屋敷に戻るのだった。



   ***



「失礼、遅れました!」


 屋敷——と言っても小さな小屋みたいな家だが——にたどり着くと、その前で騎士が二人して馬に餌をやっていた。


「ああ、あまり待ってはいません——って、なんですかそれは!?」


 俺たちの方を見ると、二人はギョッとしてこちらを見てくる。

 その反応に、俺も父も不思議そうに首を傾げた。


「それってなんのことでしょう?」

「それです! その担いでいる魔物のことです!」


 ああ、このオーガ・リーに驚いているのか。

 ……なんで?

 別に大した魔物じゃないよね?


 って、そうか。

 都会だと珍しい魔物なのかな?


「これですか……? これはオーガ・リーと言って、なかなかに肉が美味しいんですよ」

「に、肉が美味しい? 確かにオーガ・リーの肉は絶品だと王族の方が言っていた気がするが……」


 王族が召し上がるものなのか。

 それほど都会では珍しい魔物ってことか。


「それじゃあこの死体は差し上げますよ。こんなにいっぱいあっても腐らせるだけですし」

「……い、いいのか?」

「もちろんです。まあ結婚相手を斡旋してくれたお礼でもあります」


 なぜか恐々としている二人ににっこりと笑いかけて、俺は言った。

 そんな俺の頭を父が軽く叩く。


「そんなチンケな魔物では満足していただけないだろう! もっとしっかりしたものを差し上げなさい!」


 確かにこれは父の言う通りである。

 俺は勢いよく頭を下げて言った。


「ああ、すいません! そうですよね、こんな魔物だけじゃあお礼になりませんよね!」

「い、いや……そんなことは決してないが……」


 ふーむ、やはり王家直属の騎士はよくできている。

 こんな辺境伯にまで謙遜してくれるとは。


「しかしこれじゃあ逆にうちの面目にも関わります。というわけで——」


 俺がパチンと指を鳴らすと、小さな子供たちが数人寄ってきて元気に聞いてきた。


「どうしたのマルセル兄ちゃん!」

「マルセル兄ちゃん、お仕事くれるの!?」


「この方々は王家直属の騎士様だ。彼らに召し上がってもらうため、山まで行ってフェニックスを狩ってこい」


 俺が言うや否や、なぜか騎士様が大声をあげる。


「フェニックスだって!?」


 ……なんでそんな大声を出すのだろう?

 よく分からんが、俺は気にせず子供たちに続けて言った。


「まあ今日は一匹だけでいいぞ」

「はぁい!」

「任せて!」


 そして子供たちは元気いっぱいに斧とかクワとかを持って行ってしまった。

 元気よすぎてたくさん狩ってきたりしないだろうか……?

 狩りすぎると自然を壊すことになるから、あまりよくないのだが。


「大丈夫なのですか……? フェニックスってあの『太陽王フェニックス』ですよね?」

「ええ、そうですよ。この肉を刺身で食べるととても美味しいのです」

「あんな子供たちにフェニックスを討伐させにいくなんて……噂通りこの村は残酷なのだな……」


 なぜか騎士たちが愕然としているが、よく分からないので俺も父も首を傾げるばかりだった。


 とそんなこんなをしていると、馬車が数台こちらに寄ってきているのが見えた。


「あれが俺の婚約者の乗っている馬車ですかね?」

「……はい、そうですよ。あそこにレイナが乗っております」


 レイナ……呼び捨てか。

 やっぱり慕われているわけではなく、普通に罪人として運ばれてきたらしい。

 うーん、怖い人だったら嫌だな。


 そんなふうにビビりながら待っていると、とうとう馬車がうちの前に停まった。


 そして一段と大きな馬車の扉が開き、一人の女性——というか少女が出てくる。

 彼女は手を後ろにして、縄で巻かれている。

 金色の長く綺麗な髪が風に靡き、その暗く沈んだ顔が露わになっていた。


 しかし……これほどまでの美少女は見たことがない。

 この子にだったら……まあ、尻に敷かれてもいいかな。


 そんなことを考えていると、彼女は隣にいた騎士にドンっと背中を押され、俺に前まで来る。


「……や、やあ。初めまして。俺はマルセル。君は……レイナ・アルカイアだよね?」


 彼女は暗く沈んだ顔をこちらに上げると、その綺麗な瞳でじっと見てきた。

 何も言わない沈黙の時間が一瞬続くが、隣の騎士に頭を強く叩かれ、レイナはポツポツと答え始めた。


「……初めまして。おっしゃる通り、私はレイナ・アルカイアです。国家反逆罪を犯し、あなたの元に嫁ぐことになりました」


 うーん、なんか思ってたのと違う。

 彼女が大罪人にはどうしても見えなかった。


 俺とレイナは向かい合っていたが、再び沈黙が訪れる。

 どう声をかけたものかと考えていると、パタパタと音がして、子供たちがフェニックスを三匹も抱えて帰ってくるのだった。

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