第17話 「あの子、強くなるよ」

 アドバト教室も残り時間が30分程となった。

 俺の担当である立林さんは、現在進行形でコクピットマシンにこもって延々と射撃メニューをこなしている。

 代わり映えのしないメニューをどうしてここまで続けられるのか。

 それはおそらく俺のプレイを見せたからだろう。ある意味で売り言葉に買い言葉の流れでやることになったわけだが、立林さんには良い刺激になったようだ。その証拠に俺がプレイし終わった時なんて……


『す……すげぇ! 遠野さん凄すぎっす。あたしとは雲泥の差。いや比べるのもおこがましいくらい動きが滑らかで無駄がなくて。それでいて全部ターゲットのど真ん中を撃ち抜いてる。同じプレイヤーとして素直に尊敬っす、憧れっす!』


 といった感じに目を輝かせていた。

 やり終わった際は少しやり過ぎたかも。これで自分には才能がないんだ、とか落ち込み始めたらどうしよう。と思ったが一安心。強豪校として知られる天道学園、そして姫島のチームメイトという肩書きが良い方向に働いてくれたようだ。


「遠野くん」


 鈴の音のように涼しげで綺麗な声に導かれるように視線がモニターから移る。

 視界に映ったのは、普段どおりの澄ました顔で佇む姫島。それとこちらに差し出されている冷たそうなお茶だった。


「係の人からの差し入れです」

「どうも」


 あちらと違って多数の相手をしているわけではなく、練習相手として対戦しているわけでもない。

 そのため疲労で言えば、どう考えても係の人達の方が上だろう。

 それなのに俺達に差し入れをくれるなんて何て良い人達なんだ。

 あちらとしては天道学園の名前を使って人を集められる。それが将来的な利益に繋がる。そんな大人の事情があるかもしれないが、それはこちら側も同じ。現場の俺達が気にするだけ無駄。難しいことは上の人に任せればいい。


「これ、シオンの方には?」

「ちょうど真辺さんに手本を見せているところでしたので、真辺さんに伝言と共に預けておきました」


 そうですか、で終わらせたいけど……

 あとでシオンに俺は姫島に手渡しされたことが知られたら面倒臭そう。姫島は自分の推しなのにミカヅキだけずるい! って喚く姿が脳裏に浮かぶ。


「姫島……あとで俺のこと助けてね」

「財前さんとのデートの邪魔をするつもりはありません」

「そこに関しては覚悟してます」

「振り回されるのが目に見えているだけに理解はします。が、同じ女性として言わせてもらうとその言い方もどうかと」


 仕方ないでしょうが!

 学校での数時間とプライベートでの数時間。たとえ同じ時間だったとしても今日の方が疲れるに決まってる。だって学校だとやれることに限りがあるから。

 それにシオンさん、ああ見えて生徒としては優等生。

 勉学だけでなく、ルールもきちんと守るのです。反抗的な態度を取ってオタ活の時間が減らされるのはごめんだから、という実にオタクらしい理由だけど。

 なのでオタクを全面開放できる。社会的常識さえ守っていれば、超オタク人になっても問題ない休日は、体感的に学校の倍はパワフル。

 アニメ映画の観賞みたいなプランなら良いんだけどな。

 時間的に見終わってご飯でも食べたら帰宅するルートだろうから。漫画やラノベといった二次元物を買い漁るプランだったら色々と連れ回されるから疲れる。


「女性としてあいつの味方をするならさ、俺の口が悪くならないように姫島も付き合ってくれ」

「お断りします」

「大丈夫、シオンも姫島が一緒に来ること断ったりしない。何なら姫島ともデートできるって喜ぶ」

「それだと私の方が彼女の面倒を見る時間が増えると思うのですが」


 そうなったらこちらとしては嬉しいですが。

 元はと言えば、俺がひとりで受け持たなければならない時間。だから


「基本的に俺が面倒見ます。でも休憩する時間は欲しい。なのでその時間を確保するために協力してください」


 うわぁ、凄まじいほど苦渋の決断を迫られている顔をしてる。

 多分だけど俺の気持ちが分かるだけに手伝ってあげたい優しさ。それとシオンの相手するしんどさがせめぎ合っているんだろうな。

 でもさ、ここで一蹴しないで検討してくれるあたり姫島って優しいよね。すぐ睨んだり、圧を掛けたりしてくるけど心根は優しい子だよね。


「……遠野くん、あなたは鬼畜ですね」

「鬼畜は少々言い過ぎでは?」

「いや鬼畜です。あなたとは協力関係を結びましたので、立場的には今の提案に肯定の返事をすべき。ですが……私は独り身ですよ?」


 うん?


「それなのに緊急時のヘルプという基本的には第三者ポジションで同行し、あなた方がイチャつく姿を見ていろと言う。その所業、彼氏いない歴=年齢の私に対して鬼畜と言わず何と言います?」


 別に黙ってついて来い。疲れた時だけシオンの担当を代われ。

 そういう意味合いで言っていたんじゃないんだけどな。

 もしかして姫島って俺が思っている以上に恋愛に関してあれこれ思ってる?

 容姿端麗でアドバトだって上手いのにどうして恋人が出来ない! って悩んでいたりするのかな。


「じゃあポジション変わります? 俺も彼女いない歴=年齢の身ではありますが、第三者として姫島とシオンがイチャつく姿を見るのに抵抗はないので」


 何ならご褒美だよね。

 だって見た目は誰もが可愛いまたは綺麗と口にする子達のデート風景を見ていられるんだから。それも関係者という立場で。

 美少女から冷ややかな言動を取られることも……片方はさっさと助けろと言わんばかりに絶対零度の視線を浴びせてきそうだけど。

 でもそれを考えてもトータルではプラス。俺に得しかない。さあどうする姫島!


「……終わってから考えます。今はまだプライベートの時間ではないので」


 良い返事をお待ちしております。


「時に遠野くん、話は変わるのですが」

「何でしょう?」


 営業スマイルをやめろ、とかその手の話かな。

 姫島にとって俺のスマイルは胡散臭いだの、不愉快だの言われてしまう悪い意味での純度が高いもののようだし。


「残り時間も少なくなってきました。参加者の方々は皆真剣に取り組んでくれていますが」

「用意されているメニューも少なく、それを何度も繰り返しているわけだから飽きてきているだろうと?」

「はい。せっかく参加していただいているわけですし、最後に何かしらしてあげたいと思うのですが……」


 どうでしょう?

 と目と表情で投げかけてきてはいるが、俺を誘導するかのように姫島の視線はすぐに別の方に向く。

 彼女の視線の先にあるもの。それは使われていないコクピットマシン。

 人数的に3台しか稼働させていなかったが、対人戦もできるように偶数でマシンの数は揃えられている。


「なるほど。良いんじゃないか? あの子達も今日の成果を実戦的に試してみたいだろうし」


 それに強い人とは戦えないなんて言うタイプでもない。

 むしろ、強い人と戦ってみたいと思うタイプだろう。

 ただ問題になるのは……


「姫島はどう考えているんだ?」

「どう、とは?」

「実力差を考えれば、対戦方式はこちらが1人の形になる。俺はご指名が入れば別だが、知名度的には姫島が対戦する方が彼女達も喜ぶだろう。ただ……」

「財前さんが自分がやると言った場合ですか?」


 ご理解が早くて助かります。

 シオンの本気度にもよるとは思うが、仕様上同じ機体での戦闘になるとはいえ、本気でやればボコボコにするのは目に見えている。

 俺はこれまでに何度もシオンの才能の前に、挫折やそれに近しい感情を抱いた人間を見てきた。

 それだけに成上高校の彼女達の心が折れたりしないか。今日という日が嫌な記憶として残らないか不安に感じる。


「判断材料が欲しいので、長年保護者を務めているあなたの予想をお聞かせください」

「程良く手を抜け、と言えば出来なくもないと思う。ただ楽しくなってボコボコにする可能性も否定できない」


  アドバトを楽しんでいるカジュアル層。

  それとも本気で強者を目指している弱者。後に強者になりえる者。

  実際のところ、シオンが彼女達にどちらの心象を抱いているかによって事の顛末は変わってくる。


「なるほど、財前さんの気分次第だと」

「それが俺達のお姫様だよ」

「世話係としてきちんと手綱を握って欲しいものです」

「そういうそちらも今後は教育係だから。お小言言わないと仕事放棄だぞ」


 微々たるものとはいえ苛立ちや呆れ、面倒臭さ。そういった負の感情が見てとれる表情。ああ言えばこう言う、とでも言いたげな顔をしていらっしゃる。

 はたしてこの感情の根源はシオンなのか。それとも俺なのか。

 出来れば前者であって欲しいですね。

 協力関係を結んだのにシオン以上に煙たがられてしまったら元も子もない。俺が将来的に苦労するだけだ。


「……財前さんがやりたいと言うのであれば彼女に任せます」

「その心は?」

「今日はコーチと生徒という関係ですが、公式の場で出会えば私達と彼女達は優勝を争うライバルです。財前さんが理由で心が折れるのであれば、それはそれで我々には好都合」


 クレバーなご判断ですこと。

 内心では初心者には優しくしたいと思っているだろうに。

 こういう清濁併せ吞めるところが姫島さんの強さですね。


「言いたいことがあるのならはっきり仰ってください」

「いえ別に。ただ姫島は強いなと」

「どこをどう切り取っているのか分かりませんが、メンタル面の話だとしても私からすればあなたの方が強いと思います」

「こちらは部長のように多様な責任は負わなくていいので」

「確かにそこだけ見ればそうですね。ですが……常人では財前さんのような怪物の傍に。あの人の隣に立ち続けようなどとは思いません」


 こちらの返事を待たずに立ち去る姫島。

 怪物ね……。

 どうやらアドバトのプレイヤーとしてのシオンに対する認識は、俺と彼女の間では同じようだ。

 ただ認識の違いがあるとすれば。

 俺は強くない。アドバトにおいて怪物の傍に居よう。隣に立とうとはもう思っていない。

 どう足掻いても無理なんだ。

 そう遠くない未来。全国大会優勝を狙うのであれば、今以上にはっきりとした形で俺とシオンとの間で実力の差は出てくる。

 どう足掻いても。努力しても。

 天才が努力をしてしまったならば。凡人は追いつくことはできない。追いかけていても背中は離れていくばかり。


「だから姫島……」


 お前は強くなってくれ。

 シオンを独りにしないために。孤独なエースにならないように。

 今はまだ分からないだろうが、あいつはああ見えて寂しがりなところがあるから。

 本人を前にしたら言わないであろう感傷に浸っていると、準備を終えた姫島から招集が掛かる。

 残り時間もわずかということもあり姫島は手短に説明。

 うちのエースであるシオン様は盛大にやる気を示してくれているが、成上高校の面々はというと……


「か、勝てるでしょうか……」

「バッカ野郎、そんなのやってみないと分かんねぇだろ。やる前から情けないこと言うなって」

「そうだよ! せっかく強い人と戦えるチャンス。負けてなんぼ。胸を借りるつもりでとことんぶつかってみようよ!」


 最も経験の浅い真辺さんが燃えていることもあり、次第に戦う気力が漲っていっている。

 となれば、コクピットマシンに入らない俺と姫島はセッティングの準備。

 プレイヤー勢をコクピットマシンに入れ込んで。


「フィールドは練習時から大きく離れないように都市部演習場。障害物は最低限。高度制限は撤廃、チーム分け及びアーマードールのセットアップ完了」

「コーチングも兼ねるかもしれないし、音声は基本的にオープンで良いよな?」

「はい。成上高校側だけそれとは別で専用のチャンネルを用意し、作戦などを話し合う場合はそちらを使ってもらいましょう」

「女王陛下の仰せのままに……ぅ」


 ノリで言っただけなのにわき腹を小突かれました。

 警告という意味合いが強いのか大して痛くはないというか、痛みはほとんどなかったわけだが。

 女王陛下の……姫島の顔は怖くなっております。

 女帝と呼ばれそうな貫禄と雰囲気あるというのに、もしやそういう呼ばれ方するのは嫌なのだろうか。

 まあオタクの一面があるということと、凜華さんの親戚ということを加味すると。

 部屋には可愛いぬいぐるみが存在していて、寝る時に抱き枕にしていても不思議ではない。


「遠野くん、私は護身のために武道も習っています。あまりおいたが過ぎると、本当に痛い思いしますよ」

「痛い思いはしたくないので、その技術は矛ではなく盾のままにしといてください」

「冗談です」


 どこが? 何が冗談なの?

 冗談とは思えないリアリティのある表情と声だったんですけど。


「開始5秒前です。モニターに集中してください」


 言いたいことがないわけではないが、ここで噛みついても仕方がない。

 搭乗する機体は、全員教室用に準備されているテスタースタンダード・F。武装はエネルギーライフルにエネルギーブレード。対エネルギーコーティングされているシールドというシンプルな構成。

 機体のスペックだけで考えれば、俺達が日頃やっている戦闘より格段に低い速度感のものになる。

 それはスリーマンセルで死角をなくしつつ、前進している成上高校側の動きを見ても明らか。機体の性能差がなく、枚数の少ない天道学園側は遮蔽物を使いながら戦う。そのため戦場での速度感がより低速化する。

 そう思うのが普通だ。しかし、


『ガンガン行かせてもらうよ!』


 こちらが選出したのは、個人的には天道学園の絶対的エース。暫定的に考えても天道学園の最上位の能力を持っている財前シオン。

 彼女が順守するのは勝つためのセオリーじゃない。自身が楽しめるかどうか、だ。


『え……すすすすごい勢いで突っ込んできてるんだけど!?』

『慌てんな! 数はこっちが有利だ』

『まだ距離もあります。まずは射撃で応戦しましょう』


 成上高校側は、隊列を組んで盾を構えながらエネルギーライフルを構える。

 シオンの能力がどれほどなのかデータがない。だが天道学園の生徒である以上、自分達より格上なのは間違いない。迂闊に散開すれば各個撃破される。

 そういう思考が読み取れる選択だ。

 ただ成上高校の選択は第三者から見ても悪いものではない。

 機体性能的にライフル、ブレード問わずまともに直撃をもらえば大破しかねない。またエネルギーや推進剤の残量で考えても成上高校側はシオンの3倍になる。

 長期戦になればシオンは攻撃や移動手段が乏しくなり、迂闊に攻めればカウンターで撃破される。

 それだけにシオンは慎重かつ大胆に。要所を見極めなければ勝機を掴めない。


『サクラさん、もっと撃って。弾幕が薄いわ』

『そう言われても……動きが早すぎるんですけど!』

『そんなのはこっちも分かってる。でも撃たなきゃそもそも当たる可能性すら生まれねぇだろうが!』


 状況的には成上高校が有利。

 しかし、精神的には徐々に成上高校が追い込まれつつある。

 まあ気持ちは分からなくもない。敵は自分達と同じ機体に乗っているはずなのに明らかに挙動や機動が違うのだから。

 どうしてそこまでスピードに差が生じるのか?

 それは単純に機体の操作技術の違いもある。

 シオンの機体は、敵の攻撃を最小限の動きで回避している。フェイントを入れたり、切り返す際も無駄な重心移動がなく、減速も必要最小限。

 そこに視覚やレーダーなどか得た状う方を瞬時に処理する速さ、それを全身を伝えて機体を操作するまでのラグの少なさがシオンは常人と比べて異常なのだ。

 それ故に同じ条件下の機体に乗った場合、相対している者からすると数倍の速さを叩いだしているように感じるだろう。


「……まるで彗星ですね」


 ねぇ皆さん、隣からボソッと聞こえたんですけど。

 これは拾って反応する方が良いのでしょうか?

 個人的には凄く話したい。アドバトをやっているし、オタクでもあるからもしやと思っていたけど。

 さすがは凜華さんの親戚。女の子でメカやロボットが出る作品をご存知とは。

 シオン以外とこの手の話って出来ないから是非お話ししたい。

 でもこの状況でオタクトークしようとしたら真剣に戦ってる人達に失礼だって怒られそう。なので我慢、ここは我慢だ。


『速い、速すぎるよ。シオンさん速すぎ!?』

『こっちはソロだからね。数を補うために3倍の速さになれるように努めているよ』

『いやいや、もう少し手加減……何でそんなにグワングワン回りながら撃ってこれるんすか! こっちは3人居るんですよ。そっちの3倍撃ってるんすよ。なのに何で直撃どころか、1発も掠らないんすか!』

『そんなの決まっているじゃないか。当たらなければどうということはない!』

『余裕があって羨ましい限りです』


 シオンさん、楽しんでますね。

 それに比例するかのように成上高校サイドは、暗い表情になっていってますが。

 とはいえ、この状況は長くは続かない。

 成上高校側は防戦気味で被弾こそしているがダメージ的には小破。致命的な損傷を受けているのはひとりもいない。

 対するシオン機は損傷ゼロだが、エネルギーや推進剤の残量からしてこのままだとガス欠になる。

 つまりシオンは、そろそろ攻めるきっかけを作らなければ敗北。

 先日の宣言による約束は、おそらくこの戦いにおいても適用される。

 シオン、頼むからうっかりだけはやめてくれよ。じゃないと俺の今後のプランとか全部組み直しになる。お前はエースなんだから負けるなよ。


「財前さん」

『どしたのカガリん?』

「楽しむのは構いませんが、遠野くんが少し心配そうなので程々に」


 何を言っていらっしゃ……


「何か?」


 あ、その目は分かってくれてるやつですね。

 というか、あなたとしてもシオンにこんなところで負けられるのは困ると。

 なら素直にそう言えばいいじゃん。俺のことを出汁に使わなくてもいいじゃん。


『まあ確かにこの後のデートには気分良く行きたいもんね』


 俺が心配してたのはこの後にあるお前とのデートのことじゃねぇよ。

 デート中に機嫌悪そうにされるのも嫌だけど。

 ただそれ以上にそのへんのこと分かってるくせに、あえてこういう言い回しするシオンさんが嫌です。嫌いになります。

 何故なら……シオンの音声は成上高校側にも聞こえる設定だから!

 まあ今のところ成上高校の皆さんには余裕がなさ過ぎて、こちらの話は聞こえていないみたいですが。


『というわけで……成上高校のみんな、ごめんね。ボクはこの後に控えたミカヅキとのデートのためにお色直しもしたい。だからそろそろ決めさせてもらうよ!』


 何で覇気のある声で宣言したの!?

 いやまあ、宣言するのは良いよ。そこまでならお前だけのことだから好きにして。

 でもさ、絶対に途中のは要らなかったよね? 俺の名前が出る必要なかったよね!


「ご愁傷様です」


 そっとアメ玉を渡してくるな!

 元はと言えば、お前が俺を使ってあいつを急かしたからだろ。慰めるくらいなら俺と同じところまで堕ちろ。お前が俺の代わりにデートに行きやがれ。

 なんて思っている間に戦場は大きく動く。

 シオンは、自身のシールドを敵機に向けて投擲。


『え……?』


 敵機のシールドを大きく弾き、出来た隙間にエネルギー弾を正確に撃ち込む。


『シラギクちゃん!?』

『バッ……気を抜くな!』


 その後、撃破された機体に気を取られた敵機に神速の機動で接近。その勢いのまま蹴り飛ばす。直撃をもらった敵機は後方へ吹き飛び、地面を削っていく。


『この……!』


 立っている敵機は、ブレードを装備して反撃に転じようと動く。

 が、シオンはすでに動き始めていた。

 シールドを捨て空いていた手に装備していたブレードで両腕を切断。間髪入れずにコクピット部分にエネルギー弾を撃ち込む。


『リオ……ちゃん?』

『残るは君ひとりだね』


 力のない状態で立ち上がる敵機。それを静かに見据えるシオン機。

 この構図は、誰がどう見ても絶対強者の前に立つ新兵。心が折れてしまってこの先何も出来ずに……何もしようとせずに終わってもおかしくない。

 そう思った矢先だった――


『まだ……終わってない!』

『――っ』


 敵機はシールドを投擲。

 それをシオンは最低限の動きで回避する。が……


『うわあぁぁぁぁぁあぁぁぁァァァァァァッ……!』


 敵機は最大加速で迫りながらエネルギー弾を乱射。

 一見デタラメな射撃に見えるが、絶妙にシオンの回避行動を阻害するラインに放たれている。

 シールドを捨てた手にブレードを装備。生成されたエネルギー刃はシオン機に迫る。

 とはいえ、この程度で慌てるシオンではない。

 迫り来るエネルギー刃をブレードで受け止めながら体勢を入れ替え、押し出すようにして距離を取る。


『逃が……さないッ!』


 安全圏からエネルギー弾を撃ち込んで終わり。

 そう思えていた未来が変わった。

 敵機は無駄のない動きで体勢を整え、再度シオンに迫る。

 シオンも直撃ラインでエネルギー弾を放つ。が、それは最小限の動きで回避されてしまった。その動きはまるでシオンの動きをトレースしたかのような……


『これで……!』

『終わりだよ』


 機体がすれ違った次の瞬間。

 真っ二つに両断されて爆散したのはシオンではなく敵機だった。

 モニターに映るシオンの表情は涼しげではあるが……


「遠野くん……彼女は」

「ああ……《人機一体化シンクロ》できる人間だ」


 人機一体化。

 それは言葉のとおり、搭乗する機体と一体化し、自分の手足のように感覚的に機体を動かせる能力だ。

 俺の知る限りでは、プロでもこの能力を持っている者は少なく、理論派のプレイヤーにはひとりとして持っている者はいない。

 感覚派の中でも極一部の才能を持ったプレイヤー……うちで言えばシオンにしか備わっていない稀有なもの。

 そんな才能を持った人間が同じ地区に……それもアドバト部で考えれば弱小校でしかない成上高校に存在していたとは。


「ごめんふたりとも……負けちゃった」

「何言ってんだよ。お前最後の何だ? むっちゃ凄かったじゃねぇか!」

「そうですよ。まるで別人みたいでした」


 才能の片鱗が見えたあちら側は大盛り上がり。

 イベントの締めとしてはこれ以上のない雰囲気だと言える。

 ただ俺個人としては何とも言い難い感情に駆られている。

 強豪校に転校して全国優勝目指すって頑張ってる中でこの仕打ちは嘘だろ。

 あっちは結成間もない弱小チームだぞ。それなのに何だこの主人公感溢れる流れは。初心者が天才と勝負して、その中で覚醒して片鱗を見せる。これは強豪校を倒して優勝を捥ぎ取るサクセスストーリーか何かか?


「ミカヅキ」


 自然体で俺を呼ぶ声に我に返る。


「勝ったよ」


 気負いもなければ不安もない。

 ただの事実を当たり前のように。

 それでいて楽しそうに笑って伝えてくるシオンの姿がそこにはあった。

 シオンを見ていると胸の内に芽生えていた不安がバカらしいものに思えてくる。


「楽しそうだな」

「楽しかったからね。こんなところで人機一体化できるプレイヤーに会えるとは思ってなかったし」

「そりゃあそうだろ」


 お前みたいな才能を持った奴がゴロゴロ居て堪るか。

 そう軽口を叩こうとしたが、出来なかった。

 何故ならシオンの視線が静かに俺ではなく、成上高校の方に……真辺サクラに向けられていたからだ。

 その目は新しいオモチャを見つけた子供のような目にも。未成熟な獲物に狙いを定めた捕食者のような目にも見えた。


「あの子、強くなるよ」


 声の響きに変わりはない。

 しかし、瞳には明確な何かが宿っている。


「多分ボク以上の感覚派だ。そう遠くない未来……遅くとも最後の大会には確実に。あの子はボクらの首元に剣を突きつけるだろうね」


 怪物が幼いひな鳥を成長すれば自身と同じ怪物になる。怪物になってくれるのを心待ちにしている。その日が来るのを楽しみしている。

 付き合いが長い俺には、それが明確に伝わってくる。

 俺は……シオンをこういう気持ちにさせてやることが出来ない。

 だがそれでいい。

 それは俺の役目じゃない。



 感謝するよ、真辺さん。



 君のおかげでうちの怪物はやる気を失うことがなくなった。

 君という存在に今日出会えた。時が経つほど君が俺達の前に立ち塞がる強大な壁になることを知ることが出来た。

 なら俺がやるべきことはただひとつ。

 可能な限り早く全国大会優勝というノルマを達成する。そのために必要なチーム作りをしていくことだ。

 そのためには……


「ところでミカヅキ」

「ん?」

「さっきの試合、君に勝利をプレゼントするために頑張ったわけだけど。もちろん、あとでご褒美はもらえるんだよね?」


 どうやらまずは今日という日を無事に終わらせる必要があるらしい。


「頑張ったね、偉いね、シオンちゃん最強無敵カッコいい」

「可愛いと綺麗と愛してるは?」


 平然と公衆の面前では言いにくいワードを並べてきますな。

 さすがはシオンさん。こういうところマジでブレない。


「デートに姫島が同行。その際に姫島とは手を繋ぐの可、ということで手を打たないか?」

「遠野くん」


 あなたにそのような権限があるとでも?

 と言いたげ……いや確実に言っている目をしているが知ったことじゃない。

 お前はさっき俺を裏切った。その代償は受けてもらう。お前も俺のところまで堕ちるんだよ。その絶対零度の眼差しがシオンにも効くと良いな!


「分かった。それで手を打とう」

「財前さん、納得しないでください。私には異議しか」

「ただ今日の気分的にボクはヒロインでありたい。だからミカヅキがセンターで両手にボク達ね☆」


 うん?


「何だかテンションが上がってきたよ。まさかミカヅキを使って他のヒロインと主人公を取り合うヒロインムーブが出来る日が来るとは。負けないよカガリん!」


 バカ野郎、そんなことが出来るわけあるか。

 お前がいかに宣戦布告しようと相手はあの姫島カガリ。女帝様なんだからね!


「フ……良いでしょう。受けて立ちます」


 何で!?

 ここで受けて立たない。戯言と一蹴するのが姫島さんでしょ。

 どうしてあっさりと承諾しちゃうの?

 というか、返事をする前に俺の方を見て笑ったよね?


「姫島、お前」

「私を巻き込んだのはあなたですよ」


 こ、この野郎……

 オタクであることを俺に知られたからって、ここぞってタイミングで素の部分を出してきやがって。

 俺、ちゃんとやっていけるかな?

 やっていけるかどうか。どういう生活を送るかどうか。

 それは後日またお伝えするとしよう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アドバト ~日本一という称号を掴み取るために招集された俺達!~ 夜神 @yagami-kuroto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ