第15話 「何か不愉快です」

 姫島が発表した組み合わせは以下のとおり。


「よろしくお願いします。財前さん!」

「うん、よろしく。あとボクのことはシオンで良いよ」

「じゃあわたしもサクラで良いです」


 最も経験に劣る真辺さんには、こちらの懸念すべき人物であるシオン。

 シオンは誰に付けても不安は残るわけだが、教える内容が基本に近いだろう真辺さんの担当なら余計なトラブルも起きにくい。それを考慮しての採用だ。

 単純に機体操作といった分野で見れば、シオンが誰よりも高い技術を持っている。また感覚派であるところもあるが、理論的な説明が出来ないわけではない。なので上手くハマれば、純度の高い経験値を得られる。


「姫島さん、よろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 戦術的コーチングも望んでいる橘さんには、我らが部長の姫島。

 知識的な話をすれば、俺と姫島はそれほど大差はない。プレイスタイル的にも感覚よりも理論を用いて戦う。

 それだけに俺はこちらに付いても良かったわけだが、他人に教えたことがある回数などまで考慮すると、姫島の方が嚙み砕いたり、性格や思考に合わせて説明できる。というわけで、橘さんのコーチングは姫島になりました。

 ちなみに……


『射撃の精密さ……それは遠野くんの方が今は上です』


 と、睨みながら言われました。

 さらりと負けず嫌いが発動しているあたり向上心が高いですね。

 というわけで、俺が担当することになったのは射撃能力を上げたい立林さん。

 悔しさを滲ませながら評価していただいたわけだし、責任を持ってコーチングに努めることにしましょう。

 そう思う俺はともかくとして……


「……はぁ……仕方ねぇよな」


 立林さん、なかなかのがっかり具合。

 そうだよな。どうせならよく知りもしない俺より憧れの対象である姫島に教えてもらいたいよな。

 俺にはそういう対象がいないからあれだけど。オタクとして二次元に関わる人物と出会えたなら似た感情を抱くかもしれない。

 だから君の気持ち、少しばかりは理解できるぞ。


「悪いね立林さん」

「え? な、何がっすか?」

「せっかくの機会なのにコーチングするのが俺なんかで」

「いやいやいや、そんなことないっすよ!? 遠野さんも天道学園の人ですし。あたしなんかからすれば十分に憧れというか……!」


 素直な子だ。

 それでいて気遣いができる。うちの欲望に素直過ぎるバカに見習わせたいよ。


「いや待て、この今の言い方だと……バカバカバカ、あたしのバカ野郎! これじゃ姫島さんが良いって言ってるようなもんじゃねぇか」

「今なら姫島と変われると思うけど?」


 相手側から希望していると言えば、姫島は無下にはしないだろうし。

 せっかく参加してくれているのだから可能な限り要望は叶えてあげたい。その方がこの子も楽しめるはず。

 まあ……あちらも姫島が良いと主張して泥沼に突入する可能性はあるけど。

 そうなったら引っ張り合いの対象にされる姫島は大変。蚊帳の外にされる俺もはたから見たらみじめな存在になる。

 でも多分、いや絶対に俺はその状況を楽しめる。

 憧れの先輩を後輩たちが取り合ってる構図ってオタクとして楽しめるじゃん?

 それが全員女性ともなれば、ラブコメ感あって萌えちゃうじゃん!


「遠野くん」


 はっ!?

 こ、このタイミングで話しかけてくるなんてもしや俺の思考が読まれたのか。

 視線も重なっていないどころか、お互いの表情さえ見える状態になかったというのに俺の心が読まれたというのか。

 もしも本当にそうなら……姫島カガリ、何て恐ろしい女だ。


「あなた達はあちらのマシンを使ってください。財前さん達はあちらでさせますので」


 なーんだ、ただの事務的な連絡か。心配して損しちゃった。

 シオンがあっちということは、俺とシオンの間には部長が居座る形になる。

 なるほど。俺とシオンが絡んで……もといシオンが俺に絡んで参加者へのコーチングが頓挫しないようにするための配慮ですね。了解でございます。


「……先に謝っておきます。何か不愉快です」

「どうして俺は唐突に貶されたんでしょうか?」


 それも明確な理由も添えられず。


「理由は言語化しずらいと言いますか、遠野くんの顔を見たら直感的に不快感を覚えてしまったもので」

「生理的に嫌いってこと?」

「そういうわけでもなく……至って真面目そうな表情の裏に胡散臭い笑みを浮かべ、良からぬことを考えているあなたが見えてしまって。それに対する感情が我慢できそうになかったので口にしてしました。すみません」


 うん、謝らないで。

 何か真摯に謝られる方がメンタル削られてるから。

 それに……俺ってそんなに分かりやすい人間なのだろうか。こうも考えていることが透けて見える?

 いやいやいや、そんなはずないよね。

 だってこれまでの学生生活を振り返った場合、どちらかと言えば何を考えているか分からないって言われることの方が多かったわけだし。

 だからそう、この姫島さんが特別なだけ。きっと彼女には心を読めるスキルが備わっていて、その熟練度が上がったことで数秒前の思考さえも読めるようになってしまった。ただそれだけだよ。


「こっちこそすいません。今後は姫島との……部長との距離感ちゃんと考えます」

「ですから別にあなたのことが嫌いとかではなく。ただその……何と言いますか。親密度が上がったことによる副次効果が発生し……それで……」


 何だか思った以上に深刻に考えていらっしゃる。

 つまり、これは姫島には読心スキルなんてものはないという証拠。そんなものがあるなら俺は間違いなく彼女に平手打ちをもらっている。暴力に手を出すか分からないから切れ味の鋭い言葉で殴られるパターンかもしれないけど。

 そこは置いておくとして。

 姫島カガリという人物は、俺が想像しているよりも怖くないのかもしれない。

 憧れの対象になったり、敬意を払われることが多かっただけに同年代と親しくなった際の経験値が足りていない。それが俺との付き合い方に出ているだけなのでは?

 じゃないと普段は隠しているはずのオタクニズムを感じられる言葉が、他校の生徒という第三者が居る状態で出るはずもない。

 まあ立林さんは、


『姫島さんでもこういう顔をするんだあ。可愛い! 何か頭良さげなこと言ってる。カッコいい!』


 みたいな顔をしてるけど。

 この子、マジで姫島のこと好きなんだね。ファンなんだね。やっぱりこの子のコーチング、俺から姫島に変えた方が良いのでは?


「と、とにかく別にあなたのことが嫌いになったとかそういうわけではないので。だから誤解しないでください。急に馴れ馴れしい態度を取られるのも嫌ですが、今くらいの関係であれば嫌悪感はありませんので」


 なるほど。

 俺って自分で想像して以上に姫島に好かれていたのか。

 オタク要素を仮面を付けて隠していた奴が、その仮面を外して素を見せられる相手に出会えた。共通で対処すべき相手がいる。

 そういう要素が大きいのだろうけど……悪い気はしませんな。

 だって姫島は辛辣なところがあって怖いこともあるけど、俺の身近な人間で最も常識人でもあるし。俺の今後のためにも必要不可欠な人材。それは断言できる。


「それと謝罪はしました……必要であればもう一度謝罪させていただきますが」

「いや大丈夫です」

「そうですか。では橘さんを待たせておりますので私はこれで」


 ここで帰せば一件落着。

 だけど立林さんのことを考えると、姫島にコーチングの相手を変わってもらった方が彼女の幸福度が増す。

 よし、そうと決まれば即行動。

 待ってろ立林さん。俺が姫島を君にプレゼントしてみせる!


「姫島、今のとは別件でちょっと良いか?」

「何でしょう?」

「俺のコーチング対象なんだが橘さんに変えてもらえないか?」

「理由をお聞きしても?」


 それはもちろん構いませんよ。

 ただ……何で急に目つきが鋭くなったのでしょうか。

 もしかして、俺が自分の好みの女性とお近づきになりたい。そう考えてこんなことを提案していると思ってらっしゃる?


「それは立林さんがお前の」

「とととと遠野さんそういうのいいっすから!」

「私が何か?」

「な、何でもないっす! 姫島さんもどうぞお気になさらず。あたしは遠野さんで良いので。いや遠野さんが良いので!」


 この子、ヘタレだな。

 気が強そうな見た目しているのに。他人から頼られそうな姉御肌って感じなのに。

 肝心なところで自分からチャンスを手放すとか、真正のヘタレだな。


「そうですか。では私はこれで失礼致します」


 一礼して踵を返す姫島さん。

 だけど振り返る前にバチクソ睨んできました。咎めるような視線を頂きましたよ。

 それは何故か?

 ヘタレを発動させた立林さんが、俺を止めるために腕にしがみついてきたから。

 その状態のまま俺が良いなんてことを口にしたから。

 なので俺は短時間で女子を口説くクソ野郎。女の敵。そう思われてしまったのかもしれない。さっきの目、問題起こしたら潰すぞって言ってた気がするし。


「あ……危なかった」

「せっかく姫島とお近づきになれるチャンスだったのに」

「急な接近は心臓に悪いんです! 姫島さんにコーチングされるとか幸せですけど、最後まで心臓もちませんって!」

「なるほど。でもだからといって何の興味も持っていない相手に引っ付きながらあれこれ言うのも悪手では? 下手したら心象を悪くしたかもしれない」

「え?」


 俺の言葉に立林さんは過去を振り返る。

 それと並行して視線は俺の顔から自身が捕まえている俺の腕の方へシフト。

 状況を理解しつつあるのか、立林さんの頬の赤みが徐々に増していく。


「すすすみません! あ、あたしなんかが!」

「別に気にしてないよ」


 むしろ、ありがとうございます。

 短時間ではありましたが、そちらのお胸の感触まで楽しむことが出来ました。健康的な弾力を感じさせていただきました。

 大丈夫、君には君の魅力があるよ。

 美人度で言えばシオンや姫島には負けてしまうかもしれない。でも立林さんには立林さんにしか持ちえない素敵な部分がある。

 だから自分なんかみたいな卑下する言葉を使ってはダメだ。


「でもあたしのせいで遠野さんまで姫島さんに嫌われたかも」


 それは……まあうん、そうかも。

 そこだけは気にして欲しいかな。君の素直さや初心なところは良いところとも言えるけど、さっきのケースの場合はマイナスに働く可能性もあるから。


「まあ大丈夫でしょ。日頃から割とあの手の言動はされてるから」

「それはそれでどうなんすか」


 いやだって。

 あの人って負けず嫌いだから一方的に闘志ぶつけられたりするし。

 シオンを互いに押し付け合ったりしようとするし。

 他のチームメイトが余計な火種を投下してきたりするから。

 俺が悪い時もあるとは思うけど、俺だけが悪いわけじゃないからね。


「そ、その……やらかしたあたしが言うのもあれですけど。付き合ってるなら異性との距離感は考えた方が良いと思います。あたしだって自分の彼氏に他の女が密着してたら嫌に思いますし」


 俺としては、適切な距離感で関わろうとしているつも……

 この子、今さらりと流してはいけないことを口にしなかった?


「あのさ、俺の聞き間違いでないならだけど。今君が俺と姫島が付き合っていると解釈できるようなことを言った気がする」

「え、付き合ってるんですよね?」

「付き合ってないよ?」


 しばしの沈黙。


「すいませんでした! 姫島さんの態度が遠野さんにはあれだったんでつい!」

「いやまあ、分かってくれたんなら」

「そうですよね。冷静に考えたら付き合ってるのは財前さんの方ですよね。さっき遠野さんが強い匂い嫌いだから香水は付けないって言ってましたし」


 一件落着かと思ったら別件が発生しやがった。

 まあシオンさんとの関係は、これまでに何度も誤解されてきましたし。今回の誤解に関しては、この子が悪いのはなく全面的にシオンさんが悪いんですけど。

 くそ、あの野郎……人様に誤解を与えるようなことばかり言いやがって。

 しかも何で俺だけしかその対象にならないんだよ。やるなら他の人にもやれよ。やらないなら俺に対する言動を変えるか、向けてくる感情そのものを変えてくれ。


「付き合ってません」

「恥ずかしがる必要はないと思いますよ。あんな美人な彼女が居るとか自慢できますし、恋人がいない身としては羨ましい限りっす」

「じゃあその気持ちは今すぐ捨ててくれていい。マジで付き合ってないから」

「……嘘っすよね?」

「嘘じゃないです」

「マジで言ってます?」

「マジもんのマジです」

「何で付き合ってないんすかッ!?」


 何で俺は怒られているんすか!?


「普通彼氏でもない相手の好みに合わせてオシャレ要素なくしたりします? しないですよね!」

「友人が嫌だと思うことに配慮することはあるでしょ?」

「それは否定しませんけど。あれだけオシャレなんですよ。オシャレに興味がないわけじゃないんですよ。それなのにただの友人のためにそこまでします? 財前さん、香水そのものを使ってないんですよ」


 いやまあ、うん……そうだよね。

 材料的にはおかしい話になってくるよね。

 改めて考えてみると、何で俺達って付き合ってないんだろうね。

 学校でも休日でも割と一緒に居るのに。何だったら家族よりも一緒に過ごしている時間が長いのに。


「常識的に考えて好きでもない相手にそこまでするのはおかしいです。本当は付き合ってるんすよね?」

「誠に申し訳ございませんが、何度も言われても付き合ってません。そうとしか言いようがありません」

「う、嘘だ……あれで付き合ってないとか。この条件下で彼氏彼女の関係にないとか狂ってる。この世全ての非リア充にケンカ売ってやがる」


 心底受け入れがたい現実を目の前にしたのか、立林さんの顔が蒼白である。

 ここまでショックを受けるのは共感できないけど、俺達の関係性にあれこれ言いたくなる気持ちは理解できる。俺も第三者のポジションで俺達みたいな奴が居たら似たようなことを思うだろうし。

 だがしかし、探せば俺達みたいな関係の奴はそれなりに居るのでは?

 友達以上恋人未満な関係性ってよくある話だと思うんですけど。時が経ってどちらかが誰かと付き合ったら自分の気持ちに初めて気づいたりする。そういうラブコメなリアルだって世の中にはあるはずだ。


「ご納得されていないと思いますが、このままだとうちの部長から雷が落ちる気がするので、とりあえずコーチングに入ってもよろしいだろうか?」

「あたしも怒られたくはないので構いませんけど……告白とかしないんすか?」


 今日初めて話すのにこの子なかなかにグイグイきますね。

 やはり女子高生にとって恋愛という話題は、それだけ価値がある。興味があるということか。

 正直これまでの人生で似たような会話は数えきれないほどしてきたが、だからこそ今更恥ずかしがる話でもない。心が開いた状態でコーチングする方が中身の濃い時間になるだろうし、満足するまで付き合ってあげよう。


「したとしても『ボクも好きだよ。ラブではなくライクだけど』。こんな風に返されるのがオチかな。あいつとはガキの頃から付き合いあるし」

「そこはほら、試しに付き合ってみよう。そしたら何か変わるかもって感じに切り出せば良いと思うっす。遠野さん達の関係性なら試しで付き合うのにも抵抗ないと思うんで」


 確かに世の中には恋愛的な意味で好きではないけど、試しに付き合ってみたら気持ちが変わった。そんな人もいるからなぁ。

 話の流れによってはシオンから「試しに付き合ってみる?」と言い出してもおかしくない。それだけに試しに付き合ってみるという行為は実現性は高いだろう。

 しかし、試しに付き合ったところで俺達に変化は起こるのだろうか?

 それくらいのことでお互いの気持ちに変化が現れたりするならば、今日に至るまでにすでに付き合っていると思うのだが。


「立林さんって恋愛経験豊富なの?」

「え、いや、それは……豊富ではないっすけど、昔からやたらと相談相手に選ばれることが多かったんで」

「頼れるお姉さんポジは大変ですな」

「お姉さんというより姉御って感じっすけどね。あたし、図体でけぇし気も強いんで」


 確かに女子にしては身長は高い。

 が、それでも見たところ170センチ程度。うちの学校の女子でも見かける高さであり、立林さんに限って言えば鍛えているのか全体的にすらりとした印象でスタイルが良く見える。

 気が強いところに関しては、今日出会ったばかりの俺では正確に把握できない。

 しかし、それでもうちの顧問や部長よりも怖い人間は早々いないと思う。


「考え方を変えれば短所は長所。君の場合、スタイル良くて自分の考えをはっきり言える芯があるってことでしょ? さほど気にする必要ないと思うよ」

「よくさらりと言えますね。下手したら勘違いされるっすよね。あたしは勘違いしたりはしないっすけど。遠野さんってモテそうっすね」

「あいにく彼女いない歴=年齢です」


 いやいや、そんなわけ……

 と言いたげな顔を立林さんにはされてしまう。が、それも一瞬のことで彼女はすぐさま何かに気が付いたような表情を浮かべた。


「遠野さんの傍には財前さんが居る。はたから見ていたら恋人関係としか思えないけど、実際は付き合っていない。だからといってふたりの仲睦まじい様子を見ていると、仮に好意を抱いている人がいたとしても行動に起こす確率は低い。遠野さんは財前さんと結ばれるしか彼女は無理なんじゃないっすか?」


 悪気はないんだろうけど。

 ド直球に言われると心のどこかがひび割れたような感覚に襲われる。

 俺とシオンの間に特別な好意はない。でもあちらは割と過激な発言をしてくる。ただ俺としては、あいつの今後にも関わりかねないこともあるから大事にしたいわけで。そうなると今の関係性が続くだけ……

 何かもう俺かシオンに変化が起きない限り、この問題は永久ループで進展しない気がする。


「それに関しては将来的に解消していたらいいなぁ、と思っております。なので今は君のコーチングに専念します」

「了解っす。よろしくお願いします」

「ちなみに割かし真面目かつ本気でやります。今しがたチラリと確認したところ、うちの部長の目つき鋭くしてこっち見てたから」

「わ、分かりました。ぜぜ全力でやりましょう!」



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