第14話 「もう好きにしてください」
アドバト教室。
地域ごとに他の呼び方があったりするが、アドバトをやったことがない人。やり始めたばかりで知識や操縦技術が乏しい人。そういった層に向けて行われているイベントには違いがない。
世界的に認知されているゲームなだけに小さい子供から大人まで年齢層は幅広く、今回の教室にも多種多様な層が足を運んでくれている。
俺達がコーチングすることになったのは、俺達と同年代と思われる数人。
この層が少ないのは、認知度的に大体の学校にアドバト部またはそれに近しい同好会が存在しており、休日は練習に持ってこないなことが一点。
また強くなりたいのであれば、今回のような大衆向けに開かれる教室よりも家庭教師のような専属コーチ。そちらを頼む方が得られるものが多いこと。そのへんが理由になるだろう。
「リオちゃん、わたし何だかワクワクしてきたよ!」
元気にはしゃいでいるのは、
天道学園と同じ地区にある成上高校の1年生。アドバトに興味はあったもの地域的な問題や家庭環境からアドバトに触れ始めたのは高校に入学してから。必要最低限な基礎や知識も備わっているか怪しいだけに初心者よりはド素人。
ちなみに何で他校の生徒情報を持っているかというと、俺がこの地域全てのアドバトプレイヤーを調査しているから。
というわけではない。
単純に今日の名簿に顔と名前、経歴や意気込みが分かるように書いてあるからだ。
天道学園は代表チームを決めるために身内で争っている状態。さすがに他校の情報は、練習試合でも組まれない限りは調査するつもりがない。
嘘です、余力がないの間違いです。
余力があっても身内のゴタゴタのせいで出来ないかもしれないけど。ハハハ……
「バカ、落ち着けって。そんなにソワソワされてたらこっちまで恥ずかしいじゃねぇか。一緒に来てる身にもな……え、あれって天道学園の姫島さんじゃん! 天下の強豪である天道学園で1年生の頃からレギュラー張ってて、全国大会出場経験もある。そんな人達に教えてもらえるなんて……くうぅテンション上がってきたッ!」
勝気そうな性格だがミーハー感が溢れ出ているのは
真辺さんの友人であり同学年。ただ彼女とは違って、アドバドには小さい頃から触れており、中学時代にはアドバド部にも所属。高校でもアドバト部として活動することになったため、真辺さんに付き合う形で参加と。
大会での個人・団体共に実績はこれといってないものの経験者なのは間違いない。この子には少し踏み込んだ内容を教えてもいいのかもしれないな。
「リオさん、出ちゃってます出ちゃってます。あとここは公共の場なので大きな声はダメですよ」
やや小柄ながらお姉さんのように注意しているのは、
彼女も真辺さんや立林さんと同い年であり、同じ学校。
アドバトの経歴は友人の付き合いで嗜んだことがある程度であり、本格的にやり始めたのは高校に入学してから。ただ幼い頃から趣味でプロリーグの観戦もしていることもあって知識量はそれなり。今回の参加は技術的な向上が目的である。
ある意味、俺達がコーチする相手としては最もやりやすい人物かもしれない。
特に俺のような感覚ではなく、理屈で操縦しているプレイヤーからすると、技術的なことを教えようとすると知識が必要になるものも出てくる。その知識があるかどうかで教えた際の効率が雲泥の差だ。
出来ることならあの子を教えたいが……シオンにド素人を任せるのも不安である。
理屈は備わっているけども、感覚でやっちゃうことも多いのが天才であるシオンさんだし。でも経験者に天才の考えを教えても理解してくれるかどうか。いっそ真っ白い素人さんの方がシオンに付いて行けるような気もする。
「ねぇミカヅキ」
「どうした?」
「君が誰を好きになるのか。どう青春を謳歌するのか。それは君の自由だよ。しかし、新しい子に手を出そうと考える前にボクらに手を出すべきじゃないかな? じゃないとボクや部長に失礼だ」
誰か頼む。こいつのコーチングしてくれ。
俺にはこいつの思考回路がどうなっているのか。どうしてこのタイミングで訳の分からないことを口にするのか。長年の付き合いがあっても微塵も理解できない。
「恋愛目線であの子達を見てたわけじゃない」
「ちなみにボクとしては、あの背が高くてポニーテールの……立林さんがオススメだね。あの中で1番おっぱい大きいし」
人の話聞いてる?
というか、自分達に手を出せって言いながら即行であちらをおすすめし始めるの?
お前は俺をどうしたいの。俺の女性関係をどう持って行きたいのよ。
「でもやっぱりボクのおっぱいが1番のオススメかな。大きさや形といった諸々含めて1番ミカヅキの好みのおっぱいだよ」
「自分の売り込みをするのは自由だが、勝手に人の好みを決めるな」
「え、でも好きでしょ? ボクのおっぱい」
いやまあ、それは好きだけど。
生では見たことないですけど、水着姿とかは見たことがあるわけで。大きさといい形といい俺好みの美巨乳って感じなのは間違いない。それは認めます。
でもだからってこの場で「はいそうです」と認めるわけにもいかない。だってここは公共の場ですし。
「そういう話はふたりっきりの時にしてください」
「え? あぁうん、そうだよね。ごめん」
え?
あのシオンさんがここで素直に謝るなんて。
俺の知らない間にシオンさんにコーチング入ってた? シオンさんが成長していたのかな?
俺と似た思いなのか部長さんも少し困惑気味。
「分かっていただけたのならそれで」
「こんな話をボクらだけでするべきじゃなかった。カガリんも交えて話すべきだよね。だってカガリんのおっぱいも魅力的だし!」
感情のない目をシオンに向ける部長。
これまでは冷たい感情を瞳に宿らせていたが、今の部長の瞳にはそういったものまで存在していない。
これを人は虚無と呼ぶ。
部長にこんな顔をさせられるのはシオンさんだけだよ。
マジでこいつ悪い方向にしか成長しねぇわ。
「ミカヅキもカガリんのおっぱい良いと思うよね?」
俺を巻き込むのやめてください。
俺、お前ほどおっぱいに精通してないから。男だから自分のおっぱいを元に妄想に補正を掛けたりできないから。
確かに部長さんのおっぱいは、シオンのよりは控えめだけど大きさとしては充分。服のラインから綺麗な形をしていそうだなとは思うよ。
でもさ、これまでに散々おっぱい談義してきたシオンさんとは親密度が違うわけ。
ここで肯定の意思を示したら下手したら俺の首が飛ぶよ?
部長さんの性格的に物理的なことはしないだろうけど。セクハラとかで訴えられたら学生としてはクビにされかねない。
「答えなくていいです」
ですよね。
これ字面だけだと、やんわりとしているようにも思えるかもしれない。
でも部長の目がこう言ってます。「答えたら殺す」って。
この人、俺にだけはバリクソ感情をぶつけてくるよね。
シオンに対して抱いた行き場のない感情。その処理のために俺が使われている気がするのは気のせいだろうか。
「それと……どうして急に私の呼び方が変わったのですか?」
「それはほら、同じチームになったわけだしいつまでも部長さんって呼び方だと味気ないかなって。部長さんって言うよりカガリんの方が親しみやすいし、何より可愛いよね!」
「可愛いだとかはあなたの主観……まあいいです。拒否しても財前さんが素直に受け入れるとは思いませんし。下手に抵抗して今以上に変な呼び方にされるのもご免ですから」
そう言いつつ「カガリん」って呼ばれるのは部長は嬉しいのでは?
多分だけどこの人ってあだ名とかで呼ばれないタイプだろうし。
レオはまあ「ヒメちゃん」って呼んではいるけど、あいつはコミュ力の化け物。そういうところでは他人に不快感を与えない男だし。
俺を始め多くの部員から部長かその前に苗字を付けて呼ばれる。
ここ最近見えてきた中身を考えると、現在進行形で「カガリん」呼びは確かに可愛いと考えていても不思議ではない!
「ちなみに遠野くん、あなたには今の呼び方は許可しません」
「許可されても呼ぶ気はないので大丈夫です」
そんなバカップルみたいな呼び方をしてたら周囲からの目がやばそうだし。
絶対にいるであろう部長の……姫島カガリファンクラブの面々から何をされるか分かったものじゃない。
「なら結構」
「って言ってるけど、ここで終わったらダメだよミカヅキ。カガリんはこう見えて意外と乙女というか女の子だと思うから。いつまでも部長呼びとか敬語みたいな丁寧口調だと寂しがると思う」
いやそんなわけ……
ねぇ部長、何で反論しようとしないの?
俺には間髪入れずにあれこれ言ってくるのに。何でシオンの今の発言には固く口を閉ざしているの。もしかして図星? 図星なのか!
あんたは俺に部長呼びをやめて欲しい。名前で呼んで、みたいな青春じみた想いを抱いているんですか。
もしそうなら……普通に照れるんですけど。
「財前さん、人の思いを勝手に捏造しないでください」
「え? でもカガリん、レオさんにヒメちゃんって呼ばれてる時さ。部長って呼ばれてる時よりも嬉しそうだよ」
「そんなことあるはず……あるはずないです」
言い直しているあたりそんなことあるじゃん!
可愛いもの好きだけど私はそんなタイプじゃない。そんなタイプに見られない。でも可愛いものは好き。可愛いは正義。でもでも……
そんな思考が透けて見えただけにこの人、マージで凜華さんにそっくりだわ。
今の凜華さんは割り切ったというか、恥ずかしいと思っていると思われるのは恥ずかしいのか、素直にズバッと言うようになったけど。
部長さんはまだその領域には到達していないらしい。部長さんって本当に凜華さんの歩いた道を歩んでるよね。無意識なまでに凜華LOVEじゃん。
「というわけでミカヅキ」
「催促するな。部長はまだ許可してない」
「カガリんの許可はされてなくても名前で呼ぶ分には心配ないでしょ。だから君の出来る限りのイケボで『カガリ』って呼んであげなよ」
さらりと注文を付けるな。
お前がイケボで「カガリ」って言った後だと何かハードル上がるだろ。
というか、どうしてお前がイケボで呼んでみた?
お前って本当に俺のメンタルを削ることを平気でやるよね。
「無理」
「何で?」
「お前みたいに距離感バグってないから」
エータみたいに本人からそう呼んでください、と言われない限り普通に恥ずい。
「チームリーダーなのにメンバーとの関係向上に努めなくていいの? ダメだよね」
こういう時だけ正論でぶん殴りやがって。
正論を振りかざすならいつも正論として認識される言動しろよ。
「そんなんじゃいつまで経ってもカガリんの好感度が上がらない。それはつまり、ミカヅキのハーレムが完成しない。君はそれを理解しているのか!」
俺は何を怒られているのだろう。
ハーレムを作りたいだとか言ったこと一度もないのに。
いやまあ俺も男だし、オタクだからハーレムものに理解はあるよ。アニメや漫画も好きですよ。
でもさ、俺の生きているのはファンタジー世界じゃない。
一夫多妻制が認められている地域でもない。古き良き伝統を残しつつVR技術が発展しつつある日本。日に日に近代化が進む日本って国なのよ。
「これからは部長じゃなくて姫島って呼ぶ。時間もないので今はそれで勘弁してください」
「仕方ないなぁ。でもさん付けとはなしね」
「何でそこまでお前が決めるの?」
「呼び捨ての方が距離感が近いし、ボクは身近な男の子には呼び捨てにされたい」
前半はともかく、後半はただのお前の願望じゃねぇか。
お前の考えを否定するつもりはないけど、誰もが……今回の場合は部長がお前の考えに賛同するとは思うなよ。
「カガリんもそれで良いよね!」
「もう好きにしてください。呼び捨てだろうと、さん付けだろうと大差ないので」
「ミカヅキのことをミカヅキと呼ぶのは?」
「これ以上は時間の無駄です。さっさとコーチングを始めますよ」
姫島は返事を待つことはせず、名簿を片手に美しい姿勢でコーチング対象に近づいていく。
適当にあしらえばいいのに変にバッサリ切るからあらぬ誤解をされるのでは。
俺もあんな態度をされると「もしかして意識されてる?」とか考えちゃう。だってこれでも年頃の男子だから。
「ドンマイ」
「フラれちゃったね、と言いたげな顔を今すぐやめろ。あと肩に乗せてる手も邪魔だ」
「なるほど。慰めるならふたりっきりの時に……つまり帰りのデート中にして欲しいってことだね」
んなこと一言も言ってない。
そもそもの話、別に姫島の行動で傷ついたりしてないから。
俺も彼女も現状の関係性からして名前で呼んで欲しいとか一切思ってないからね。彼女も俺と同じで徐々に距離感を縮めるタイプだと思うから。
ただしコミュ力お化けだったり、距離感がバグってる奴が来た場合は例外だ。この手の輩はある程度近づいてやらないと逆に面倒臭い。
「成上高校の皆さん、こちらに集合してください」
姫島の声に参加者はすかさず整列。
こういうときに綺麗に横並びになれるのは、日本の集団行動意識の高さか。運動会などの練習で自然と身に付けた技術故か。
単純に姫島が怒ったら怖そうというのも理由では……
何でこっち見てるの? もしかしてそんなところまで凜華さんに似てきた?
やめてよ。またあなたのことが怖くなってくるじゃん。
はい、並びます。整列します。
シオンにも急がせますからそんな目でこっちを見ないで。
「時間が迫ってきていますので簡潔に自己紹介を。私は天道学園2年の姫島篝と申します。こちらは現在同じチームを組んでいる遠野三日月くん」
「どうも」
「そして、そちらが財前シオンさんです」
「よろしく」
シオンのスマイル攻撃。その効果は抜群だ。
特に真辺さんは、シオンの魅力的な笑顔にメロメロのご様子。橘さんは芸術品でも見ているかのように感心混じりの溜め息を吐いている。
一方勝気そうな見た目の立林さんはというと、シオンではなく姫島にお熱のようだ。この様子からしてただのミーハーというだけでなく、熱心な姫島のファンなのかもしれない。
こんな子を誑かすなんて姫島さんは悪い女だ。将来的にお姉さまと呼んで慕う妹が権限しても不思議じゃ……ぐふっ!?
「……あの姫島さん」
「何か?」
何か? じゃねぇよ!
それはこっちのセリフ。何で人様の横っ腹に肘打ちされたんですか?
それも声を漏らすか漏らさないか。そのギリギリを見極めた威力と角度で。
「……」
答える必要あります?
みたいな目でこっちを見るな。俺の心を読んだような行動ばかりして。
あんたの血筋には、読心術のスキルが習得できる才能でもあるっていうのか。
「さて、本日は我々が皆さんにマンツーマンの形でコーチングすることになります。事前に書いていただいている資料によれば……」
真辺さんは、基礎知識と操縦技術の向上。
立林さんは、射撃能力の向上。
橘さんは、戦況把握や自衛力の向上。
そのように重点的にコーチングしてほしい内容に書いている。
能力的に考えれば、誰が誰についても教えられるとは思う……が、教えるのも人間なら教えられるのも人間。どうしても考え方や性格の相性がある。
それを考慮するとシオンが担当する際の振れ幅が大きいだけに姫島も少し考えているご様子。
あ、またこっちを見てきた。
「遠野くん」
「姫島が決めていいんじゃないか?」
あちら側に認知されてるのは姫島だけだし。
俺やシオンも天道学園の生徒ってことで多少の信頼は得られているだろうが、去年からレギュラー張って全国大会経験している姫島と比べると、第三者からの信頼は下になる。
「そうですか。では数分だけ場を繋いでおいてください。全体的に最高の成果が得られるように考えますので」
はいはい、分かりま……今さ、数分待ってろじゃなくて繋いでおけって言った?
イベントだから参加者のことを考えて楽しませる努力、満足させる努力が必要なのは分かるよ。
でもさ、参加者の人達って女子高生なんだよ。
俺と同じ男だったら緊張ほぐすために話しかけたりもしやすい。でも現実はそうじゃない。あちらさんは女。全員揃いも揃って女性なんです。
それなのに俺に場を繋げって言うのはハードル高くない?
俺の話題なんてアドバトを抜いたら二次元関連のものしかないんだけど。今時の女子高生が求める話題とか分からないんだけど!
「ねぇねぇ、その服ってどこに売ってるの? あ、そのアクセ可愛いね。すごく似合ってる。君は髪の毛すっごく綺麗。もしかして良いシャンプー使ってるのかな?」
本人としては、単純に暇潰しというか興味を持ったからやってることなんだろう。
でもこういう時のシオンさんは、マジでハンパないと思う。俺がたとえ女だとしてもあんなに自然体に話しかけにはいけない。
いやほんと、シオンって本当に凄い奴ですわ。
運動は学年でもトップクラスな方だし、勉強も満遍なく出来る。なので毎回テスト勉強の際には、苦手科目を教えていただいております。
そのうえ炊事・掃除・洗濯を始めとした女子力に内包されそうなものは、基本的に何でも得意だし。髪型や服装だって二次元の影響を受けているところはあるだろうが、自分で弄ったり買い足している。
俺以上のオタクであるはずなのに……何でこいつは全てを持ち合わせているのだろう。本人の努力もあるのだろうが、それでも思ってしまう。理不尽だ、不平等だと。
「え? ううん、香水とかは付けてないよ。ミカヅキが強い匂い苦手だからね」
文武両道、才色兼備。
その代償にこいつには、俺への配慮というものが失われてしまっているらしい。
何でそのタイミングでそういうこと言うかな?
絶対に最後の部分は要らなかったよね。何か付け加えるにしても自分が苦手だからってことで良いよね。どうして俺を話題に出すの。
おかげで黄色い声が漏れている人もいるし、漏れてなくても全員の黄色い視線が俺にガン刺さりだよ。
「お待たせしました。私なりの結論が出ましたのでお伝えします。今回の組み合わせですが……」
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