第13話 「仲がよろしいことで」

 姫島部長を引き抜いてから1週間ほどが経過しようとしている。

 先を見据えてメインメンバーはシオン、姫島、エータに固定。

 エースであるシオン機は、先日彼女からの提案で装備を高機動近接型へシフト。多数のブースターを装備しつつ高出力のエネルギーブレード、投擲型のエッジ、質量で全てを叩き斬る実体剣という人によっては変態扱いする構成へ変わった。

 エータの機体は、シオン機にコストを回している関係から狙撃銃とブレードのみ。後方支援主体なのは変わっていない。

 俺と姫島部長が交代することで最も変わるのは操る機体だ。

 俺が使用していたのは高威力のエネルギー弾を主軸に戦う《トロンべ》。中距離戦闘を行いつつ、状況に応じてシオンのフォローを行うための機体選択をしていた。

 しかし、争奪戦で垣間見た姫島部長の本質。本来の戦闘スタイルは基本に忠実な堅実なものではなく、攻撃に特化した攻撃は最大の防御スタイル。シオンとのダブルエースを実現するためにも姫島部長の長所は伸ばすべきだ。

 ということで、姫島部長の機体はトロンべから《オルトロス》に変更。

 この機体はトロンべを比較すると、防御力が低くなる代わりに旋回能力と近接戦闘力が強化されている。専用武器は、巨大な実体刃付きのエネルギー武装《ツイン・エッジライフル》だ。


『はあぁぁぁあぁぁぁッ!』

『チェェェエエェェェェェストオォオォォォォッ!』


 両手に銃剣を構えながら持ち前の技量を活かした高速機動で接近し、エネルギー弾と斬撃を駆使して華麗かつ過激に戦う姫島機。色んな近接武装を使い分けながら最終的には巨大な実体剣を最上段に構え、二の太刀要らずの攻撃を繰り出すシオン機。

 その両機の活躍によっては、数日前に行われたチーム5との争奪戦は危なげなく勝利に終わった。

 エータのことを考えれば、経験を積ませるためにも少しは手加減しろバカ共と言いたくもなった。が、当の本人は勝利を素直に喜んでいたし、姫島部長のパフォーマンスが問題なく発揮されていた点を考えれば悪い結果ではない。


「この調子で」

「財前さんの世話も私に一任しよう、と考えてますか?」


 冷ややかな声に導かれるように視線を向けると、そこには私服姿の姫島部長。

 清楚な印象のものや和服が似合いそうな彼女だが、本日のお召し物はカジュアルかつボーイッシュなものだ。

 シオンにも言えることではあるが、美人というものは多少の属性の違いなど物ともせず何でも着こなしてしまうらしい。


「無言は肯定と捉えても?」

「よろしくないです。姫島部長の私服姿に見惚れていただけです」

「心にもないことを。本当に見惚れている人間は、遠野くんのように顔色ひとつ変えずスムーズにそのような言葉は出ないと思います」


 そこはほら、俺にはシオンや凜華さんで慣れがありますから。

 実際に部長さんの私服を見ていたのは事実ですし。


「なら綺麗だの可愛いだの言えば良かったですか?」

「結構です。そもそも、今日のような動きやすさ重視の恰好で歯の浮くような言葉を言われても何も響きません。言い方によっては癪に触ります」


 ですよね。

 だって今日の我々、凜華さんもとい才川先生の頼みで初心者向けのアドバト教室。そのコーチ役として駆り出されているだけですし。

 ちなみにまだ来ていないけど、俺の相棒として認知されていそうなシオンさんも来るぞ。何なら最初は俺とシオンのふたりだった。

 でも姫島部長が俺達だけだと不安。

 というか、シオンが何をしでかすか分からないだけに部長として監視する。という名目で参加することになりました。

 俺としてはシオンの相手をひとりでしなくていい。何なら任せられる時間があるやも、と期待しているわけですが……


「何か?」

「いえ別に」


 この感じだとシオンを頼もうとしたら全力で拒否られる気がしています。

 シオンさん、早く姫島部長を攻略してよ。好感度上げてよ。

 姫島部長はあなたの推しなんでしょ。このままだといつまで経っても君のことを姫島部長に押し付けられないじゃないか。


「しかし、遠野くんは勉強熱心ですね。待ち時間を潰すためとはいえ、わざわざ先日の1戦を見直すとは」

「補欠は頭を使うことでしかチームに貢献できませんから」

「そこはリーダーとして、と言う方が好感度は上がりますよ」


 そういう冷静な指摘が出来る人相手には、言ったところで好感度は上がらないと思います。

 というか、今この人さらりと好感度って言った?

 好感が持てるみたいな表現をしそうなこの人が今しがた好感度って言った?

 もしや部長さん、シオンというオタクによって侵食されているのでは……


「その不愉快な目は何でしょう?」

「冷ややかな視線や皮肉で攻撃してくる部長への意趣返しですかね」

「私の言動は堂々と失礼な態度を取るあなたへの意趣返し。そういう可能性がありますよ」

「なら堂々巡りになるので部長が先にやめてください。部長なので」

「お断りします。私は部長ですが、それと同時にあなたは我々のチームのリーダーですので部下の立場にあります。部下に手本を見せるためにも上司であるあなたの方が先に折れるべきです」


 俺が先に折れたら部長さんも本当にやめてくれます?

 こっちがやめてもそっちはやめない。

 そのように俺のこれまでの経験によって生み出された対美人用シックスセンスが告げている。

 これが機能していたのはシオンや凜華さんといった一部の人間にだけだが。

 俺個人はこの機能が目の前にいる大和撫子にも通用すると思っている。

 だってこの人、誰もが認めるであろう美人だし。どことなく若かりし頃の凜華さんに似てるし。


「言いたいことがあるのならはっきりと言うべきですよ」

「美人相手に簡単に折れたら苦労する。そう俺は過去から学んだので、部長さんより先には折れたくありません」

「それは私が財前さんと同類という意味ですか?」


 そうとは言ってません。

 だからその絶対零度の眼差しを向けるのはやめてください。素直に申し上げまして怖いです。気の弱い人なら泣きそうになります。小さい子だったら泣きます。


「あなたがあいつと同じ方向性の人間だったら俺は過労死するので、即行で天道学園をやめています」

「では財前さん以外に美人なお知り合いがいると?」

「いますよ。才川凜華という昔は近所に住むお姉さんであり、今では部活の顧問という身近な美人が」


 学校での振る舞いは人目もあるから割とまともなことしか言わないけど。

 人目がなかったり、アプリでのやりとりなんかはなかなかに面倒だからなあの人。

 今日のことだって表向きは天道学園のPRみたいな説明していたけど、裏ではシオンとのデートを楽しんでこいってからかってきたし。

 シオンほど俺のことを振り回すことはしないけど、俺のことをおもちゃにしようとする人ではある。

 くそ……何で俺の身近には残念な美人しかいないんだ。


「そうでしたね。あなたと財前さんは昔から凜姉さ……才川先生から交流があるとお聞きしたことがあります」

「つかぬ事をお聞きしますが」

「それは聞いておくべき事柄でしょうか?」

「絶対に聞くべきことではないですが、俺達の今後を決める要因のひとつにはなるかと」


 凜華さんとの関係次第では、迂闊な発言は出来ませんから。

 学校ではまだしもプライベートな時間で遭遇してしまった場合、これまでになかった方向性で困らされる。または怒られる可能性がありますから!

 故にとても重要なことだと個人的に思います。

 俺の熱意が視線を通して伝わったのか、姫島部長は何かを諦めるように小さく息を吐く。


「分かりました。お聞きしましょう」

「ではお言葉に甘えて……部長って凜華さんと訳アリな姉妹だったりします?」

「遠野くん、あなたは私に対して配慮が欠けていませんか?」

「最もありえそうであって欲しくないものから潰しておこうかと」

「そういうことばかりしていると、肝心な時に適切な配慮ができませんよ」


 ご忠告痛み入ります。

 それでお答えの方は?


「簡潔にお伝えすれば、あの方とは姉妹ではありません」

「そうですか。個人的に部長と凜華さんは、似ているところがあるのでもしやとは思ったんですが」

「残念でしたね」


 何でちょっと嬉しそうなんだろう。

 やはりこの人、凜華さんのファンだったりするのだろうか。

 今はともかく、今後の進む方向を少しでも間違うと凜華さんみたいに仕事に生きる人間になるんで気を付けてくださいね。


「ただまあ……遠野くんは優れた感覚をお持ちのようです。先ほどの質問、姉妹ではないと答えましたがまったくの見当違いの質問というわけではありません」

「というと……親戚的な?」

「はい。従姉妹ほど近しいわけではありませんが、限りなくそれに近い親戚です」


 なるほど。

 だから目元や目つきに酷似性があるのか。

 となると……この遺伝子が突然変異ではなく、先祖からのものを的確に受け継いでいるのなら凜華さんにも未来はある。彼氏さんが出来る可能性がある。

 部長だって進み方を間違えなければ、凜華さんよりも早い年齢で幸せになれる可能性が高くなるってことだな。


「遠野くん、今とても失礼なこと考えていませんか?」

「部長や凜華さんの未来が明るいものであることを切に願っているだけです」

「沈黙で返さないのは好印象ではありますが、私が凜姉さんに内容を組み替えて報告すればあなた終わりですよ」

「そこはほら、部長は何事にも真正面から正々堂々とぶつかってくれる人だと信じてますから」


 しばしの沈黙。

 その間、部長の視線は俺から一切動かなかった。何かを見定めるような瞳に視線を逸らしそうにもなりましたが、最後まで耐えた俺は偉いと思う。


「はぁ……イイ性格をしていますね」

「それはどうも」

「皮肉だと分かっていながらそう言えるあたり本当にイイ性格をしています。さすがは後輩育成のために煽りに等しい舐めプをする我らのリーダー」


 それって部長を引き抜く際にやったあのことを言ってます?

 もしそのことを言っているのであれば、事実なので認めるしかありません。それ以外だったら覚えがないので反論しますが。

 というか、普通に反省するために教えてください。無意識に他人を貶めるようなことをしたくはないので。


「部長ってイライラの蓄積値が貯まると言葉遣いが悪くなりますよね」

「イラつかせている自覚があるなら改めるべきでは? 私はハンティングゲームのモンスターではないので、一定の蓄積でダウンしてリセットされたりしません。理性の限界が来たら手が出ない保障はありませんよ」

「痛めつけられて喜ぶ趣味はないのでそれだけは勘弁して欲しいですね。仲良くはして欲しいですけど」


 こっちには我慢しろと言いながらこの男は……。

 とでも心の中の部長は言っていそうだ。

 どうしてそう思うのかって?

 そんなの今の部長が、ウザい時のシオンを相手してくる時に見せるような顔をしているからに決まっているじゃないか。

 もしかして部長の中では、俺ってシオンと同じような印象なのかな?


「この状況でよく悪びれもなく私の顔を見ていられますね」

「本気で怒っているわけじゃないと思っているので。なら今後のためにもどれくらいの距離感が適切なのか計っておこうかと。何事もなければ来年までは同じチームですし、卒業するまでと考えるとそれ以上に長い付き合いになりますから」


 よくもまあ口が回ること。

 心の奥底では本気で怒られたら嫌だ。怖い。この人が怒ったら確実に怖い。

 そう本能が叫んでいるのに。

 でもリーダーとして……いやそれを抜きにしても。

 姫島部長とは仲良くしておきたいんだよね。他のチームメイト、実に個性的な面々ばかりだから。常識人である部長さんに見捨てられたら俺の心身ボロボロになっちゃいそうだもん。


「ならまずその不愉快な笑顔をやめてください。あなたはそんな爽やかな笑顔を浮かべるタイプではないでしょう」

「失礼ですね。今日のコーチングのための営業スマイルの練習してるだけなのに」

「それを私に打ち明ける方が失礼では?」

「お互いに仏頂面で話してたら第三者からの印象が悪いじゃないですか」

「害がないかもしれない第三者よりも、直接害を与えかねない私からの印象が悪くなっている可能性を考えた方が良いですよ」


 害を与える人間っていうのは、そういう忠告はしないものです。

 そんなことをする奴がいるとすれば……

 それはもう俺の腐れ縁くらいなもんですよ。

 あいつは忠告しながらも俺を自分の一部であるかのように何かに巻き込んできたり、害がないようなムーブかましながら唐突にトラブルの中心地に引っ張り込んでくる。

 部長がシオンと同じであるはずがない。同じだとは思いたくない。


「何で急に心が折れそうな顔をしているのですか。それほど強い言葉は使っていないでしょう」

「ここで気遣ってくれるあたり部長って優しいですよね」

「どういう解釈を……」

「あいつとは大違いだ」

「……解決策は授けられませんが、愚痴くらいなら聞いてあげます」


 本当に優しいね。

 もしも第三者の目も気にならない場所だったら。今日の予定が部長とふたりっきりだったなら。今の言葉に思わず涙を流していたかもしれない。


「部長とは仲良くなれそうです」

「今の流れだと私よりもレオさんあたりが適任のような気もするのですが」

「愚痴を聞いてもらうだけならそうですけど、あいつは圧が強い時があるじゃないですか。主に顔面と距離感的な意味で」

「…………」


 沈黙は肯定と一緒ですよ。


「まあそれを抜きにしても部長との方が仲良くなれるかなと」

「その根拠はどこから来ているのですか」

「まず第一にお互いにシオンに厄介されている」

「イイ笑顔で言うことではありません。私としては付き合いの長いあなたにどうにかしてもらいたいのですか」

「無理です」


 言って聞くような奴ならこの問題はとうの昔に解決しております。

 故に俺達は団結しなければならない。ひとりでダメなことでもふたりでなら乗り越えられる……かもしれないから。

 いや多分乗り越えられるというか抗える。

 人って意外と自分よりも他人のためって考えた方が頑張れる時があるから。

 だって俺がそうだもん。

 俺が苦しむだけならこれまでの経験のせいで、多少のことは我慢しよう。抗うのやめようって思うけど。部長は何かされていて抗おうとしていたら助けたくなる。


「諦めないでください」

「俺も諦めたくないので部長も協力してください」

「……裏切ったら私はあなたを許しませんよ」


 ガチな顔と声で言うのやめてもらっていいですか。

 こういうときの部長が1番怖いので。

 というか、部長も裏切らないでくださいね。

 ここぞってタイミングで俺のこと見捨てたりしたらシオンのことマジであなただけに押し付けますから。


「それで?」

「はい?」

「第一に、と言っていたのだから他にも理由はあるのでしょう? この際ですからそれも聞いておきます」


 クソな理由だったらお灸を据えないといけないので。

 そのように部長の鋭利な……もとい綺麗な瞳が言っているように思えるのは、俺の感受性の問題だろうか。

 さすがの俺もこの流れで「俺の好みなんで」みたいなナンパじみたことを言うつもりはないのだが。


「まあ単純な理由ですよ」

「単純ですか」

「ええ。だって部長ってオタクじゃないですか」


 ………………あれ? 時が止まったのだが。


「…………違います」

「いやオタクでしょ?」


 ここに至るまでにゲームの仕様とか理解してないと言えない言い回ししてたし。

 冷静沈着な部長様が返事をするまでに露骨な間があった。これは露骨なまでに動揺している証拠。

 それに……凜華さんの親戚だしな。

 あの人は今も昔と変わらず週刊誌は買っているし、お気に入りのものは原作までちゃんと収集している。

 そんな人物と小さい頃から親しい関係にあったのならば、オタク化が進行していないはずがない。

 つまり、姫島カガリは程度までは分からずとも俺達と同じオタク。

 少なくともこちら側に理解のある人間だ。推し論争とかにならない限りは仲良くなれないはずがない。


「……ところで」

「露骨な間での方向転換」

「遠野くん」

「イエスと答えるだけで楽になりますよ。オタクにオタクだと言って何か不都合があるんですか?」

「私は身近に同年代の理解者がいないので、迂闊に踏み込んでくると自分の趣味に付き合わせますよ」


 同年代の理解者がいないのは、あなたがオタクを隠しているからでは?

 まあ第一印象で部長をオタクだと思う人はいないでしょうし、部長の性格的に聞かれない限りは自分からはオタクを見せないだろう。

 そのうえ、今年からは部長なんて役職にも就いたが故に人目をより気にするようになってしまった。ある意味アドバトをやっていたために起きた悲劇。傷口を抉るようなことはしないであげよう。

 しかし……今の部長の発言は脅しになっているのだろうか?

 確実に部長よりも節度を弁えないオタク。財前シオンというオタクに俺は散々付き合わされてきたのだが。

 こう見えて俺はオタクではあるが、収集癖はないのでコラボ○○にはよほどのことがない限り行こうとはしない。

 はいそこ、分かりきったことを言わない。そうですよ、どうせシオンに付き合わされる形で色んなものに行ってます。


「部長」

「何です?」

「シオンと付き合いの長い俺からすれば、今の発言は脅しではなくデートの誘いでしかありません」

「……そうですね」


 納得してくれたようで何より。

 ただ様々な感情がぶつかり合いながら渦を巻いている。そんな顔をしている部長の本心は何なのでしょう。

 こういう時に俺が超絶ポジティブ思考できる男なら自分にもチャンスがある! みたいに思えるのに。まあそんなのは俺ではないけど。


「……財前さんはいつになったら来るのですか?」

「俺はあいつの保護者じゃないですし、急に話を逸らすのはどう……」

「…………」

「ここで睨んでくるのは理不尽です。怖いのでやめてください」

「別に睨んでいません」


 なら何でそんなに目力が強いのよ。

 眼光が鋭くなっているのよ。

 分かりました、分かりましたよ。これ以上の追撃はやめておきます。

 部長がオタクだって判明した。この情報だけで満足しときます。


「まだ待ち合わせの10分前ですし……遅くても5分前には来るでしょ。プライベートならともかく、この手の時は報連相はするはずなので」

「今日が休日であることを考えると、仕事ではなくプライベートと思っていても不思議ではありませんけどね」


 それは……そう。

 となると、一応確認だけしておくべき。

 そう思ってスマホを取り出そうとした矢先……


「だーれだ?」


 唐突に現れるひとつの人影。

 満面の笑みでラブコメの定番をしていらっしゃる。それも身体が密着するほどの至近距離で。


「離れてください」

「断る!」


 そこはオタクなら「だが」も付けろよ!

 と、言いたげな雰囲気を部長から感じるのは俺の気のせいだろうか。

 シオンが返答した直後に肘打ちかましそうな勢いで身体が反応していたけど。


「鬱陶しいうえに暑苦しいので即刻離れてください」


 あ、語気が強くなった。

 これはもうワンアクション粘ったら完全に部長さんが絶対零度モードに突入する。そうなったらさすがのシオンも……素直に離れた。

 そこの見極めが出来るなら最初からやらずに別の角度からアプローチした方が仲良くなれると思うんだけど。


「そんな……ボクのおっぱいに誘惑されない? あんなに押し付けていたのに」

「私、あなたと同性ですよ」

「え、女の子だって女の子のおっぱい触れたら嬉しいでしょ?」


 シオンさんのお顔は「当たり前だよね」と言いたげ。

 対する部長さんはというと……極めて冷めきっている。

 こいつとは分かり合える気がしない。本当にこいつは人間か?

 そう口にしてもおかしくない感情のない瞳をしていらっしゃる。


「というか……部長さん、その服装は何なのさ」

「何か問題がありますか?」

「あるよ!」


 どこに?

 動きやすさを重視しているだけで別におかしな恰好はしてないだろ。


「簡潔に言えば地味! 女の子としての華やかさがない。安易に肌をさらせ、露出を増やせとは言わないけど。今日の部長は女の子としては赤点だよ!」


 そこまで言うシオンさんはどうなのよ?

 と思っている方にお答えすると、カジュアルでボーイッシュな部長と比較すると清楚感溢れるお嬢様スタイル。髪も編み込んでいたり、アクセサリーも程良く付けていて気合が入ってらっしゃる。

 このオタク、いったいこれから誰とデートするつもりなんでしょうね。


「もしかして部長さんって外では完璧だけど、プライベートになるとずぼらでだらしくなくなるダメ人間? 確かに創作物では仕事ができる人間ほど、人間らしさとかを出すためにそういう属性が付与される傾向にはあるけど。まさかこんな身近に残念美人が存在していたなんて……」


 ずぼらでだらしなくもないけど、お前だって別ベクトルのダメ人間だろ。

 成績優秀、スポーツ万能、大概のことは見るだけで再現できます。みたいな才能溢れる人間のくせに、口を開けば時と場所も弁えないオタク発言で、周囲をドン引きさせることもある残念美人だろ。

 そもそも、お前はどれだけ部長さんにケンカを売れば気が済むんだ?

 俺、この後にお前と部長が取っ組み合いを始めても止めたりしないよ。

 何なら部長のこと応援する。さっきの約束がなかったとしてもシオンの方が悪いって心から思うから。


「財前さん、あなたにひとつ確認しますが。我々の今日の目的を覚えてますか?」

「アドバト初心者にコーチング」


 そんな分かりきってること聞かないでよ。

 って顔をしないでよシオン。

 お前って部長さんの表情とか雰囲気から何も感じないの?

 俺は部長さんの頭に鬼の角が生えてきても不思議じゃない。そう思えるくらいの冷たいプレッシャーを感じているんだけど。


「その目的を果たすために財前さんのような恰好は適切ですか?」

「直接プレイすることは少ないだろうし、この格好でも問題ないと思うけど?」

「そこを指摘したいわけではなく……あなたはご自身の魅力を理解されていないのですか。無暗に色香を振りまくのは危険です」

「なるほど……確かにボクがハーレムを作ってしまってはミカヅキが可哀そうだ」


 何で同性を引っかける発言になるんだよ。

 お前は女だろ。部長の文脈にそって応えるなら逆ハーレムが適切だろうが。

 何より言いたいのは、俺の名前を混ぜる必要あった? ないよね!


「……そのへんを抜きにしても今回の場所は、普段我々が使用している施設と比較すると規模が小さいです。なのでマシンの排熱処理や空調次第で室温が過ごしやすい温度から離れている可能性もあります。空調が効き過ぎていて寒かったらどうされるつもりですか?」

「そのときはミカヅキから上着を借りるよ」


 借りられると俺が寒い思いをするんですが?

 でもまあ、うん……寒そうにしてるところ見たら貸しちゃうと思う。

 だってシオンはバカで残念なオタクだけど女の子だから。


「はぁ……そうですか。仲がよろしいことで」

「まあね。今日もコーチングが終わったらデートする予定だし」


 そっかそっか、だからオシャレな格好で来たんだ。

 でもね……


「シオンさん、俺はそんな話聞いてない」

「うん、言ってない」

「何故に?」

「今言えばいいかなって」


 いや良くないよ。

 こっちにも心の準備というか、メンタル面でのスタミナ調整とか必要なことがあるし。そもそもの話だけど、報連相っていうのは社会を生きるうえで大事なことでね。

 でもまあ、とりあえず俺が真っ先に言いたいのは


「その『ミカヅキには予定なんてないでしょ』って笑みをやめろ。はっ倒すぞ」

「ミカヅキ……君が初体験の相手になるのは別に構わないんだけど。さすがのボクでもこんな公共の場でするのはちょっと……最初くらいは君かボクの部屋で」


 誰もそんな話はしてねぇんだよ。

 というか、今ここに居るのは凜華さんじゃなくて部長だから。凜華さんの親戚ではあるけど、俺達とは付き合いの短い姫島カガリさんだから!

 そういうこと平然とやるのやめてください。俺のメンタルが削れる。下手したら粉砕しちゃう。


「部長、気分が悪くなってきたので帰っていいですか?」

「ダメです。仮病での早退など到底許されることではありません」

「仮病じゃないです。これ以上は心が折れそうなんです」

「そうですか。そろそろ時間ですので中に入りましょう」


 全然こっちの話を聞いてねぇや。

 ま、そうだよね。立場が逆だったら俺もそうする。

 さてさて、俺は引退まで今のチームで耐えられるんだろうか。

 今更ながら割と本気で怖くなってきました。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る