第11話 「リーダー命令です」

 姫島部長のチームに引き抜く。

 その目的を無事に達成することが出来た。

 現在はチームに割り振られているミーティングルームに場所を移し、メンバーの集合を待っている状況だ。

 本来ならば待ち時間なんてものは生まれないわけだが……


『新メンバーの加入。それはつまりお祝いだよね!』


 と、うちのエースであるシオンさんが買出しに爆走。

 ひとりだけに行かせるわけにはいかないということで、レオとエータも付いて行った。

 水上は場を盛り上げるタイプではないので、現在進行形で読書中。買出し組の帰りを待っている状態にある。

 うちのチームに加入する姫島部長も椅子に座って待ってもらっているが、少しばかり居心地が悪そうというか、落ち着かない雰囲気が滲み出ている。

 まあさっきまである意味敵同士だったチームに加わることになったのだから仕方がない。すでに出来上がっているグループに転校生が入るようなもの。時間が解決してくれることを祈ろう。

 となれば、俺はまずは自分のことを……


「何かお探しですか?」


 話しかけてきたのは、つい先ほどまで腰を下ろしていた姫島部長。

 勝手に歩くな、と言える権限があるわけではないですが。

 気配なく背後に立つのはやめてください。心臓に悪いです。


「別に大したことでは……部長さんは座っててください」

「財前さん達はまだ戻ってきていません。ただ何もせずに待つなら遠野くんのお手伝いをする方が建設的です」

「それはまあ」


 そうですね。

 ぐうの音も出ない正論でございます。

 でも他人の手を借りるほどのことではないんだよな。


「そういえば……遠野くんは試合が終わってから今に至るまで。何かと右手を気にしている素振りがありましたね。もしかして怪我でもされたのですか?」


 この人、どんだけ人のことを見てんの。

 周囲の些細な変化も見逃さない。それは部長を務める者として素晴らしい能力だと思います。

 だけど……口調は優しいけど、何で部長さんは若干睨んでるの?

 意思の強さが瞳に宿っているだけで、彼女からすれば普通にしているだけなのかもしれない。

 でもそれでも圧を感じちゃうんだよね。

 この人、多分だけど将来的に凜華さんになると思う。成長の方向性が少しでもズレたら子供に泣かれちゃう大人になるんじゃないかな。


「怪我というほどでは……ちょっと皮が破れただけで。気づかない間に血が滲んで何か汚したりしたら嫌なんで、絆創膏でも巻いておこうかなと」

「そうですか。では遠野くんは椅子に座って待っていてください。基本的に備品の位置はどの部屋も共通のはずですので、私が探してお持ちします」

「いや自分で」

「時間の無駄です。座っていてください」


 だから発せられる圧が凄いって!

 親切心とか効率の面から言ってくれてるのは分かるんだけど。そこだけは誤解はしてないんだけど。

 それでも有無を言わさない顔で断言されたら「はい」としか言えないじゃん。

 シオンや凜華さんで美形には慣れているはずだけど……俺、この人はある意味苦手かもしれん。シオンみたいに言動が自己中心的じゃないから反論の余地がないし。基本的に出てくる言葉が正論だし。


「お待たせしました。それでは、右手を見せてください」

「絆創膏を巻くくらい自分で……」

「念のために消毒もします。だから大人しく右手を見せてください」


 ありがとうございます。部長さんは本当にお優しい方ですね。

 けど……何でだろう。

 美人に手当てしてもらえるというのにこの心の踊らなさ。

 幼い頃からシオンや凜華さんと付き合いがあるせいで、美人という属性に対してマイナス補正が掛かっている?

 いやきっとそうだよな、そうに違いない。

 じゃないと……部長さんは上目遣いしていたはずなのに睨んでいるように見えたことに説明が付かない。女の子に手を触れられているはずなのに、冷や汗を掻くような緊張感を覚えるはずがない!


「……………………」


 あの部長さん。

 どうしてそんなにも俺の手をマジマジと見ていらっしゃるのでしょうか。

 マメやタコがあったりするだけで。その一部が破れてしまっているだけで。それ以外は年相応かつ身長に見合ったサイズの手だと思うのですが。


「……努力されているのですね」


 これは素直に礼を述べれば良いのか?

 いや待て、俺は先ほどの試合で部長さんに「努力した方がよろしいのでは?」と解釈されてもおかしくない発言をした。

 もしも今のがそれに対する皮肉だったりする場合、感謝の言葉を口にするのはかえって逆効果なのでは。

 俯いてるせいで表情もあまり見えないし。見えたところでそのへんの感情は表に出してくれなさそうだけど。

 俺、どうするのが正解なんでしょうか。

 ねぇ水上さん、現状を把握できているなら答えてくれたりしない?

 去年から付き合いがあるだろうから俺よりは部長さんのことに詳しいでしょ。

 部長さんが俺に絡み始めたあたりから本よりもこっちばかり見てたんだから現状は理解されているでしょう? ねぇ、ねぇってば!


「姫島」

「何でしょう水上さん」

「あんたがクールビューティー故に一見近寄りがたい。でも面倒見が良い奴だってのは知っているんだけど」


 水上さん。

 褒めている要素の方が多いですけど、一部この方を貶しているように聞こえるんですが。


「遠野に対しては少し度が過ぎてる」

「そうでしょうか?」

「切り傷や擦り傷ならともかく、マメが破れただけでそこまではするとは思えない。絆創膏とか渡して終わり。それがあたしの見立て」


 確かにそういう時もある。

 そう思っているのか姫島は口を閉ざしたままだ。

 姫島の返事次第で会話の流れがどうなるか。誰が主体の会話になるのか。それともここで打ち切りか。

 そんなことを思考を費やそうとした矢先、


「姫島、遠野みたいなのがタイプ?」


 水上さん。

 あなたって人は他人に興味ないです、みたいな顔しているくせにこういう話題は結構好きだよね。

 いやまあ、目の前で女の子が異性の手当てしてたら妄想を膨らませたくなる気持ちは非常に分かるけど。


「それはどういう意味でしょうか?」


 部長さん。

 急な爆弾にも冷静な返し。さすがは未来の女帝。この程度のことで動揺したりするはずがない。

 と思った方、俺もそう思いたかったよ。

 でも俺、姫島部長の目の前にいるわけじゃないですか。

 だからね、見ちゃったの。

 水上に爆弾発言された際に部長さんが手に持っていた絆創膏をグチャってしちゃったところを。

 動揺してなかったらこんなこと起こらないと思うんだ。


「姫島は遠野を異性として意識している。遠野という男として興味がある。あわよくば遠野との将来を妄想してしまっている……といった意味」


 水上さん、あなたは少し自重しましょうよ!

 確かにあなたに助けを求めたのは俺だよ。でも現状って俺を助けようとしてやっていることじゃないよね。完全にあなたの興味というか、関心があること追及して楽しんでいるだけだよね。


「……何かに真剣に打ち込んでいる人間というのは魅力的だとは思いますよ」

「逃げた」


 そういうこと言わない!

 お前はそっちに居るから見えてないかもしれないけど。お前が発言する度に部長さんの表情が険しくなっていってるから。目力が刃物みたいに鋭いものに変わって来てるから。

 これ以上の行為はお前の身の危険を招くかもしれない。

 だからもうこのへんでやめておくんだ。

 このチームには、ただでさえシオンという火種が存在している。そこに新たな火種を追加するのはやめてくれ。じゃないと俺の胃に穴が開いちゃうかもしれない。

 この場の空気に耐えられなくなってきていると、ミーティングルームの扉が開いた。それと同時に勢い良く人影が入ってくる。


「おっ待たせッ!」

「みんなのお姉さん、レオさんのお帰りよ~ん♡」

「ジュ、ジュースにお菓子もかか買ってきました!」


 いや……まあ、うん。

 パーティーしそうな勢いで買出しに行ってたから大量のジュースやお菓子は想定通り。俺の基準ではうちのチームだけで1日で消化できる量ではないと思うけど、それでもまあ想定通りの事態ではあるよ。

 けど何ていうか……

 俺達のことガン無視して歓迎会の準備してますけど、こいつらの場の空気を読む技能はないのでしょうか。

 場の空気を読まれ過ぎてこの部屋から退散されたりするよりはマシだけど。

 もしかして……そこまで見越してバカ騒ぎしてる?

 空気を読まない方が空気が良くなるという読みでこういうことをしているのだろうか。だったら感謝するしかない。心の中でだけど。


「あら救急箱? それに……ミカヅキ、あなた怪我しちゃったの?」

「いや怪我というほどのものじゃ」

「大変よシオンちゃん! あなたのミカヅキが怪我しちゃってる。それでいてヒメちゃんが救急箱を片付けようとしているあたり、これはラブなロマンスの香りがするわ!」


 俺はシオンのものではありません。

 あと何でそんなにも察する能力が高いの。ラブなロマンスな方向に結びつけようとするのかな。


「キョウコちゃん、アタシ達がいない間に何があったの? 詳しく簡潔に!」

「姫島が遠野の手の状態に気づいて治療を申し出た。遠野は自分ですると言ったけど、姫島は頑なに自分がすると譲らなかった。そして、姫島は必要以上に遠野の手を触っていた」


 そうだけども。

 決して盛ったりはしていないし、こいつらがいなかった時の流れとしては簡潔に説明していますが。

 それでも何か俺と姫島部長にとって良からぬ方向に話を持って行こうとする。そんな思考が透けて見えるのは何なの。君達は俺達をどうしたいの?


「や~ん♡ それってヒメちゃんがミカヅキにラブってこと? シオンちゃんに恋敵が出現して、チーム内でラブなトライアングルが発生しちゃったってことなの♡」


 こいつ、マジで楽しそうだな。

 でも動きがクネクネしててキモい。身長190センチオーバーでマッスルなオネェが発情してる姿は実に気持ちが悪い。


「レオさん、私は別に遠野くんに対してそのような」

「大丈夫よヒメちゃん。あなたがこういう時に素直になれないとはよく分かってる。お姉さんは誤解しないから安心して」

「すでに誤解」

「シオンちゃん、あなたどうするの? ヒメちゃんはなかなかに強力な相手よ。方向性が違うとはいえ、外見ではあなたと同等レベル。うかうかしているとすぐにミカヅキを持って行かれるわ!」


 全然聞いてねぇ。

 姫島部長も今のレオに何を言っても無駄だと感じているのか、落胆した様子で顔を覆ってしまっている。

 もしもシオンが暴走状態のレオに悪ノリしてきたら……

 うん、実に面倒臭いことになりそう。さっきの試合よりも数段に疲れそうだ。


「別に良いんじゃない?」


 心底どうでもいい。興味がない。

 そう解釈できるほどシオンの返事は自然体。それに最も肩透かしを食らったのは、言うまでもなくレオである。


「えっと……本当に?」

「うん。だって恋愛なんて本人達の自由だし。ボクがミカヅキと付き合っていたり、婚約してますとかだったら別だけど。でもボクとミカヅキはそういう関係じゃないし」


 おいレオ、困ったからって俺に助けを求めるような視線を向けてくるな。

 シオンという女はそういう奴だ。そういう奴だから俺とそいつの関係は今みたいな感じなんだよ。


「怪我とはも気にならないの?」

「気にならないというか、気にするほどのものじゃないでしょ?」


 それはちょっとドライ過ぎない?

 といった目でシオンを見つめるレオ。そんなレオにちょっと困った顔を浮かべるシオンはさらに続ける。


「ここに転校してきてからはアドバトの練習時間延ばしてたみたいだし。転校前はそこまでがっつり練習してるわけじゃなかった。だからその振れ幅もあって手の皮が破けたって感じだと思うんだけど?」


 視線で確認を取ってくるシオンに俺は肯定の意思を示す。

 それに「だよね」と言いたげに笑顔で返してくるシオンさん。

 分かり合えているのが嬉しいのか知らないが、このタイミングでそういう笑顔をしちゃうから余計な誤解を招くのではなかろうか。

 まあ今に始まったことではありませんが。笑顔自体に罪はありませんが。だって可愛いし。可愛いは正義。それがシオンの笑顔であっても。


「というわけで、ミカヅキを心配する必要はなし。むしろ部長さんの世話焼き属性にボクとしてはキュンです!」


 こいつは本当にいつでもどこでも自分を貫くね。

 オタクしか理解してくれない言動を平然とやるよねまったく。

 憧れも痺れも一切しないけど。


「はっ……ボクも怪我をすれば部長さんに甲斐甲斐しく手当してもらえるのでは?」


 独り言でも気持ち悪いのに。

 完全に顔と視線で部長さんに訴えかけている。

 お前、今後同じチームとしてやっていくのに好感度どん底で亀裂が生まれても俺は知らないよ。それが原因で試合運びに支障が出たりしたら俺はオコだよ。


「甲斐甲斐しくするかはともかく、怪我をされれば手当てくらいはします」


 淡々とした返事!?

 シオンの言動に一切リアクションをすることなく、質問に対して素直に答えたんですけど。

 この人、シオンのような見る人によっては奇行に走っている人種にも対応を変えない超人なのか。それとも単純に興味がないだけ?

 どちらにせよ、真正面から受け止めた上で微動だにせずに対応できるとは。

 姫島部長、恐ろしい人だ。


「ただ……わざと怪我したりする人間には何もしません。自分自身を大切にできない人間は、身近な人に故意に心配を掛ける愚か者は軽蔑します。目の前に現れたら十中八九、ボロクソに貶します」


 これはシオンさんにふざけたことをしたら許さんと釘を刺していますね。

 しかも最後の最後で部長さんとは思えないド直球のお下品な言葉が出ているあたり、なかなかに感情の乗った本気のお言葉のようです。

 瞳から感じる温度も氷点下になっていることもあって実に恐ろしい。

 あんな目を向けられながらお説教でもされたら場合によっては泣いちゃうかも。

 気の弱いエータだったら確実に泣いちゃう。だって今の部長さんを見ているだけでガクガク震えながら泣きそうになってるもん。


「黒髪の美少女から貶される……ねぇミカヅキ」

「言わなくていい」

「部長さんから貶されたらさ……ボク、新しい扉が開くんじゃないかな。主に性癖な意味で」


 言わなくていいって言ったじゃん。

 お前の性癖とかどうでもいい。というか、お前の性癖の話をされて俺はどうしたらいいわけ?

 お前とふたりっきりなら別に何も思わないけどさ。

 ここにはチームメイト達が揃っているんですよ。性的なお話に抵抗を感じたり、羞恥心を刺激される子だっているかもしれないんですよ。

 それなのに……どうしてこの子は、俺に対してこういう話をしちゃうんだろうね。


「そのへんの話は心底どうでもいいが、チームとしての活動のためにお前なりに仲良くしといてくれ」

「任せて! 部長さんとは、ミカヅキに次ぐ心の友になってみせる!」


 別に俺以上の友になってくれても構わんよ。

 その方がお前との誤解やら噂やらの対応に追われる時間が少なくなるし。お前という存在を他の誰かに任せられる時間が増えたら俺の安らぐ時間が増えるから。


「遠野くん」

「頑張ってください」

「まだ何も言っていません」

「シオンはあなたと仲良くなりたいようです。なので仲良くしてやってください。俺の代わりに面倒を見てください」

「いやそれはあなたの」

「姫島さんは部長で、あいつは部員です。なので面倒見てください。これからはチームメイトですし、あなたとシオンはうちの主軸になる存在なので仲良くしてください。リーダー命令です」


 最上級の笑顔で言ってやった。

 何か言いたそうにしつつも渋々納得した様子の姫島部長。でも俺の勘違いかな?

 部長さんの瞳がほんの少しばかり潤んでいるように見える。

 シオン以外の連中が俺のことを「鬼畜」と言いたげな目で見ている気がする。

 でも仕方ないよね。

 だってシオンさんが部長さんに興味持っちゃったんだもん。俺から言わせたら興味を持たせるようなことをした部長さんが悪いと思う。

 姫島部長を引き抜いたのはお前だろって?

 バカ野郎、それは戦力としてだ。シオンの相手を任せられる存在、なんて思って引き抜いたわけじゃない。


「まあ詳しい話は席に着いてからということで。バカみたいにあれこれ買ってきてるし、パーティーしながら今後のことを話そう」


 俺個人としては、今後のスタメンだとかそのへんの話を中心にしたい。

 けど……シオンが違う話題に脱線させそうだし、レオや水上達も食いつく話題には食いつく奴らだし。

 何より……

 姫島部長が凄く話したそうな話題がありそうな顔をしているしな。

 なので今日の残りの時間は話し合いで終わりそう。

 ま、親睦を深めるということでそれもありか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る